2011年2月 4日 (金)

孤舟〈2月〉

孤舟

渡辺 淳一 集英社

 昨年の秋、大学の集まりで、ある同級生がこの作品をとり上げて、名著だから是非読んだらいいというので求めたものです。
ある出版関係の会社の定席常務執行役員であった主人公は、定年を間近に控え取締役への昇格か、それなりの子会社の社長のポストを想定していました。
しかし彼は社長の派閥に属していなかったこともあり内示されたのは、大阪の小さな子会社の社長のポストでした。
今までの社内の活動と地位から考えると考えられない低いポストであったので、プライドを踏みにじられた思いで、その内示を断ってしまいます。
そのため彼は60歳の定年を迎えると共に会社を去ります。
物語は会社を去ってから1年半たった時から始まります。

仕事しかない男から仕事がなくなった時

「ざまあみろ」という気持ちで辞めてみたが、辞めてみると職を失った侘しさと虚しさが身に振りかかってきます。
辞めて生まれる自由な時間をゆっくり楽しもうといろいろ考えていたことは、いざ取りかかろうとすると皆つまらないものに思えます。
カルチャークラブに行こうかと思っても一流大学を出た自分が若者や主婦と一緒に机に座って初歩から学ぶことが気重になります。
少し腕に覚えのある囲碁をやろうと思って出向いた囲碁クラブで手もなくひねられ「重役さんは弱いな」といわれただけでいやになってしまいます。
昔の気持ちを持ち続けて生きているため、何かとプライドが邪魔をして思うように振舞えないのです。
当然妻との関係も思わしくありません。
妻の言うことやることの全てが気に入りません。
何かを言うと、その言うことが気に入らないで心の中で反論します。
いつもイライラしているので、たまに思っていることが口に出ると口論になります。
とまあこんな具合で、渡辺淳一らしく、それなりのストーリーはあるものの、ぐずぐず、イジイジした心の中のつぶやきが綴られていきます。
会社で働いていた時はそれなりの地位にあり、プライドを持っていた男が会社を辞めて、肩書きが外れただの人になったとき、その状況の変化を受け入れて、生活も考え方も変えなければならないのに、それを受け入れることができないであがいている男の物語です。
読みようによっては、なる程とも思えますが、何とつまらないことにいちいち引っかかるのだろうと可愛そうになってしまいます。
勧めてくれた同級生はきっと肯くことが多かったのだろうと思いますし、同じような気持ちのある人には名著かもしれません。

2月 4, 2011 4.今月の本 |

2011年1月 4日 (火)

日本人へ…リーダー論〈1月〉

日本人へ…リーダー論

塩野 七生 文春新書

 著者については、すでに何度かとりあげていますので、いま更プロフィールの紹介は必要ないことと思います。
月刊「文芸春秋」の連載を新書化したもので、その時点の政治的、社会的事実を題材にして著者の考え方を述べていますが、どれをとっても論旨が明確で、なる程と首肯させられるものばかりです。
今年8月、菅首相は、韓国人の意に反した植民地支配を反省し、韓国人に謝罪しました。
首相になったばかりの人間が、閣議の議論も経ずに、自分の持っている歴史認識だけを基にこのようなことを軽々にしてよいものかと疑問を持ちましたが、マスコミの論調にはこれに対する反発はあまり書かれていなかったように思います。
植民地を持った国が、被植民地国に謝罪をした国があったかということについては、私はその例を知りませんが、この本の中に「歴史認識の共有について」という次ぎのような記述があります。
「EUもEU共通の歴史教科書を作ろうと考え実施に移った。
ヨーロッパの歴史は3000年でそのうち2500年がボーダレス、最後の500年だけが国境が引かれた近代国家だったので、共通教科書作りは容易と考えたらしいが、そうではなかった。
ボーダレス時代までは歴史認識の共有は一応パスしたが、問題は互いに戦争ばかりしていた500年間の「歴史認識の共有」である。
結局2500年の歴史は共通、最後の500年の歴史は各国それぞれでということに落ち着いた。
この作業に参加した学者の一人はEU共通の歴史教科書とは、それぞれの国が自分達に都合の良い部分を取り出して教えることになるか、それとも誰にも読まれないかのどちらかになるだろうと語った」

EUのように共通通貨を用い、将来政治的統合を目指すような国々すら共通の歴史認識を有するというのは困難なことなのです。
それぞれの国がそれぞれの国として生きてきて、他国と戦ってきたのです。
ですから「歴史事実」は共有できたとしても、それぞれの国内事情、力の関係の反映である「歴史認識」が異なるのは当然のことです。
ユリウス・カエサルが言った如く、「人間ならば誰にでも現実の全てが見えるわけでもない。多くの人は見たいと欲する現実しか見ていない」から各々で認識が異なるのは当然なのです。
共通にしようと言う方は自己の主張が受け入れられない限り、共通認識になったとは言いません。
日韓の学者が集まって歴史認識の共通を目指すのは時間と金のムダなのです。
日本人と韓国人が一つの「歴史的事実」について共有の「歴史認識」を持つことはできません。 
このことは胆に命じておくべきことです。

1月 4, 2011 4.今月の本 |

2010年12月 5日 (日)

永遠の0(ゼロ)〈12月〉

永遠の0(ゼロ)

百田 尚樹 講談社文庫

 「零戦」は何故零戦というかご存知でしょうか。
零戦が正式採用になったのは、昭和15年・皇紀2600年であり、この末尾のゼロをつけて「零戦」と呼びました。
その前年の皇紀2599年採用の爆撃機は九九艦上爆撃機、その二年前に採用になった攻撃機は九七式艦上攻撃機です。
こんなことを初めてこの本で知りました。

 読み終えるまでに何度涙を流したことか。
途中で涙を拭かないと涙で目が曇ってしまい先が読めないのです。
こんな本に出合ったのは初めてです。
劇的な描写をしているわけでもなく、人の感情に訴えるような文章でもありません。
ただ読んでいるだけで涙が出てくるのです。
(読み終わったあとにはすがすがしい、しかし何ともやるせない気持ちになりました。)
何回も元に返って読み直しましたが、やはり、涙が出てくるのです。
そして最初に読んだ時と同じような感情に襲われてしまうのです。

 零戦のパイロットで、特攻で死んだという祖父がどんな人だったかを知るために祖父を知っているという人を捜し出し、彼らに祖父を語らせることにより、その人となりを明らかにしていくというストーリーです。

 祖父は宮部という招集兵上がりの零戦パイロットです。
中国戦線を戦ったのち、真珠湾攻撃に参加した歴戦のパイロットで、その技量は当時を沸かせた零戦の撃墜王に勝るとも劣らないものでした。
しかし彼は臆病者というレッテルを貼られていました。
それは「妻と子のために生きて帰る」ということを公言していたからです。
宮部は親しくなった人には必ず「生きる希望があったら絶対に生き延びよ、死ぬなんて考えるな」と言い聞かせていました。
彼の忠告のお蔭で死ななかった人が皆、今自分が生きているのは宮部さんのお蔭だと言います。
特攻勧誘にも、たった一人志願せず皆の冷笑をうけますが、自分の意思をつらぬきます。
 そんな宮部が終戦の3日前、特攻に志願して戦死します。
何故特攻に志願したのかわからないと誰もが言います。
最後は思わぬ展開で小説らしく終わります。
皆様にも是非読んでいただきたい小説です。

12月 5, 2010 4.今月の本 |

2010年11月 4日 (木)

リーダーが忘れてはならない3つの人間心理〈11月〉

リーダーが忘れてはならない3つの人間心理

小阪 裕司 フォレスト出版

 小阪氏の本はこのコーナーでしばしばとり上げていますが、本書もその一冊です。
私は小阪氏が主催する「ワクワク系マーケティング実践会」にもう10年以上加入しています。
そこから送られてくる、全国各地で行われている、マーケティングの実践例を読みながら、素晴らしい実践記録に感心しつつ、自分のマーケティング知識の補充につとめています。
小阪氏の優れている点は、基本の軸が全くブレないことです。
しかしその基本を語る時、その表現は時の推移と共に変わっています。
新しい知識によって次々に補充されているからです。
この本は集団全体を高め、結果的に一人ひとりの意識を高めるために知っておくべきことが書かれています。
その知るべきことは「人間について知ること」です。
人の心にスイッチを入れるための大原則は次の3つです。

第一原則…「快」と結びつける
 人は「ワクワクすること=快」しかやろうとしません。
「快」とつながれば脳は活性化し、力を発揮します。
「快」は「魂のごちそう=自分がやったことを他人からほめられ、ねぎらわれること」です。
最大の「快」は「ねぎらい」です。
「ほめる」ことはある条件が整ったときに「ほめる」のに対し、「ねぎらい」は無条件の行為です。
魂のごちそうを一度味わったことのある人は、いつでも味わいたくなります。

第二原則…「意味」を与える
 人は「意味のないことはやろうとしないし、やりたくありません。
人は「意味」を求める存在です。
「意味」が人の生きる力を発動させます。
仕事を与えるときにも意味が必要です。
「何をやるか=仕事の意味」を教える必要があります。
「意味」のない行為を続けると人は強い不快に陥り、精神健康度が低下していきます。
自分のやっていることが「快」とつながり、「意味」を感じ、日々充実した状態にある人は精神健康度も高くなり、常に「能力のある、意欲の高い人」であり続けます。

第三原則…演じさせる
 人は演じた通りの人間になります。
ハーバード大学のローゼンソール教授により提唱された「ピグマリオン効果」というものがあります。
「この子たちは頭のいい、伸びる子たちだ」と確信に満ちた期待を持っている教師についた子供は、そうでない教師についた子供たちよりも確実に伸びるというものです。
リーダーたる人はメンバー1人ひとりに対する期待を明確にし、その期待を言葉で表現することです。
「君にこそやってほしい」と。

11月 4, 2010 4.今月の本 |

2010年10月 4日 (月)

からす組〈10月〉

からす組

早乙女 貢 講談社文庫

 800頁に及ぶ作品でしたが、一気に読んでしまいました。
からす組に関しては、本書の著者、早乙女貢の他に子母澤寛、大仏次郎の二氏も小説にしており、それだけ、興味を惹く題材だということでしょう。

 早乙女貢の曽祖父為親は会津藩士であり、早乙女は幕末から明治にかけての改革は「革命」による変革ではなく薩長による「政治的陰謀」という視点でとらえています。

 会津藩や仙台藩を中心とする奥羽越列藩同盟軍と薩長を主力とする奥羽鎮撫総督府の征東軍との戦いは東北各地で繰り広げられますが、薩長の西軍は圧倒的な火力で東北南部の拠点を次々と陥落させていきます。
陥落した藩は西軍の激しい略奪と暴行になす術もなく蹂躙されていきます。
特に農民兵を中心とする長州藩の略奪と暴行は目を覆う程のものだったと言われていますが、この事実は、日本の歴史の中ではほとんど語られることはありません。
歴史は常に勝者の視点で語られるからです。

 慶応四年五月、白河城落城を機に仙台藩士細谷十太夫は、世襲による大名軍団の弱腰に不甲斐なさを痛感させられ、失うもののない無頼の強さを発揮する渡世人や農民で「衝撃隊」を組織し自ら隊長に就任します。
その時に十太夫が書いた妓楼柏屋の前の「仙台藩細谷十太夫本陣」の貼紙は昭和の初めまで柏屋の家宝として保存されていたということです。
 「衝撃隊」は黒装束に長脇差一本で明治新政府軍に夜襲攻撃を敢行し、新政府軍を恐怖のどん底に陥れます。衝撃隊の新政府軍への襲撃回数は30数回に及び、その全てに勝利します。
こうして衝撃隊は列藩同盟軍の主戦力になります。
 細谷十太夫が黒装束の上に着ていた半纏の背中にカラスの文様が描かれていたことと衝撃隊が黒装束を身にまとったことから、衝撃隊は新政府軍から「からす組」とよばれ、大いに恐れられました。
十太夫は東北地方の農民の英雄となり「細谷からすと十六ささげ(棚倉藩士16人のこと)、無けりゃ官軍高枕」の唄がはやりました。

