2011年2月 6日 (日)

ウィスキーの復権〈2月〉

 ウィスキーが息を吹き返しています。
昔の水割り、オンザ・ロックではなく、ハイボールとして、大人のバーではなく、居酒屋で復活しました。
復活の裏側にはウィスキーメーカー・サントリーの取り組みがありました。
 ウィスキーは戦後の日本人の生活の洋風化と共に隆盛を極め、洋酒文化をリードしました。
サントリーのトリスが人気となったのは1950年代で、70年代のウィスキー全盛期には洋酒部門がサントリーの8割を稼いでいました。
特に「サントリーオールド」というお化け商品がサントリーの家計を支えていました。
それが酒税法の改正を機に下り坂に向かいます。
焼酎ブームが起こり、ワインブームが後を追い、ウィスキーは押され続けました。
 ウィスキーを核とするサントリー洋酒部門の売上高は1983年の6300億円をピークに25年間に亘って落ちつづけ2008年には最盛期の5分の1にまで減少してしまいました。
「失うものは何もないから、ウィスキーをなんとかしろ」といわれてウィスキーの復活の動きが始まったのは2008年4月のことでした。
先ず手がけたことはウィスキーの黄金期を全然知らない20代、30代の若手を中心に「ウィスキーは何故売れないか」を徹底的に調査しました。

その結果3つのことがわかりました。
 1つ目は、水割りやロック、ストレートで飲むウィスキーは、2軒目のスナックやクラブで楽しむ酒になっており、不景気の今は1軒目の居酒屋やレストランだけで帰ってしまいウィスキーとの出会いが少なくなっている。
 2つ目は、サントリーが勧めていた水割りやロックの黄金比率(アルコール度数12%以上)を消費者は「濃い」と感じ、8%に薄めた味を好んでおり、レモンを軽く絞ることも好評で、メーカーの常識を破る飲み方をしていました。
 3つ目は、「ウィスキーはおやじくさい」「アルコールが強くて飲みにくい」「食事に合わない」という常識を若者が持っていたところです。
 こうした調査結果を基に試行錯誤の末にたどり着いたのがウィスキーを1軒目で食事と一緒に飲む酒にすること、特に「居酒屋で乾杯される酒」にすることでした。
ウィスキーをジョッキに入れてソーダで割る飲み方~ハイボール~が考案されました。
ウィスキー衰退の原因に水道水で水割りを作ったり、冷蔵庫の霜のついた氷を入れてお客に出したりして、おいしいウィスキーをまずく飲ませていたこともあったのでおいしい飲ませ方を飲食店に徹底しました。
ハイボールは①温度はグラスいっぱいの氷と冷えたソーダ②炭配圧はソーダを丁寧に注ぎ、1回混ぜるだけ③濃さはウィスキー1対ソーダ3~4の3つを守ることです。
こうして炭酸ソーダ割りの「ハイボール」としてウィスキーが居酒屋で復活しました。
本質的な味と飲ませ方で勝負したことで、多くの客に支持されるようになったのです。
飲食店の取り扱いに続きスーパーや酒屋の店頭でも、ウィスキー関連商品の棚が一気に拡大してきました。
 厳しい経済情勢を考えて、角ハイよりもトリハイを戦略商品に選んだことも成功因でした。
一方では、高級ブランド山崎はプレミアムハイボールとして、白州では森香るハイボールとしても提供し、ウィスキー本来の味を伝えることも目論でいます。
1年半で起きたハイボールブームは仕掛けたサントリーにとって予想以上のものでした。
 しかしブームが到来したことで思いがけない事態も招来しています。
ウィスキーの原酒が足りなくなってしまったことです。
蒸留酒であるウィスキーは製造に時間がかかり、売れたからといってすぐには増産できないのです。
トリスを戦略商品にしたのも角瓶が足りなかったこともあります。
またブレンダーと呼ぶウィスキーのブレンド技術者の育成にも少なくとも5年はかかります。
最盛期の5分の1にまで落ち込んだ商品がまた昔日の面影を取り戻すということはそうあるものではありません。
この復活劇の成功因はどこにあるのでしょうか。

サントリーの成功要因

 第一は「ウィスキーは何故売れないか」を徹底的に調査したことです。
何故売れなくなったかを調査したらまた別の結果が出たかもしれません。
しかし、売れないという事実から出発したため、売れる筈だという思い込みから解放され、売れない真の原因を探し出すことができました。
メーカーの常識を破る理由を見つけることができたのもそのお陰です。虚心胆懐に物事を見ることの大切さを物語っています。
 第二は、復活の役割をウィスキーの黄金期を全く知らない20代、30代の若者に委ねたことです。
黄金期を知る者は、昔は売れたのにという思いがあるためにどうしても真実に向きあいたくないという気持ちがあります。
そんな思いを持つ者では真実を探し出すことは困難です。
ウィスキーはこんなものという既成概念を持っていたのでは、居酒屋でカンパイするようなハイボールなど考え出すことはできません。
事実社内には「ウィスキーを本当に好きな人にだけに飲んでもらえればいい」という声もありました。
まさに「新しい酒は新しい革ごろもに盛れ」です。
 第三は、おいしい飲ませ方を飲食店に徹底したことです。
店毎に作る人毎に味が異なっていたのでは、ハイボールはここまでは広がらなかったことと思います。
おいしいレシピを作って、それを守らせたからこそ高い評価を生み出しました。
会社の取扱い商品の中にもサントリーのウィスキーのような商品が埋もれているかもしれません。
そんな商品も視点を変えることで、新しい使い方を提案することにより