細谷十太夫は、仙台藩最後の決戦「旗巻峠の戦い」に参戦し、仙台藩が降伏すると、衝撃隊を解散し、新政府の追っ手をのがれ逃亡、潜伏します。
戊辰戦争の大赦令が発令されると姿を現し、日清戦争で陸軍少尉となり、千人隊長として活躍します。
明治40年、仙台龍雲院の住職として、68歳で没しました。

10月 4, 2010 4.今月の本 |

2010年9月 6日 (月)

A.あたりまえのことを B.バカになって C.ちゃんとやる〈9月〉

A.あたりまえのことを B.バカになって C.ちゃんとやる

小宮一慶  サンマーク出版


 表題をみると何ともふざけた表題になっていますが、中味は真面目なもので一読する価値があります。

 人の運命は生まれたときから、ある程度決まっていると考えられます。
日本人として生まれるか、パレスチナ人として生まれるか。
男か女か。
どのような家庭の子供として生まれるかによって人生は変わります。
これらは自分では決して選ぶことができない、受け入れるしかないものです。
でも運命はある程度決まっているけれど、それはかっちりと決まっておらず、一本のチューブの中を歩いていくようにかなり幅があるものではないかと思います。

考え方により人生は変わる

チューブの上部を歩けば幸せですが、下を歩くと不幸な状態です。
私たちは神様から、ある程度幅がある一本のチューブを与えられていて、そのチューブのどこをどんなふうに歩けばよいのかは、私たち自身の行き方や考え方にかかっているのではないでしょうか。
与えられたチューブからはみ出ることはできないけれど(宿命)、チューブの中のどこをどのように歩くかを決めているのは、その人の「考え方」や「選択」です。
前向きな考え方をする人は、チューブの中でも幸せな上の部分を歩き、後ろ向きな考え方をする人は不幸せな下のところを歩からざるを得なくなります。
「人生の上限」を歩く成功した人がいる一方で「人生の下限」を歩く失敗した人もいます。
その違いを決めているのは物事や出来事を前向きに捉えるかどうかにかかっています。
ハンドルを右に切れば、車は右に曲がり、左に切れば左に曲がる。
それと同じで前向きに捉えれば「命」が自然とチューブの上のほうに運ばれ後ろ向きに捉えれば「命」がチューブの下のほうに運ばれていく。
だから運命と呼ぶのではないでしょうか。

 チューブの中の「幸せな場所」を歩くための原理原則は次の3つです。

「何が起きても前向きにとらえる」
「人間として正しい考え方を持つ」
「仕事を深めるために勉強する」

何の変哲もない、ごく当たり前のことです。
この当たり前のことをバカになってチャンとやれるか。
人生がおもしろくなるかどうかは、この一点にかかっているのです

9月 6, 2010 4.今月の本 |

2010年8月 5日 (木)

無印ニッポン(20世紀消費社会の終焉)〈8月〉

無印ニッポン(20世紀消費社会の終焉)

堤清二 三浦展 中公新書

 堤清二といえば「おいしい生活」をキャッチフレーズにした西武百貨店を率いて、高度成長期の日本の流通に華々しい革新を起こした人として有名です。
最終的には失敗して百貨店も手放すことになりますが、その過程で生み出されたのが「無印良品」でした。
今はペンネーム辻井喬で小説を書いています。
 一方三浦展は「下流社会」で一躍脚光を浴びた人で、その後も変化する日本社会を描きつづけています。
三浦氏は学校卒業後しばらく西武流通グループで働いていたことがあり、当時は雲の上の人であった人との対談が実現したことになります。
 現在は消費社会の一大変化の最中で、それは一言でいえば車社会の終焉ということです。
沿線ビジネス―つまり土地の安いところまで行って店をつくる。
その代わり駐車場を整備するというロードサイド型の展開は、車社会を前提としてきました。
多くのチェーン店はそれが存立の基礎でしたが、今では人々はわざわざ車で走っていって買い物したり、食事をしたりという生活のパターンをとらなくなってしまいました。
間に合うのだったら近くのコンビニでもいいという風に変わってしまいました。
 生活も「あれがいい」「これがいい」「みんな欲しい」という物欲主義から「これでいい」「これで十分だ」という価値に変わっていきつつあります。
アメリカ的豊かさの中にある、便利性、浪費性、贅沢性から無印良品的シンプルで、「これで十分だ」という無欲性の方向に変わっています。
ユニクロ現象も、画一化という問題点はありますがその一つの表れともいえます。
無印良品は人々に素材だけを提供して、人々がそれを自分なりに好きなようにとり入れていくという商品コンセプトを持っていますが、それが多くの人の支持を得るようになってきているのは社会が変わってきている証拠ではないでしょうか。
ファッションがあふれている時代にファッション性を追求せず、そのことが結果としてカッコイイということを人々が理解するようになってきているのです。
 消費社会の変化の一つとして「共費」という概念が広まりつつあります。
アメリカ型大衆消費社会は、私有物を増やす原理ですが、それが限界に達すると私有物に関心がなくなって「共有」がはじまります。
カーシェアリングなどその一つの表れです。
家電なんて1つや2つなくてもいい、もたずに借りたり共有したりすればいいという価値観です。
彼らは、モノを買ってうれしいというよりは、人とつきあってうれしいという人達です。
自分の部屋をモノで満たすという欲望が急激に薄らいでいて、みなで同じ時間を楽しむという傾向が強まっています。

8月 5, 2010 4.今月の本 |

2010年7月 6日 (火)

欲しがらない若者たち〈7月〉

欲しがらない若者たち

山岡 拓 日経プレミアシリーズ


 韓国と中国の留学生で溢れるハーバード大学に日本人留学生はたった1人という記事を読んだことがありますが、海外旅行に行く若者も減っているようです。
 こうした若者を本書では「欲しがらない若者たち」と定義しています。
「車に乗らない。ブランド服も欲しくない。スポーツしない。酒は飲まない。旅行しない。恋愛には淡白。貯金だけが増えていく」
今の若者の消費行動への見方を集約するとこうなります。
こうした傾向は、2008年9月のリーマンショック以前からみられた傾向で、その後の景気変調、雇用と所得の急激な悪化で始まったわけではありません。
 「車はいらない」という若者たちにその理由を聞くと、多くの場合「なぜ必要なのか」と問いかえされます。
「どこかに行きたければ電車でもいいではないか」と言います。
彼らはレジャーとしてのドライブに魅力を感じません。
高性能のスポーツカー、金銭的余裕を誇示できる高級車、アウトドアに使えるSUVやオフロード四駆。
あれこれイメージを示しても反応は乏しい。
要するに欲しくないのです。
同様に高級ブランド品やスポーツ用品、いかにも先端的なハイテク商品にもさほど関心を示しません。
他者との違いを示す差異表示のための消費をしなくなったのです。

 「酒を飲まない。旅行や遠出のレジャーを好まない。」という傾向も鮮明です。
精神的にも物質的にも旅をしないのです。
生活には「日々淡々と働き、必要に応じて食事をとり、寝る」という日常と「時にはパッと日頃の憂さを晴らす」という非日常のハレの部分がありますが、そのハレと消費が結びつかなくなっています。
消費支出だけを追う限り、彼らのハレは見えません。
ただ淡々と暮らす「淡々民」に見えます。
 「恋愛に淡白」という傾向は更に顕著です。
デートにあまり労力も金も使いたくない。
遠出は面倒なので自宅で、異性よりもむしろ同性の友人といる方が気楽。
異性獲得のためにガンバッテ働き、せっせと使うというマインドも特に男性で希薄化しています。
今の若者が目指すのは、実にまったりとした穏やかな暮らしです。
自宅とその周辺で暮らすのが好きで、和風の文化が好き、科学技術の進歩よりも経済成長を支える勤勉よりも伝統文化の価値を重視する。
食べ物は魚が好き。
エネルギー消費は少ない。
大切なのは家族と友人そして彼らと過ごす時間。
親しい人との会話やささやかな贈り物の交換。
好みが一致したときなどの気持ちの共振に大きな満足を感じています。
 しかしそうした満足は消費支出と結びついていないことです。
その結果、貯金だけが貯まっていくことになります。

7月 6, 2010 4.今月の本 |

2010年6月 5日 (土)

イチローの流儀〈6月〉

イチローの流儀

小西 慶三 新潮文庫

 2001年米大リーグに籍を移して以来9年、毎年200本ずつの安打を打ちつづけているイチローは、今や米大リーグを代表する選手になっています。
彼のサイン入りメジャーリーグ公式球は現在では1個500ドルを下りません。
マリナーズのレギュラーならだいたい80ドル前後です。
イチローと並んで最も地元で親しまれていたエドガー・マルチネスでさえ1個200ドルでした。
シアトルで行われた2001年オールスター公式球にイチローがサインしたものには1000ドルの値がつけられています。
 しかし日本のマスコミでの露出度は松井の方が圧倒的に上です。
これはスポーツ記者に対する対応の仕方に原因があります。
松井は個人専属広報担当者を持ち、取材には非常に協力的です。
試合が終われば毎日テレビカメラの前に立ちどんな質問にも丁寧に答えます。
これに対し、イチローはテレビカメラの前に立つことがほとんどありません。
キャンプ開始と開幕戦、そしてオールスターと目標の200本安打が達成された時とシーズン終了のときで、1年間にせいぜい6、7回しかありません。
新聞記者との会見には毎日応じますが、質問を持っている記者しか会見しません。
他人の質問を聞いてそれを記事にしようとしている記者は排除されます。
毎日誰にでも会って話してくれる松井の方に人気があるのは当然です。

有名選手も教えを請いに

 イチローは大リーグの選手のあくなき向上心に日米野球の違いを感じています。
2002年まだ大リーグに1年半しか在籍していなかった時、ボストン・レッドソックスの主砲マニー・ラミレスは、イチローに「カーブを打つ時に頭が動くことをどう修正するか」を教えて欲しいと会見を申し込んできました。
この年ラミレスは、メジャー10年目で初めて首位打者のタイトルを取りました。
同じ頃レイズのカルロス・ペーニャは「私はもっと自分の打撃を安定させたい。成績表をみれば、あなたが今のメジャーでだれよりも安定している。あなたの打撃と野球への取り組みを聞かしてくれないか」と申し込んで来て、3時間も話していきました。
 「日本にいた時、自分よりもずっと若くてキャリアのない選手がいろいろ聞いてくることはありましたが、ある程度キャリアを積んだ選手となると誰もいませんでした。しかしこちらでは、ロベルト・アロマーのようにもう3000本近く打っている人でも僕にいろいろ聞いてきた。この違いはいったい何だろう」
 他人に教えを請うことは、自信がなければ簡単ではありません。
たった一年半しかメジャー経験のない者に実績十分の強打者も、さあこれからという新鋭もアグレッシブに食らいついてきます。
誰もが少しでも上を目指そうとして。

6月 5, 2010 4.今月の本 |

2010年5月 5日 (水)

買いたいのスイッチを押す方法〈5月〉

買いたいのスイッチを押す方法

小阪裕司 角川ONEテーマ21

 チャレンジでは低価格競争のことを取りあげました。
では何故低価格競争になるのでしょうか。
著者は、それは顧客に対して価格以外の情報を与えないからであると答えます。
高いものに高い理由が書かれていれば納得するのに、高い理由は何一つ書かれていません。
そうであれば価格比較に走らざるを得なくなるのです。
本書では買うという行動に焦点を合わせて、どうしたら人を買うという行動に駆り立てることができるかということを述べています。

 人が買うという行動を起こすまでには2つのハードルがあります。

 第一のハードルは「買いたい」か「買いたくない」かのハードルです。
これは「情動のハードル」です。
不況だろうが好況だろうが、買いたいものは買いたいのです。
反対に、収入が増えても買いたくないものは買いたくないのです。
この情動は好不況に関係なく働きます。
買うという行動に最も影響を与えるのは「買いたい」か「買いたくないか」なのです。
この情動のハードルは高いのです。
 第二のハードルは「買える」か「買えない」かです。
不況が来たり、マスコミ報道により「今は不況だ」という思いが強化されたりすると、第二のハードルは高くなります。
普段なら迷わず買うものでも年末のボーナスが危ういから止めておこうという思考が働きます。
しかしこれは理性のハードルで、情動のより比較的低いハードルです。

 第一の「買いたい」という情動は、常に「買えるかどうか」を検討する理性に勝ります。
私たち売り手にとって必要なことは、まず一つ目のハードルを越えることです。
そのためには「買いたい」と思わせる「動機づけ」が必要になります。
 動機はどんな情報を与えられるかによって生まれます。
 動機づけとはたとえば次のようなことです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ある店で昔からある手作りで組み立てる、ゴムを動力にしてプロ
 ペラが回る模型飛行機が売っていました。
 売価は210円、その店では以前からずっと置いていたがさほど売
 れる商品ではありませんでした。 
 ある日店主はその商品に次のようにPOPをつけました。

      お正月に飛ばさないでいつ飛ばす?
       大人の威厳を示す手作り飛行機

 そうしたら店に来る人、来る人が買っていくようになりました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

この本は売ることに携わる人のアイデアの宝庫です。

5月 5, 2010 4.今月の本 |

2010年4月 4日 (日)

ビジネス<勝負脳>〈4月〉

ビジネス<勝負脳>

林 成之 ベスト新書

 北京オリンピックで日本の競泳チームは51.8%が自己新記録を達成し、五個のメダルを獲得する活躍を見せました。
この水泳チームのアドバイザーを引き受けたのが著者です。
著者は脳神経外科医で、日大医学部付属板橋病院で救命救急センターを立ちあげました。
しかし、そこに運ばれてくる患者の多くは救急が無理とされる瞳孔が開いた状態だったり心臓停止の状態だったりで、助けられそうな患者は少なく、来る人、来る人がどんどん亡くなってしまうような絶望的な場所でした。
そこで「私たちの知識、技術、人間のチームワークで、瞳孔が開いた患者さん、呼吸が止まった患者さんでも回復させ、社会復帰させる」という目標を立てました。
これは当時の医学の常識を無視した目標でした。
この誰もが無理だと思った目標が、脳低温療法という世界に知られる大発見により、最終的には脳死寸前の患者を四割という高い確率で回復させることができるようになりました。

 このチームの実績は世界中に知れ渡り、アメリカやヨーロッパからもたくさんの医療従事者が見学にやってくる程になりました。

●救急医療チームを世界最強にするために、著者はチーム全員に次の四つの条件を提示しました。
 ① 前向きで明るい性格でいること
 ② 医療チームに参加する仲間の悪口を言わないこと
 ③ 人とのコミュニケーションを考え、面倒見のいい人格を持つこと
 ④ どんなことがあっても「疲れた」とか「難しい」とか「できない」と
  いった否定的なニュアンスを含む否定語を使わないこと
これは、よき仲間となり、最大のパフォーマンスを発揮するために必要な条件です。
この四つを実践すればチーム内での人間関係のゴタゴタは少なくなり、よき仲間としてのチームワークが築かれ、ますますよい仲間となり、その集団を好きになります。
そうするとそんな仲間とは離れたくないので、仲間と一緒に頑張ろうという気持ちが強くなり、仲間のために貢献するのでチームのパフォーマンスが上がります。

●一方リーダーにもリーダーシップ力が必要です。
リーダーシップ力は先天的なものと考えられていますが、後天的に身につけることもできます。
その方法は次の五つです。
 ① うそをつかない
 ② 常に自分を高めようとしている
 ③ 自分の仕事のロマンを語ることができる
 ④ ワクワクする環境をつくれる
 ⑤ 豊かな表情、笑顔を作る努力をする

4月 4, 2010 4.今月の本 |

2010年3月 4日 (木)

会社人生で必要な知識はすべてマグロ船で学んだ〈3月〉

会社人生で必要な知識はすべてマグロ船で学んだ

斉藤 正明 マイコミ新書

 大学卒業後、民間企業の研究所に勤務していた著者は、マグロの「鮮度保持剤」の開発を命じられました。
マグロ船は港に戻るまでの間に引き揚げたマグロを腐らせないようにしなければなりません。
そのひとつが、獲ったマグロを冷凍する方法ですが、この方法だと鮮度は低下しないけれど解凍すると味が落ちます。
もう一つは冷蔵でマグロを運ぶ方法です。
冷蔵マグロは、冷凍マグロに比べ食感と味が格段に良く、高級寿司店などで使われ、値段も高く売れます。
しかし冷蔵保存できる限界は30日のため片道で9日間もかかる漁場から引き返えさなければなりません。
そのためできるだけ冷蔵状態を長持ちさせる「鮮度保持剤」が必要なのです。
「鮮度保持剤」の開発を命じられたものの、思うように進まなかったため「マグロの全てを知る」ためにという名目で、マグロ船に乗せられてしまいます。

 この本は、出港から帰港するまでの43日間の男だけのマグロ船の中で遭遇した貴重な人生訓を綴ったものです。
乗船したマグロ船は、はえ縄でマグロを捕ります。
作業は朝6時頃からスタートします。
船を走らせながら、長さ100kmの縄を後部甲板から5時間かけて流します。
縄には「浮き」と「糸」そして「エサのついた釣り針」がついています。
縄についている針の総数は2000本に達します。
針には6秒ごとにアジをエサにつけます。
長い縄を流し終えた後は、3時間程待ち、流した縄を11時間かけて回収し、ひっかかったマグロを獲るのです。
マグロ漁では、100本の釣り針に一匹のマグロがかかる程度ですからこれだけの努力をしての成果は20匹程度で、一匹もとれないこともあります。
しかし船員たちは一匹もとれない時であっても落胆することもなく、淡々と仕事を続けます。
そんな時の会話にもハッとするような深い意味を見出せます。

「努力したのに報われないとちょっとつらいですよね」
「何を言うか、努力やらは、もともと報われんのぞ、努力ちゅう言葉にはどこか結果という見返りを期待しちょるように聞こえるの。でもの、努力はたいてい報われんのぞ。最初から報われる期待をして努力すると“努力したのに”とすぐあきらめよる。たいていの人が言う努力は、やったことが3回に1回うまくいくことを望んでいるように聞こえるの、でも努力することに見返りを求めんほうがいいと思うんど」

3月 4, 2010 4.今月の本 |

2010年2月 4日 (木)

先を読む頭脳〈2月〉

先を読む頭脳

羽生 善治  新潮文庫

 羽生善治氏は、平成元年に19歳という若さで初めて竜王のタイトルを取ってから常にプロ棋界をリードしてきました。
平成5年にはタイトル五冠を達成、平成8年には前代未踏のタイトル七冠全制覇というそれまで不可能とも思われた記録を達成しました。
その後も将棋界のトップを走り続け、平成16年には王座連続13期という大山康晴15世名人に並ぶ記録を打ち立て、今も記録を更新中です。
 本書は、この羽生氏を実験素材にし、コンピュータに人間の知的行動の代行をさせることを探究する人口知能学者(伊藤)と、人間のさまざまな知的活動のメカニズムを解明しようとする認知科学の学者(松原)とが、種々の実験をすることを通じて、羽生氏の頭脳のメカニズムを解明しようと意図した本です。
 2人の学者が賞讃するのは、氏の自分思考を客観的に捉える力「メタ認知」と自分の思考を説明する能力「自己説明能力」が極めて高いことです。
質問に対し常に的確に分かり易い形で答えてくれます。

プロになるために大切なこと

 プロになるためには、持って生まれた先天的なセンスや能力が大切なことは当然ですが、それ以上に必要なのは、非常に難しくてどう指せばいいかわからないような場面に直面したとき、何時間も考え続ける力、そして、その努力を何年もの間続けていくことのできる力「継続力」が最も大切です。
 もう一つは数学でいえば公式、詰将棋でいえば手筋をどれだけ知っているのか、それを「形」として理解しているかが大切です。

3秒見ただけで40枚の駒を再現

 羽生氏を対象に種々の実験をしている中の一つに次のようなものがあります。
二人の棋士が対局している棋譜には、双方19のコマと1つの持ち駒があります。
この中から双方の5つの駒だけを除いて互いの残りの14のコマと持ち駒を伏せてしまいます。
つまり盤上には合計10枚の駒しかなく、残りの30枚の駒は伏せてあります。
この10枚の駒しかない棋面を3秒間見せて、元の棋面を再生してもらう実験です。
羽生氏はこの棋面を見事、完全に再現しました。
駒を伏せた部分は「プロ同士の対局ならこうなる筈だ」という将棋の棋理のようなものに従って、埋めていったものと推察されます。
 この他にもトッププロとアマチュアの記憶の仕方の違いや、次の一手を答える速さの違いなど興味ある実験がいろいろ出てきます。
それら全てが、氏の卓越した記憶力と次を読む推察力の高さを示しています。

2月 4, 2010 4.今月の本 |

2010年1月 5日 (火)

自分を変える魔法の「口ぐせ」〈1月〉

自分を変える魔法の「口ぐせ」

佐藤 富雄  かんき出版

 口ぐせひとつで人生が変わる
 これがこの本の出だしの一行です。
私たちの現在の姿は過去の習慣の産物です。
何事も悲観的に受けとめたり考えたりする癖の人は、たえず不安や心配を抱えながら生きています。
一方、物事を楽観的に受け止め、考えていける人はいつも楽しく明るく生きています。
そんな人はたとえ逆境にあるときでも「何とかなるさ」と楽天的に構えて、実際に何とか乗り切ってしまいます。何故こうなるのでしょう。

 人間は生きていくために食物を食べ、それを生命活動に必要なエネルギーに変えます。この化学反応の調整機能を司るのが自律神経系で、その中枢は大脳縁辺系という「古い脳」にあります。
一方、脳のいちばん外側にある大脳新皮質で思考、判断、記憶などを司っており「新しい脳」とも呼ばれます。
「新しい脳」が抱いた想像イメージは「古い脳」である自律神経に働きかけ、体内の生化学反応に影響を及ぼします。
つまり、たとえ想像上のことでも、現実のことと同じように体が反応してしまうのです。
たとえば梅干を見たり想像したりするだけで、唾液や胃酸が分泌されます。
これは意識が引き金になって引き起こされる体内生化学反応のひとつで、想像上のことが物質化されて、体に作用するために起こるのです。
過去のことでも未来のことでも頭の中でそれを想像するだけで、体は今それを体験しているかのような反応をしてしまいます。
想像力と自立神経系の働きのおかげで、心の在るところが、あなたの居る場所となります。

 また自律神経系は人称の区別がつきません。
主語を解さず全て言葉を発した当事者のこととして読み取ります。
ですから他人を頭が良い、美人だ、素晴らしいと褒めたたえるとそれは自分に返ってきます。
人を褒めることは自分を褒めることと同じことになります。
 大脳が思い描いた想像イメージが自律神経系に働きかけ、現実を動かしていきます。良い考えを選択し脳にインプットすると、現実も意識内容と同じように展開していきます。物事の受け止め方や考えの癖、つまり思考習慣は、あなたの行動を決します。
意識や思考を司るのは言語であり「口ぐせ」が行動に大きな影響を与えます。
まさに「口ぐせ」が人生を決するのです。

1月 5, 2010 4.今月の本 |

2009年12月 5日 (土)

帰還せず-残留日本兵60年目の証言-〈12月〉

帰還せず-残留日本兵60年目の証言-

青沼陽一郎  新潮文庫

 戦後日本に復員しなかった日本兵は南方で約20,000人もいたともいわれています。
彼らは終戦を知らずに作戦遂行を信じてジャングルの奥地に潜んだ横井正一や小野田寛郎という元日本兵とは違って、敗戦を知りながら引き揚げ船に乗ることを拒んだ人たちです。
彼らは復員が「できなかった」わけではなく「しなかった」のです。
この本は戦後60年(2005年)を経て、東南アジアの国々に生き残っていた残留日本兵14人の足跡を追いその人達の証言を集めた本です。
タイとミャンマーの生存者は20万人が死んだとされるインパール作戦に従軍し、九死に一生を得た人たちです。
ミャンマーの日本軍の司令部のあったマンダレーには日本軍将兵を弔う多数の記念碑が建てられています。
彼らは悲惨な逃避行の途中で止む無く隊列から離れました。
一方インドネシアに残った人々は、まともな戦いもすることなく敗戦を迎えました。
敗戦という実感を噛みしめることなく現地に残された人々の多くはインドネシア独立戦争に身を投じました。
そしてある者は死にある者は生き残りました。
彼等のほとんどは戦後復興した日本を訪れていますが日本に住むのを拒み、現地に戻りました。
日本に帰らなかった理由は一人々々皆異なっています。
タイのメーソットに残った坂井はブラジルで生まれブラジル在住の日本人でした。
しかし日本国籍も持っていました。
幻となった1940年の東京オリンピックを機に家族4人で東京見物に来ていた時に運悪く徴兵されました。
敗戦時にはすでに父親はなく、母と姉はブラジルに帰っていました。
現地で助けられたタイ人の妻とすでに世帯を持っていたので帰りませんでした。
ジャカルタに住む宮原はジャカルタ残留日本兵の互助組織「福祉友の会」の運営が評価され、旭日軍光章を受賞しましたが、彼は台湾出身者であったため、敗戦時には帰る国が亡くなっていました。
中野の場合は全く違っていました。
中野は衛生兵でした。
逃避行の最中のある事件が軍から逃亡するキッカケとなりました。
そこには次のように記されています。
ある時、ようやく宿営の陣地にたどりついた中野に階級が上の者から「道端に倒れている者を連れて帰ってこい」と指示された。
中野は宿営地を出て行き倒れとなった人を捜し、治療を施して連れて帰った。
深夜だった。
陣地に戻ると、当然みんな寝ている筈だった。
ところが中野はそこで“あるもの”を見てしまった。
その瞬間、中野は身体に電流が走るような衝撃を覚えた。
そしてその激流が通り過ぎたあとに、身体の奥底からじわり滲み出る決意があった。
そして彼は離隊した。

12月 5, 2009 4.今月の本 |

2009年11月 4日 (水)

体温をあげると健康になる〈11月〉

体温をあげると健康になる

齋藤真嗣 サンマーク出版

 あなたの平熱は何度ですかと聞かれたら何度ですと答えられますか。
風邪を引いたり体調が悪い時には計ることがありますが、健康な時には計らないのが普通ですので、ご存知ない方がほとんどではないでしょうか。
実は私も知りませんでした。
計ってみてビックリしました。
昼間なのに35度台しかないのです。
この本の著者によれば、健康人の平熱は36.8度±0.34度つまり36.5~37.1度の間が健康体の体温です。
低体温は放っておくとさまざまな病気を招く、とても危険な状態です。
体温は免疫力におおきな影響を与えます。

体温が1度下がると免疫力は30%落ちる

 体温が1度下がると免疫力は30%も低くなります。
免疫力が低下するとバイ菌やウィルスから体を守れなくなります。
ガン細胞は35度台の低体温のときもっとも活発に増殖します。
逆に体温が上がると血流がよくなり、酵素の活性が高まります。
血液の中には免疫機能を持つ白血球があり、体の中に異物が侵入してきていないかパトロールしています。
異物を発見すると自分で対処するだけでなく、白血球の応援隊を呼びます。
この時血流が悪いと呼ばれても応援にかけつけることができなくて免疫機能がウィルスや細菌に負け結果的に発病してしまいます。
体温を上げ、血流をよくしておくことが免疫力の向上につながります。

酵素は37度台で活性化

 酵素は体内で化学反応が起きるときに必要な「触媒」です。
生命体が生きていくためには体内で様々な化学反応が絶えず行われています。
食べ物やアルコールなどを消化する「分解」も栄養を体内に取り込む「吸収」も老廃物を体外に出す「排出」も細胞の中の新陳代謝もすべて酵素という「媒体」を必要とする化学反応です。
この酵素が活性化するのが、体温が37度台のときで、体温が高い程酵素の働きはよくなります。
酵素が壊れるのは最低でも48度以上ですので、熱に弱い酵素も人間の中では壊れることはありません。

 風邪をひいたときに発熱するのは、血行をよくするとともに酵素活動を高めることで免疫力を高めウィルスを撃退しようとしているのです。
風邪のひきはじめに風呂に入ると免疫システムがウィルスと戦い易い環境を外から整えてあげることになるので風邪が早く直ります。
風邪をひいたら熱が出るのは自己防衛本能の結果ですので、少々の熱が出たからといって解熱剤を使うのは、折角免疫力を高めウィルスを撃退しようとする力を削ぐことになり、逆効果です。
特に鎮痛解熱剤は、体温を下げる働きをするので病気を悪化させることになります。

11月 4, 2009 4.今月の本 |

2009年10月 5日 (月)

ビジネス脳を磨く〈10月〉

ビジネス脳を磨く

小阪裕司 日経プレミアシリーズ

 私はこの著者の主催する「ワクワク系マーケティングの会」に入っています。
そこでは毎月全国の会員から寄せられた、成功、失敗事例の中から選ばれた事例が小阪氏の眼によって、分析され、評価されます。
とりあげられる成功事例は、人の感情を盛り上げ、行動を起こさせるように仕組まれたものが多く、よくもそこまで深く考えて計画できると思う程で、著者はそれを「感性行動をデザインする」と言っています。
 本書はその感性行動をデザインすることの理論的必要性とその考え方を述べています。

 今迄私達は工業社会に住んでいました。
工業社会の特色は高品質かつ均質なものが大量に生み出されている世界です。
工業社会は社会の変化が遅く、インプットに対するアウトプットが線形的に予測可能な世界のため、結果だけが大切にされる「リザルトパラダイム」の世界です。
 リザルトの時代には過去の結果に注目して計画をたて、活動を左右する要因と結果の直線的な関係によって将来を予測しながら、目標と活動のズレに注目して活動していく方法が有効でした。
活動は体系内で最適な解を求めることであり、ルールの源は過去にあり、参加者にも共有されており、再現性が高い社会でした。

しかし今の私達は感性社会に住んでいます。
感性社会の特色は3つです。

1つ目は、「これをやれば必ずこうなる」という決まりきった
 解答がありません。
 工業化社会では、他店で売れていたものをそのまま仕入
 れて売れば売れましたが、今ではそれでは売れません。
2つ目は、今日の解は明日の解ではありません。
 社会の変化が早いため、再現性が難しくなってしまいました。
3つ目は、A社の解はB社の解とはなりません。
 ですから、近所の店で流行っているからといって、内装や
 広告を真似ても、自店で流行るとは限りません。

 感性社会で生きていくには、物事の現象を見ることも必要ですが、その現象の根っこにある枠組み(フレーム)を見出し、そのフレームから現象を捉えなおす訓練をすることが大切です。
そうすることによって、感性社会の大切なカギである感性情報をデザインすることができるようになります。
感性情報を発信することができるか否かが、ビジネスの成功の重要ポイントになってきました。

10月 5, 2009 4.今月の本 |

2009年9月 4日 (金)

いのちを語る〈9月〉

いのちを語る

日野原重明・アルフォンデス・デーケン・木村利人  集英社   

 人はいのちの終わりに向けて、ただ一度しかない人生の旅をしています。
しかしそのいのちを生きるということはどんなことなのか、いのちの質を充実させて安らかな終わりの時を迎えるために、どのように「いのち」を生きたら良いのかということについては、誰も、はっきりとしたことを言える人はいません。
 その難問に回答を与えられるか否かは別にして、その「いのち」を生き生きと生きていると誰もが思うような人が聖路加病院、院長の日野原重明医師です。
氏は97才の現在も現役を続けていらっしゃいます。
その氏ですら生きる意味については語っていません。
しかし死に臨んだ時には自分がこの世に生まれて自分が存在したことを感謝したい。
最後の意識の中で「生まれてよかったなあといろんな人に感謝ができるようになりたい。」と言われています。
日野原氏のように毎日、死を直視する生活を送っている人にとっては、生きているということ、それ自体が輝いており、「いのち」を生きる意味を考えることは意味のないことだろうと思いました。
 アルフォンス・ディーケン氏は上智大学で「死の哲学」というテーマで30年近く教鞭をとっておられます。
死を考えることで、生きることの重大さ、生きている時間の尊さを発見して精一杯生きるようになると、死の教育の重要性を語っていられますが、やはり生きる意味については語っていません。

残りの人生のライフラインを書く

 本書では「生きる」ことについて、いろんな面から語られていますが、私が一番参ったなと感じたことは、木村氏が学生に対して使っていられる「ライフライン」の考え方です。
ライフラインは2本の線で描きます。
一本の線は自分が生まれた日から今迄の線です。
そこに小学校、中学校…と今迄の自分の歩んできた道を書き込みます。
大学受験に失敗したとか、恋人ができたとか全て書き出します。
もう一本の線は今日からの予測です。
これから先、何才位まで生きるか想定してその中に何をするかを書き込んでいきます。
 自分でやってみると困ったことに、何才位まで仕事をするということは書き込めますが、その先に何をするかを書き込むことができないのです。
仕事を取ったら書き込むことがないのです。
参ってしまいました。
今迄に、いろいろなことをやってきたと思っていましたが、それは皆、仕事と並列的にあったことで意味があったことであって、それだけ取り出したときは果たして意味があることであったのか疑問に感じさせられました。
あと20年?何をするか真剣に考えなければならないと思わされました。

9月 4, 2009 4.今月の本 |

2009年8月 5日 (水)

1勝9敗〈8月〉

1勝9敗

柳井 正(ユニクロ最高経営責任者)新潮文庫

 ユニクロについては先月号のチャレンジで取り上げ、その成功要因を纏(まと)めました。
本屋に立ち寄ったところ「売れています」というPOP(販促広告)の横に「1勝9敗」の文庫本が平積みに積んであったので、つい手が出てしまいました。
 表題の「1勝9敗」というのはユニクロの歴史は失敗の歴史であり、失敗の原因をつきつめ、それを改めていくことこそ1勝につながるという意味にとれます。

 98年の原宿店オープン前は失敗の連続でした。
新しい事業には失敗はつきものです。
やってみないとわからないことが多いからです。
しかしこの失敗を生かすも殺すも経営次第です。
失敗は誰にとっても嫌なものですが、目の前の失敗から目を逸らし、蓋をして葬り去ったら、必ず同じ種類の失敗を繰り返すことになります。
失敗は単なる傷ではなく次につながる成功の芽が潜んでいます。
実行して失敗するのは実行もせず分析ばかりしてグズグズしているよりもはるかに良いことです。
失敗の経験は身につくからです。
問題は失敗と判断した時に「すぐに撤退」できるかです。
儲からないと判断したら短期間のうちに撤退の方針を決める、失敗に学ぶことと、リカバリーのスピード、これが何より大切です。
こうした考え方はロンドン出店と縮小戦にも色濃く出ています。
2001年ロンドン市内に4店舗をオープンし、その後21店まで拡大していたのを2003年3月にロンドン市及び近郊の5店舗を残し、残り16店舗を閉鎖しました。
3年間で黒字化するという目的を達成できないとわかったからです。
本全体が実践の跡であり、その説明であり、著者の考え方の表明です。

彼の掲げる「経営者十戒」は強烈です。
1.経営者は何が何でも結果を出せ
2.経営者は明確な方針を示し、首尾一貫せよ
3.経営者は高い理想を持ち、現実を直視せよ
4.経営者は常識に囚われず、柔軟に対応せよ
5.経営者は誰よりも熱心に、自分の仕事をせよ
6.経営者は鬼にも仏にもなり、部下を徹底的に鍛え勇気づけよ
7.経営者はハエタタキにならず、本質的な問題解決をせよ
8.経営者はリスクを読み切り、果敢に挑戦せよ
9.経営者はビジョンを示し、将来をつかみとれ
10.経営者は素直な気持ちで、即実行せよ

8月 5, 2009 4.今月の本 |

2009年7月 5日 (日)

ざっくばらん〈7月〉

ざっくばらん PHP研究所 

本田 宗一郎(1906―1991)

Photo  本田宗一郎氏は誰もが知っているホンダの創業者です。
すでに亡くなってからかなり経ちます。
本田氏は松下幸之助氏と共に戦後の名経営者として常に賞されますが、松下氏が勝れた経営者として語られるのに対して、本田氏は独創的な物づくりと奔放な行動で語られることが多いようです。
今でもホンダの関係者は、氏を語るとき「オヤジ、オヤジ」と言い、いかに慕われていたかをうかがわせます。

 本田宗一郎氏の本もかなりの数が出ており、私もそのうちの何冊かは読んでいます。
どの本も氏独特の軽妙で毒気のある語り口で書かれていますが、清々しい読後感の残るものばかりです。
この本は幻の第一作と銘打ってあるように、ほとんどの本が対談やインタビューの形式をとっているのに対し、本人が自分で書いた珍しいものです。
この本を書くキッカケについて氏は次のように書いています。
「これまで本とか雑誌に自分でものを書いたことはほとんどなかった。
たいていの場合、対談やインタビューの形で喋らされ続けてきた。
言いたい放題のことを喋っていればいいのだからこれはラクである。
ところが対談を他人が記事にまとめた場合は、僕の意見なり思想が甚だしく曲がって伝えられたり、誤った解釈をされたりすることがたびたびあった。
他人が僕をどう批判しようが勝手だが、僕の真意を理解しないでつべこべいわれるのはいちばん困る。
去年の秋ごろ編集部から“さっくばらん”の企画を持ち込まれたとき、よしやってみようという気になって書いた」

(この本は昭和34年3月から35年3月までの間の一年間、23回にわたって自動車ウィークリー誌上に連載されたものです)

目次のどの部分から読んでも皆面白く、展開されている理屈は今読んでも新しく、ハッとされるものや、氏のあまのじゃくな性格がよく出ているものに溢れています。
たとえば「看板と中味」の中に次の一節があります。
≪この間ある銀行のお偉方が「二輪より三輪の方が高級で三輪より四輪の方が高級だ」とうちの専務に言った。
つまり車輪が増える程高級自動車になるという論法だが、この論法でいけば六輪自動車はもっと高級でキャタピラをもっている戦車なんか最高級車ということになる。
さらに動物にたとえると、二本足の人間なんか最低で、犬の方が高級で、ムカデなんか超高級動物ということになる。これではまさにお手上げだ。≫

7月 5, 2009 4.今月の本 |

2009年6月 5日 (金)

現役力〈6月〉

現 役 力     工藤 公康 PHP文庫

 著者は1963(昭和38)年生まれのプロ野球現役の最年長投手です。
81年(昭和56)年名古屋電気高等学校からドラフト6位で西武ライオンズに入団し、黄金時代の左のエースとして活躍しました。
その後福岡ダイエーホークス、読売ジャイアンツと渡り歩き2009年横浜ベイスターズで自身のもつプロ野球記録を更新する実動28年目のシーズンを迎えます。
シーズンMVPに2度、日本シリーズMVPに2度、最優秀防衛率に4度、最高勝率に3度、ベストナインに3度、ゴールデンブラグ賞に3度と数々のタイトルに輝き、現役最多の222勝を掲げています。
 プロとして長く続けられるためには、精神的タフさやモチベーションの高さではなく、「気づき」があるかないかにより決まると言います。

 工藤は、入団3年目のシーズンにアメリカ1A教育リーグの留学を命ぜられます。
アメリカマイナーリーグの環境は想像を超えるものでした。
向こうの選手は、食うか食われるかの環境で野球に取り組んでいました。
なんとしても頂点のメジャーリーグに這い上がり、お金を稼いで豊かな暮らしをしたいと必死に自分を磨き、監督にアピールしていました。
一方日本では、プロで何の実績も示していない高卒の新卒でも過分な契約金をもらい、申し分のない寮と食事を与えられ、どうぞ野球に集中してくださいと、いたれりつくせりの環境です。
その違いは、自力で食糧を獲らなければ生きてはいけない野性動物と、黙っていてもエサを与えられる家畜ほどの違いがあり、目の鋭さがちがっていました。

 1Aを見て「日本のプロ野球でへこたれている自分はまだ本物のプロではない。ギリギリの気持ちで取り組まない限り、プロにはなれない」と悟ります。
それからは「自分には何が足りないのか」を考えるようになり、自分を厳しい精神状態に追い込もうと決心します。
自分は弱い。まだまだやるべきことをやっていない。
強くなるためには他人の何倍も練習しなければ…。
血反吐(ちへど)を吐く位練習しなければ一流にはなれないと「プロの自覚」が生まれました。
この「自覚」が最長の現役選手を続けられる理由だと語っています。

6月 5, 2009 4.今月の本 |

2009年5月 6日 (水)

アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない〈5月〉

アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない

町山 智浩 文芸春秋

 日本人の一般教養のレベルは最近ではかなり低下しています。
それでも、例えば鳥取県がどこにあるか地図上で指し示すことのできない若者の割合はかなりあると思いますが、東京がどこにあるか知らない人は、日本人ではほとんどいないのではないでしょうか。
しかしナショナル・ジェオグラフィックの調査によればアメリカには、ニューヨーク州の場所を示せない者が5割もいます。
 この本は2006年から2008年10月まで、著者がアメリカで見聞きしたバカげたニュースを集めたものです。
アメリカという国を大新聞のニュースとTV番組と雑誌を通してしか見ていない我々は、どうしてもその光の部分に触れることが多く、その陰の部分は見えにくいという傾向がありますが、この本はその陰の部分を存分に暴き出しています。
 たとえば国民的トークショー「トゥナイト」の司会者ジェイが街を行く人々に小学生レベルの質問をしていく「ジェイウォーキング」での次のようなやりとりがあります。
 北京オリンピックの最中に「今、オリンピックをやっている国はどこですか?」「アメリカ?…じゃないのね…」「ヒント、アジアです」「タイかしら」「オリンピック発祥の地は?」「アメリカ?」「ところで職業は?」
「大学生、教育学部よ、先生になるの!」
「ヒロシマ、ナガサキといえば?」「ジュードー?」
「ベトナム戦争でアメリカは勝った?敗れた?」「もちろん私たちの勝ちでしょう…。」
「9.11テロの犯人の宗教は?」「ヒンズー」
「アルカイダって何?」「テロリスト!イスラエルの」
「イラク戦争は9.11テロの報復として必要だった」と信じる人は、ニューズ・ウイークの調査によれば2007年の時点でまだ41%もいます。
こうした無知はどこから来るのでしょうか?
 アメリカには「無知こそ善」とする反知性主義があります。
その原因のひとつにキリスト教福音主義があります。
福音主義とは福音つまり聖書を一字一句信じてその通りに生きようとする、キリスト教原理主義です。
自らを福音派とするアメリカ人は全人口の3割を占めており、前大統領のブッシュも熱心な福音派です。
彼らは、余計な知識は聖書への疑いを増すだけで、より無知なものほど聖書に純粋に身を捧げることができると考えます。
福音派の多い州では公立学校でダーウィンの進化論を教室で教えることを禁じています。(その結果、アメリカ人の45%が進化論を信じていません)
この本は立川の「モリ・クリニック」森澄子様から推薦いただきました。

5月 6, 2009 4.今月の本 |

2009年4月 4日 (土)

病気にならない人は知っている〈4月〉

病気にならない人は知っている

ケビン・トルドー 幻冬舎

 先月号につづいて今月号も病気と薬と医者に関する本です。
長年、医学においては、その時点において形成された「見解」にすぎないものをあたかも真実であるかのように「信頼できる科学的証拠」「科学的に説明された」といった言い回しによって「医学的事実」として発表されてきました。
「医学的事実」とされていたものが数年または数十年後にくつがえされた例は次のように枚挙にいとまがありません。

(くつがえされたもの)

・マーガリンはバターよりはるかに健康的といわれていた。
 現在の研究では全く正反対といわれている。
・卵はコレステロールのために、体に有害だと考えられていたのに、
 現在では健康食品とされている。
・昔は母乳より粉ミルクがはるかに優れているとさかんに薦められ
 ていたのに、現在ではまったく逆のことが証明されている。
・昔は扁桃腺と盲腸をとればより健康になるので誰もが切除すべき
 という科学的証拠を持っていたが、現在はその説をとり消している。

 だから私達は自分の健康を守るために、正しい知識を持って食べたり飲んだりしなければなりません。
健康を害することは極力避けなければなりません。
例えば次のようなこともその中に含まれます。

(守るべきもの)

・処方薬、市販薬はすべて毒となるからなるべく使わない。
・電子レンジは食品のエネルギー構造を極端に変化させるので、
 これを食べると体内のバランスが崩れ病気の原因となるので
 使わない。
・ ファーストフードには病気の原因になる科学物質が食材の栽培、
 飼育、加工から製造に至る過程で使用されているので絶対に
 食べてはいけない。
・水道水に含まれる塩素とフッ素化合物は動脈壁に傷をつけ、悪玉
 コレステロールを付着させ、動脈硬化の原因となるから,浄化され
 たものを飲む。

 本書は私共の事務所のお客様㈱オーラルプラス様から紹介されたものです。
上記の他に、守るべきものの一つとしてフッ素入りの歯磨き粉を使わないという項目がありますが、この会社が販売する「ケアポリス」という名前の歯磨き粉は、プロポリス使用でフッ素入りではないとして、巻末の別冊に紹介されています。

4月 4, 2009 4.今月の本 |

2009年3月 6日 (金)

テレビじゃ言えない健康話のウソ〈3月〉

テレビじゃ言えない健康話のウソ

中原 英臣 文芸春秋社

●医療費が年々高騰しています。
高齢者が増えたことも一因ですが、最も重要なポイントは医者が増えたことです。
1970年には11万9000人だった日本の医者が」2008年には28万人を超えました。
わずか30年の間に医者が3倍近くに増えたのです。
ところが3倍に増えた医者がリストラされたという話は聞きません。
どうして医者は3倍にも増えても失業しないのか?
答えは、医者は勝手にパイを増やせるのです。
医学の分野でパイを増やすことは、病人を増やすことです。
医者はいくらでも病人を増やすことができます
健康な人を病人にすることなどとても簡単なことです。

●あなたの血圧が高めだったとします。
医者が少なかった頃なら「まず心配はいりません。それでも心配なら1ヶ月してまた来てください。改めて血圧を測りましょう。」といわれたでしょう。
ところが今なら「少しばかり血圧が高いようですから一週間以内に必ずいらして下さい。まだクスリを飲む必要はないでしょうが、血圧を定期的に測りましょう。」といわれるでしょう。こうして健康な人が病人にされてしまいます。(本書36~37ページ)

世界中で脳ドックが行われているのは日本だけです
今日本で脳ドックを実施している医療機関は800を超えるといわれています。
これは日本に脳外科医が多いことと無関係ではありません。
日本の脳外科医は約5000人いますが、人口が日本の2倍以上いるアメリカには3200人しかいません。(本書46ページ)
 
 読み進んでいくにつれ、私達の健康に関する常識は次々に壊されていきます。
一つ一つ書くのは膨大なページ数を必要しますので見出しだけでも揚げておきます。
・健康診断の診査項目で、医学根拠があるのはたった六項目
・厚生労働者も認めるガン検診効果なし
・超音波検診でみつかる病気は心配なし
・3900万人の日本人が高血圧、そんなバカな
・受けないほうがいい脳ドック
・病気を増やす陰謀=メタボ検診
・ポリープはすぐに手術しなくてもいい
・若者と老人の正常値がなぜ同じ?
 …健康診断の正常値は年令も性別も区分なし。
 80才の老人と20才の若者が同じ正常値だなんて世にも不思議  

3月 6, 2009 4.今月の本 |

2009年2月 5日 (木)

野村再生工場―叱り方、褒め方、教え方〈2月〉

野村再生工場―叱り方、褒め方、教え方

野村 克也 角川ONE

 チャレンジでも一度とりあげた楽天の野村監督が3年の契約期間を終了し、あと一年だけ楽天の監督を引き受けることになりました。
 その野村監督は「野村再生工場」と異名をとる程、他のチームで駄目だった選手や尾羽打ち枯した有名選手を見事に立ち直させる術にたけています。
楽天ではホームラン王になった山崎や過去の江夏、小早川、池山など、ピッチャー、打者に関係なく、野村監督のお蔭で再び脚光を浴びた選手は数限りなくいます。
本書は彼らをどう再生させたかを考え方と方法論の2面から実例を交えて解説しています。

●自己限定を捨てさせ、自信を与える…伸び悩んでいる選手に共通しているのは「いわれなき自己限定」である。
「自分はこれで精一杯だ」「自分の力は、もはやここまでだ」と考えている。これは低いレベルで妥協し、自己満足をしているからである。だから再生のためには前にいた球団を放り出された悔しさに火をつけ「見返してやりたい」という気にさせなければならない。
その上で、一軍で活躍するための足りない力を教え、自信を与えなければならない。

●なるべく教えない…「教えないコーチは名コーチ」…メジャーリーグにある名言である。人は失敗してこそ自分の間違いに気付く。
自分で気付く前に何か言われても、真剣に聞く耳をもたない。
やってみて失敗して、はじめて自分のやり方は間違っているのではないかと考える。
だから選手の中に問題意識が高まるようなアドバイスをして、本人に疑問が生まれるように仕向けないといけない。

●目標を自ら考えさせる…ただし技術を教えこむのはまだ早い。
その前に自ら取り組もうとする意欲を促すことが必要である。
コーチに教えられても、言われたことだけを言われた通りにやっているだけではそれ以上の成長はない。
選手自身に創意工夫をしようという気持ちが生まれなければ絶対に一流にはなれない。そのためには「どんなバッターやピッチャーになりたいか」「何勝したいか、何割打ちたいか」というそれぞれの選手の目標を明確にさせる。
そしてそのためにはどうすればいいのか、何をしなければならないのか」を考えさせる。
そして「どうしたらいいでしょうか」とコーチに聞いてくるようになった時に徹底的に教えこむのである。

●人間的成長なくして技術的成長はない…野球選手である前にひとりの人間であり社会人だという自覚と認識を持たないと一流の選手にはなれない。

2月 5, 2009 4.今月の本 |

2009年1月 5日 (月)

できそこないの男たち〈1月〉

できそこないの男たち

福岡 伸一 光文社新書

 著者は京都大学卒業後、ロックフェラー大学及びハーバード大学研究員、京都大学助教授を経て、現在青山学院大学の教授の職にあり、専攻は分子生物学です。
 前作の「生物と無生物のあいだ」はサントリー学芸賞を受賞し、「プリオン説はほんとうか」では講談社出版文化賞を受賞しています。
 文章は才能に溢れ、機智とウィットにとんでいます。
扱っている内容は、精子の発見から男と女を決定する因子の発見に至る研究史を取り上げているにもかかわらず、その筆致と文章はまるで「ダビンチ・コード」を読んでいる如く、ハラハラ、ワクワクとさせながら最後まで一気に読ませてしまいます。
研究者と一緒になって、発見のプロセスを胸踊らせて追いかけさせる文章は見事の一語につきます。
更に、著者の該博な知識が全編至るところに溢れており、科学を扱っていながら、物語を読むようです。
 全ての胎児は染色体の型に関係なく、受精後約7週間目まで同じ道を行きます。
生命の基本仕様は女です。
7週間が経つと核の中にY染色体(男の因子)が存在すると、そこにあるSRY遺伝子が活性化され、女である基本仕様の女の部分を殺し、テストステロンという男性ホルモンを作り出すことによって男性の部分を作りあげていきます。
しかし、このテストロンという男性ホルモンは人間の免疫システムを抑制するように働くことがわかってきました。
テストロンの体内濃度が上昇すると免疫細胞が抗体を産出する能力も、ガンを排除する白血球の中のナチュラルキラー細胞の細胞性免疫の能力も低下し、免疫システム全体の機能が低下してしまいます。
すなわち男は生命の基本仕様の女から離れてしまったため、生きる能力が低下してしまったのです。
その結果、男の死亡率は女より何倍も高く短命です。
2
 男はより危うく、より脆(もろ)いのです。
男は病気に弱いだけでなく、ストレスにも弱いのです。
― 弱きもの汝の名は男なりです ―

1月 5, 2009 4.今月の本 |

2008年12月 4日 (木)

頭痛のタネは新入社員〈12月〉

頭痛のタネは新入社員

前川 孝雄 新潮新書

 著者は㈱リクルート社が運営する「リクナビ」などの就職関連メディアを統括する編集長として、就職を希望する若者と間近に接触してきました。
「リクナビ」は就職を希望する年間60万人の学生のほぼ全員が一度は利用する就職情報サイトです。
その「リクナビ」を通して見た今どきの若者の就職観と職場観を描いています。

将来の転職に有利な就職先企業はどこですか?

 就職氷河期の大卒求人倍率は1倍を切る0.99倍でしたが2006年には1.6倍となり2008年には2.14倍と16年振りに2倍を超えました。
売り手市場の就職環境の中で褒め上げられ、入社を懇願された結果、お客様感覚が身につきプライドが高く、自信過剰の若者が育ってしまいました。
そのため入社しても自分に合わないと判断すればすぐに退職や転職を考える傾向があります。
ある有名私立大学の就職講演をしたとき「将来の転職に有利な就職先企業はどこですか?」という質問を受けた時は、さすがにビックリしましたが、会場にいた学生は皆「聞きたくても聞けなかった質問をよくぞしてくれた」と食い入る様に答えを待っていました。

新入社員は「カーリング型」

 財団法人 社会経済生産性本部では毎年新入社員のタイプを公表していますが、今年の新入社員のタイプは「カーリング型」と名付けました。
「新入社員は磨けば光るとばかりに育成の方向を定め、そっと背中を押し、ブラシでこすりつつ、周りは働き易い環境づくりに腐心する。しかし、少しでもブラシでこするのをやめると減速したり、止まったりしかねない。売り手市場入社組なので会社への帰属意識は低目で、磨きすぎると目標地点をこえてしまったり、はみ出してしまったりすることもある」という意味です。
 こんな状況ですから就職しても簡単に辞めることを考えます。
「リクナビ」には全国150万人のメルマガ会員から月千通にも及ぶ相談メールが来ます。共通しているのは次の様なものです。
「希望と違う配属なので、もう辞めたい」
「入社前に描いていた理想と現実にギャプがありすぎる」
「自分が必要とされている実感がもてない」
「地味な仕事ばかりで嫌になる」
「このままでは成長ができない。時間がないのに焦る」
こうして悩んだ結果、彼らは直接の上司に相談することもなく直接人事担当役員のところに退職のメールを送ってきます。

12月 4, 2008 4.今月の本 |

2008年11月 5日 (水)

偽善エコロジー〈11月〉

偽善エコロジー

武田 邦彦  幻冬社

 最近の地球環境は悪化の一途を辿っており、このままいけば人類の滅亡も近いという論調が主流をなしています。
これを免れるには、ゴミを分別し、レジ袋を減らし、マイ箸を持ち、背広をクールビズに着替えて、エアコンの温度は28℃以上にして…と、エコな生活をしないと思慮ある人間にあらずという風潮が世を覆っている時に、よくもこれだけ思い切った反対論を書けたものだと著者の勇気に感服します。
それも科学的知識をもった人の論ですので説得力があります。
 著者は名古屋大学大学院教授を経て、内閣府原子力安全委員専門委員、文部科学省科学技術審議会専門委員です。
 この本を読んで目からウロコということが沢山あり、我々が無知のうちにマスコミに乗せられて、随分と無駄なことをやっていたのだということがわかり、こんな間違ったことをさせるように仕向けている官庁やマスコミに腹がたちます。
 中身は読んで下さい。
目次だけを書きます。それで判断して下さい。

レジ袋を使わない          → ただのエゴ   
割り箸を使わずマイ箸を持つ    → ただのエゴ   
石油をやめバイオエタノールに   → ただのエゴ   
冷房28℃の設定で温暖化防止  → 意味なし    
ペットボトルのリサイクル            → よくない    
空きビンのリサイクル                → よくない    
食品トレイのリサイクル              → よくない    
ゴミの分別              → 意味なし    
アルミ缶のリサイクル         → 地球に良い   
ダイオキシンは有害だ          → 危なくない   
狂牛病は恐ろしい             → 恐ろしくない  
生ゴミを堆肥にする            → 危ない     
プラスチックをリサイクル         → 危ない     
洗剤より石鹸を使う            → よくない    
古紙のリサイクル             → よくない    
牛乳パックのリサイクル        → 意味なし  

11月 5, 2008 4.今月の本 |

2008年10月 5日 (日)

壁をこわす〈10月〉

壁をこわす

吉川 廣和 ダイヤモンド社

 DOWAは明治17年官営小阪鉱山の払い下げを受けて創業し、昭和45年より同和鉱業となり東証一部に上場していました。
国内に優良鉱山を持ち、非鉄金属(金、銀、銅、亜鉛、鉛等)を製錬する会社として有名です。
1970~80年代半ばまでは、国内で1、2位の優良鉱山を持っていたため高収益を誇っていましたが、85年のプラザ合意に端を発する円高のため国内鉱山の収益が一気に落ち、国内鉱山は次々と閉鎖されました。
苦境脱出のための新規事業も失敗続きで資産売却によりなんとかつじつまを合わせましたが1999年には経常利益50億にまで落ち込みます。
 この苦境を脱出するために就任したのが著者の吉川社長で、名前の廣和をもじって「セマカズ」と揶揄されながらも改革を断行し、5年間で10倍の経常利益を稼ぎ出すに至るまでのDOWA再生の記録です。
著者は会社には改革を阻む3つの「壁」があるといいます。

 1つは「組織の壁」です。
営業部、管理部、製造部などそれぞれの職能ごとにムラをつくる縦割り型のセクショナリズムです。
 2つめは「上下の壁」です。
上下の壁は、階層を横割りにする壁で、現場の重要な情報が上層部まで届かなくなります。
情報の遮断により会社の一体感が失われていきます。
 3つめは長年に亘って蓄積された「社風、風土の壁」です。
視野狭窄で融通が利かないのにプライドだけは高い官僚体質です。
 この3つの壁を取り壊すために始めたのが「本物の壁」の破壊です。
壁がなくなればムラ社会はできにくくなります。

 背の高いロッカーやパーテーションを取り外し、部屋と部屋の壁をとり壊し、従業員の専用机をなくし、フリーアドレスとします。
個人の専用できるデスクも脇机も固定電話もありません。
個人の持ち物はダンボール1.5個分のロッカーだけです。
壁なしの1500坪のフロアーに総勢400人、グループ12社の社員が一緒に働くようにしました。
役員室の壁も取っ払い外から見えるようにしました。
こうして物理的な壁をとり壊すことにより、課と課の壁、部と部の壁、上と下の壁、風土の壁を壊していきます。
仕事の仕方をまず形から変えることにより改革の不退転の決意を表明し、その後業務改革にとり組んでいきます。

10月 5, 2008 4.今月の本 |

2008年9月 4日 (木)

学校の勉強だけではメシは食えない〈9月〉

学校の勉強だけではメシは食えない

岡野 稚行 こう書房

 著者は昭和8年生まれの75才。
小学校卒業後、家系の金型工場を手伝い昭和47年(1972)39才で家系を引継ぎ、岡野工業株式会社を設立。
従業員6人の典型的町工場を経営しています。
リチウムイオン電池のケースなど、従来の深絞りなどのプレス技術では不可能とされていた金属加工を次々と実現させ「世界的職人」「金属の魔術師」として、国外からも注目を集めています。
痛くない注射針の発明により広く一般的に知られるようになりました。
その岡野氏の仕事や遊びや人との付き合い方や人生についての考え方を質問に答える形で展開しているのがこの本です。

 人生に大切なことは先ず自分の本当にやりたいことを見つけ出すことです。
そして遊びでも仕事でもできるだけ多くの失敗をすることです。
その失敗を糧にして経験を積んでいくことが大切です。
失敗をしてそれを乗り越えることによって、創意工夫をする能力が培われていくのです。

 氏が金型を作るときは図面を引きません。
図面を引くと、その図面以上のものはできません。
でも設計図を頭の中でイメージすれば、発想は無限に広がるし、即興で変更することもできます。
マニュアルも決められた答えもなく、すべて自分の力でゴールに辿り着く。
そうした未開拓の道こそが独自の技術を開発する方法です。
モノづくりの基本は、いかにイマジネーションをふくらませていくかが勝負です。

 痛くない注射針を作ったときも、注射針はパイプから作るものという常識にとらわれていたら一生できなかった筈です。
薄い金属板を丸めて注射針にすればいいということを瞬時に判断したからこそ、「絶対に不可能」という世間の声にも拘わらず半年後には試作品を完成し、3年後に量産体制を確立しました。
しかしこれも40年以上前に作った1枚の板からつくる、継ぎ目のない針がヒントになったのです。

 常識に従い、周りと同じことをしていては世間では通用しないのです。
それには、自分のしたいこと、やりたいことを選ぶこと。
そして、やり始めたら愚直にあきらめないでやることです。

 どのページから読んでも氏の痛快な性格が伝わる本です。

9月 4, 2008 4.今月の本 |

2008年8月 5日 (火)

大峯千日回峰行〈8月〉

大峯千日回峰行

塩沼 亮潤 春秋社

 朝起きて 今日も一日よろしくお願いします と手を合わせ
 いいことをして 悪いことはしない。
 そして夜 何事もなく 無事に終わったならば
 神さん 仏さんにありがとうございました と感謝すること。
 これが立派な信仰だと思うのです。

9日間の断食・断水・不眠・不臥

 これは吉野山・金峯山寺(きんぶせんじ)、千日回峰行(せんにちかいほうぎょう)を行い、その後9日間の断食・断水・不眠・不臥(横にならない)の四無行を行った、現在40才の塩沼亮潤氏の巻頭の言葉です。
 比叡山の千日回峰行は有名ですが、吉野の千日回峰行というのはあまり知られておりません。
吉野山の蔵王堂から大峯山の山頂まで往復48kmの道のりは高低差1400mあり、5月の頃には気温差30度近くあることもあり、この高低差が比叡山より厳しいといわれるゆえんです。

 塩沼氏は小学校5年生のころテレビで比叡山の酒井雄哉阿闍梨の回峰行を見て、自分の人生はこれだと思ったことが発端で、中学、高校の時もそれが頭から離れず、高校を卒業すると19才で吉野山に入行します。

 千日回峰行は、毎日午後11時25分に起床し、先ず滝に打たれ、500段の階段の上にある蔵王堂で山伏姿に着替え、午前零時30分過ぎに出発します。
朝8時半には大峯山の山頂に到着し、そこで折り返し、午後3時30分過ぎに吉野の蔵王堂に帰ってきます。
そして行きと帰りの間に118ヶ所の神社や祠にお参りをします。
一日の睡眠時間は4、5時間しかありません。

1300年の歴史の中で2人目

 毎年5月3日から行が始まり120日間行が続きます。
あとの4ヶ月で傷んだ体を回復させ、次の4ヶ月で5月からの行に備えた体力づくりになります。
こうして凡そ8年間かけて千日行を行います。
行の間はどんなに体が熱をだそうが、腹が下ろうが、足に傷がつこうが、台風が来ようが、雷が鳴ろうが止めることはできません。
読み進むうち、その修業の過酷さと、それを克服していく修行者の素晴らしさにただ感じ入るばかりでした。
塩沼亮潤氏は、吉野・金峯山寺(きんぶせんじ)1300年の歴史の中で、二人目の満行者となり、大阿闍梨となられました。
20088_2 
奈良県吉野山・金峯山寺(きんぶせんじ)1300年の歴史の中で
2人目の千日回峰行満行者となった塩沼亮潤大阿闍梨(40歳)

中上:大峯山  中下:大峯山の夕日  右:大峯千日回峰行ルート

8月 5, 2008 4.今月の本 |

2008年7月 4日 (金)

社長儲けたいなら 数字はココを見なくちゃ!〈7月〉

社長儲けたいなら 数字はココを見なくちゃ!

小山 昇 すばる舎

 著者の株式会社武蔵野の小山社長の本はこのページでも何回もとりあげましたので、覚えておられる方も多いでしょう。
ユニークな考え方とその実践には、学ぶべき多くのものがあります。
本書は小山氏が、日々の経営の中で実践してこられた数字の活用の仕方をわかり易く説いたものです。

30年間に減益はわずか3回

 小山氏は社長業を始めて30年以上たちます。
その間に減益になったのは3回だけで、あとは全て増収、増益だとのことです。
30年の間、常に心掛けていたのは、儲けることよりも、会社を潰さないことでした。
会社は潰れ易いものです。
商売が順調でも、資金繰りの悪化や労務管理の失敗、予想だにしない経済循環の激変であっという間に窮地に立たされることがあります。
30年の間には冷や汗をかいたことが何度もあったそうですが、会社を潰さずに来られたのは「数字」を知っていたからだと氏は言います。

どんぶり勘定では社長業はつとまらない

 会社の数字がわからなければ現状把握や危険の察知ができず、将来の計画もたてることができません。
しかし多くの社長は数字を見るのを嫌がっていてどんぶり勘定で経営します。
これが会社を窮地に陥れるもとです。
 とくに大切なのが貸借対照表です。
事業構造は貸借対照表の数字を理解しないと変えられません。
事業構造をかえられるのは社長以外にはいません。
「数字は苦手だから、経理に任せておけばいい」では社長業は全うできません。
また損益計算書がわからなければ利益はでません。
客数や在庫などの数字を管理できなければ、日々の業務も立ち行きません。
社長が数字を使いこなしてこそ、会社は存続、発展できるのです。
資金繰りが苦しくなる原因も、儲けを生み出すための答えもすべては数字の中に眠っています。

7月 4, 2008 4.今月の本 |

2008年6月 4日 (水)

貧困大国アメリカ〈6月〉

貧困大国アメリカ

堤 未果 岩波新書

 サブプライムローンが世界の金融市場を揺り動かしていますが、アメリカ金融監督当局が出した通達によると、サブプライムローンは次の四項目のうちどれかにあてはまる者が対象のローンです。
①過去12ヶ月以内に30日延滞を20回以上、又は過去24ヶ月以内に60日延滞を1回以上している。
②過去24ヶ月以内に抵当権の実行と債務免除をされている。
③過去5年以内に破産宣告を受けている。
④返済負担額が収入の50%以上になる。
日本だと上記の条項の1つにでも該当すれば絶対に住宅ローンは借りられません。
しかしアメリカには、こうした貧困者を対象にビジネスをしている会社が沢山あり、これが大きな利益を受けています。

■入院出産は150万円

 アメリカの公的医療は徐々に縮小されています。
政府は自己責任という言葉の下に国民の自己負担率を拡大させ自由診療という公的保険外診療を増やしてきました。
人々は医療負担を避けるため民間の保険に入りますが、保険会社は利益をあげるため、なるべく病人を保険に加入させないようにします。
企業保険に加入していても、一度病気をして会社で働けなくなると高額な自己加入保険か無保険者になるしか選択肢がなくなります。
無保険者になると高い医療費はとても払えません。
盲腸手術で入院した場合、ニューヨークでは1日の入院で243万円かかります。
ロスでは194万円です。
日本では差額ベッド代を除くと12,000円しか、かかりません。
入院出産するとアメリカでは150万円以上かかるので、日帰り出産が増えています。
その結果、乳幼児死亡率は乳幼児1000人当たり6.3人で、世界で43番目になっています。(日本は3.9人)

 2002年、ブッシュ政権は新しい教育改革法「落ちこぼれゼロ法」を打ち出しました。
その中にはさりげなく、全米の全ての高校は生徒の個人情報(名前、住所、親の年収、職業、市民権の有無、生徒の携帯の電話番号)を軍のリクルーターに提出すること、拒否したら助成金をカットするという一項があります。
軍はこのリストをもとに将来の見通しの暗い高校生のリストに作り直し、軍のリクルーターが、彼等の携帯に電話をかけて入隊勧誘します。
最大の勧誘条件は「大学の学費を最高5万ドル国防省が負担する」です。
もう一つの勧誘条件は「入隊と引き換えに不法移民も市民権を得られる」です。
これによって毎年8000人の非アメリカ人が軍に入隊しています。
兵士不足の軍にとって75万人の不法移民は宝の山です。
米軍兵士の1/3は高校を卒業したばかりの者です。

6月 4, 2008 4.今月の本 |

2008年5月 4日 (日)

ロードス島攻防記〈5月〉

ロードス島攻防記

塩野 七生  新潮文庫

 ベネチアの興亡を描いた「海の都の物語」は、国家は興隆した原因によって亡ぶという教訓を私たちに与えました。
日本も教訓の通り「和」の精神によって復興し「和」の精神によってバブル崩壊への取り組みが遅れ、大きなロスを被りました。

 「ロードス島攻防記」は「コンスタンチノープルの陥落」「レパントの海戦」という三部作の中の一つです。
この連作はルネッサンスを中心とするキリスト教ヨーロッパ世界を中心に視点を据えた旧来の作品に対し、西欧に対峙する異教徒であるイスラム文明との衝突を描いたものです。
 ロードス島にたてこもってトルコと戦うのは聖ヨハネ騎士団です。
聖ヨハネ騎士団は、テンプル騎士団やチュートン騎士団と同じく十字軍の時代に創設されたイスラムと戦う騎士団です。
騎士団に属する騎士たちは貴族の血を引くものでなければならず、騎士であると同時に一生をキリストに捧げる修道士であることも要求されました。
メンバーはイギリス、フランス、イタリア、スペインなどヨーロッパ各地から集まっており、民族をこえて信仰によって結ばれた貴族の団体であり、イスラムへの海賊行為を含めた戦争と医療事業を業としていました。

 1453年のビサンチン帝国の滅亡と1517年のトルコによる、シリア、エジプトの征服により、東地中海はトルコの内海になると、ロードス島は「イスラムの咽にひっかかった骨」としてトルコにとっては何とも目障りな存在になります。
 そこでトルコは1480年10万の兵でロードス島を攻めますが騎士団は3ヶ月に亘る戦いを闘い抜き、トルコ軍を襲った流行病により島を守り抜きます。

 しかし再び1522年夏、トルコの王スレイマンは自ら300隻の船と10万の兵を率いて、ロードス島を攻めます。
守る兵力は騎士600人足らず、傭兵1500人余り、参戦可能な島民3000人、合計5000人で20倍の敵に向うのです。
 そして7月28日、トルコ全軍はスルタンスレイマン一世の上陸で戦闘の火蓋をきるのです。
それから5ヶ月間の両軍の死闘ののち、トルコは五万の兵を失いながらもロードス島を制圧します。

最後に生き残った聖ヨハネ騎士団は、団長以下18人でした。
ロードス島を追われて8年後、騎士団はマルタ島に移住し、再びここを要塞化し、トルコと戦う基地とします。

5月 4, 2008 4.今月の本 |

2008年4月 4日 (金)

マキアヴェッリ語録〈4月〉

マキアヴェッリ語録

塩野 七生 新潮社

Niccolo Machiavelli (1469年~1527年)

 塩野七生氏は「海の都の物語」や「レパントの海賊」「ルネッサンスの女たち」などイタリアの歴史にちなむ数々の著作と、数年前に書き上げた20数冊にのぼる「ローマ人の物語」で有名です。
私も昔から、史実と資料をもとに、生き生きと展開されていく、イタリアの各時代の人と国との作品に魅きつけられてきました。
本書も今から20年位前に読んだものですが、再読してみて肯かされるところの多い本でした。
 マキアヴェッリは1498年、29才の若さでメディチ家追放後のフィレンツェの第二書記長になり、14年間その職に止まりました。
外交使節として各国を訪問する中で、教皇軍総司令官のチェーザレ・ボルシアに理想の君主像を見出します。
 彼はメディチ家(ロレンツォ・メディチ)に政策を提言するために「君主論」を著しました。そこには君主たるものがいかに権力を維持し、政治を安定させるかという政治論が記されています。
ここに書かれた思想を「マキャベリズム」といいます。「マキャベリズム」というと政治目的のためには、いかなる反道徳的なことも許されると説いたところから、現代では「目的達成のためには手段を選ばないこと」と日本では非常に評判が悪くなっています。
 本書は彼の「君主論」と「政略論」の中から著者がエッセンスと思われるものを抽出したものです。
日本の政治家にも読んでもらいたい本です。
尤も彼らが学ぶのは「権謀術数」のところだけかもしれませんが…。
一部を抽出します。

・ 歴史に残るほどの国家ならば必ず、どれほど立派な為政者に恵ま
 れようとも二つのことに基礎をおいたうえで種々の政策を実施した
 のであった。
 それは正義と力である。
 正義は国内において敵をつくらないために必要であり、力は国外
 の敵から守るために必要であるからだ。
・ 自らの安全を自らの力によって守る意志を持たない場合、いかな
 る国家といえども独立と平和を期待することはできない。
 なぜなら、自ら守るという力量によらず、運にのみ頼るということ
 になるからである。
 「人間世界では自らの実力に基礎をおかない権勢や名声など頼り
 にならないものはない。」(タキトウス)とは、いつの世でも応用可能
 な賢い人々の考えであり、評価であったと思う。
・ 人間というものは、自分を守ってくれなかったり誤りを質す力もな
 かったりする者に対して忠誠であることはできない。
・ 人は中心に巣くう嫉妬心によって、賞めるよりもけなす方を好む
 ものである。
・ 弱体な国家は常に優柔不断である。そして決断に手間取ることは、
 これまた常に有害である。決断力に欠ける人々が、いかにまじめに
 協議しようとも、そこから出てくる結論は常にあいまいで、それゆえ
 に常に役立たないものである。
 長時間の討論の末に遅すぎる結論も同じく有害であることに変わ
 りない。

4月 4, 2008 4.今月の本 |

2008年3月 4日 (火)

もう一言の極意〈3月〉

もう一言の極意

林 文子 草思社

 日本のスーパーストアーは、勝ち組といわれるイトーヨーカ堂もイオンでさえも、経常利益率はわずかなもので、とても勝ち組といわれるような成績を残していません。
まして負け組といわれる西友は、ウォールマートの傘下に入り再建を進めていますが、中流が中心の日本では、「安かろう、悪かろう」という「エブリデー・ロープライス」方式では、なかなか難しいようです。

 もう一つの負け組にはダイエーがあります。
膨張を続けるイオンの傘下に入り再建を進めているところですが、著者の林文子氏はこのダイエーの副社長です。
高校卒業後、東レ、松下を経由し、1977年ホンダの販売店に入社し、初年度にトップセールスになります。
10年後の1987年BMWの新宿支店長に招かれます。
1999年フォルクスワーゲンにスカウトされ、直営店のファーレン東京㈱の社長となり、4年間で売上高を倍増させます。
2003年再びBMWに請われて、BMW東京㈱の社長に就任します。
2005年産業再生機構の下にあった㈱ダイエーの代表取締役会長に就任し、同年、米フォーブス誌の「世界でもっとも影響力のある女性100.人」に選ばれると共に、米フォーチューン誌「米国外のビジネス界最強の女性」の10位にも選出されました。

 彼女はここまでやってこられたのは「出会った一人ひとりの人とのあいだをできるだけいい関係に育てようとしてきたこと」に尽きると言います。
どんな仕事も人と出会い、つきあいを深め、信頼関係を深めていく中で、進められ、遂げられていくものです。
せっかく出会えたのに、その出会いをいい関係に育てられなければ、これほど勿体ないことはありません。
だからいつも「出会った人とはなんとか心を通わせ合いたい」と努力してきました。
その結果、今ではほとんど苦手な人はなくなりました。
そうすると仕事はいっそう楽しくなり、そのうえたいていのことはうまくいくようになりました。人と心を通わせるコツは「相手をしっかりと見ること、相手をしっかり思うこと、心が相手に届くようにちゃんと向き合い、心を込めて話すこと」だと言います。
そのうえで挨拶とそれに加える「もう一言」に注意することが大切です。
本書は、その「もう一言」の効果がいろいろな場面を想定して、語られています。
しかし、林氏のように「もう一言」が次々と浮ぶようになるには、相手に対するやさしさと、不断の努力が欠かせないことだと思いました。

3月 4, 2008 4.今月の本 |

2008年2月 4日 (月)

「決定」で儲かる会社をつくりなさい〈2月〉

「決定」で儲かる会社をつくりなさい

小山 昇 河出書房新社

 小山氏の本をとりあげるのは、今回で3冊目です。
どの本を読んでもたいしたものだといつも思ってしまいます。
小山氏のすごいところは、全てのものごとを仕組につくりあげることです。
何かを決めたら、それをやりつづけるために、やり続ける仕組に組みこむ点に秀でたものを感じます。
どこの会社も会社を考えるため、より良い方向に向わせるために、いろいろのやるべき事を決めます。
担当者を決め、実行に移すところまではいいのですが、目を離している隙にいつの間にか決めたことを止めてしまうことがよく起こります。
気がついて、これはどうなっているの、いつ、誰が止めたのと聞いても、いつの間にか、誰が言い出したわけでもなく、止めてしまっていることがあります。
そのことについて当事者も意識しているわけでもなく、周りの誰かがそれを注意することもなく止めてしまい、誰もそれをとがめることもしない組織風土が、あちこちの会社にみられます。
その点㈱武蔵野は罰金制度を設けたり、給料や賞与に反映させたりなど、決めたことが守り続けられる仕組をつくりあげ、毎年毎年会社のレベルを上げ続けているのがすごいと思います。

「決定で儲かる会社をつくりなさい」は小山氏が悩める中小企業の経営者に資金繰りに悩み、心を砕き、それを乗り越えていくために、自らの経験を基に語りかけたものです。
著者の結論は2つです。

 1つは、業務のあらゆることを仕組化することです。
仕組によって社員の資質に依存しない経営を実現することです。
これは前著「儲かる仕組をつくりなさい」の中に詳しく書かれています。

 もう1つは「決定」することです。
勝ち残るのだ、儲けるのだ、組織を強くし、倒産しない会社にするのだと「決定」し、その「決定」を実現する手段を考えていく、その試行錯誤の積み重ねが、なによりも強いノウハウになると述べています。

会社が赤字になるのは経営環境のせいではありません。
社長が「赤字になってもよい」と「決定」したから赤字になったのです。
倒産もそうです。
社長が「倒産しても仕方ない」と「決定」して会社が潰れるのです。
経営は「決定」の集積です。
会社で最終的な「決定」ができるのは社長ただ一人です。
社長とその家族が、そして社員が幸福になるのも不幸になるのも全ては社長の決定にかかっているのです。
「決定」を意識した経営を続け、それを継続していけば、「決定」したことの大部分が実現していることに気づくことになるでしょう。

2月 4, 2008 4.今月の本 |

2008年1月 4日 (金)

昭和恋々〈1月〉

昭和恋々

山本 夏彦、久世 光彦 文春文庫

 平成もいつの間にか20年も経ってしまいました。
新しい年号が平成ということを知ったとき、日本人も平成を望むようになっては、伸びも止まるなと一瞬思ったことを思い出します。
案の定、“失われた十年”を経てやっと最近は少し元気をとり戻してきましたが、株式市場はまだピークの1/3程度と低迷し、未だに世界の株高のカヤの外に居続けています。

 それに対して昭和という時代は戦争、敗戦というつらい思い出を抱えてはいても復興、躍進、バブルという生気を感じさせるものがあるため、なんとなく元気なイメージを抱きます。
特に最近は“昭和レトロ”などといわれ、あちこちに昭和を想起させる街並みや横丁が商業施設の中に再現され、それなりに人を集めているようです。
「三丁目の夕日」や「フラガール」など昭和をとりあげた映画も好成績を納め、今また続編が出て、これもまた人気になっているようです。
私も二つとも見ましたが両方とも良い映画だと感じました。

 そんな昭和の時代を山本夏彦氏と久世光彦氏がその時代の写真を元に、自らの思い出を語り、最後に2人の対談が行われるという構成になっています。
昭和の10年代までを山本氏が語り、20年代以後を久世氏が受け持っています。

なつかしい昭和

 目次を見ると下宿屋、質屋、割烹着。
蓄音機、予防接種、足踏ミシンなど皆昔を思い出す語が並んでおり、その一つ一つの項目に写真が掲げられ、その事について語られています。
写真を見ると、そうそうこんな情景だったなとか、こんなことをして遊んでいたなとか、なんとも一つ一つがなつかしく思い出され、胸の奥がキュンとなるような切なさを感じます。時々開いて写真だけを見ても心が安まるような気がします。
最後の対談を読むと、よくこれだけのことを細々と覚えているなと感心させられます。
やはり、物書きの人は隅々までよく見ており、我々とは違うなと思いました。

1月 4, 2008 4.今月の本 |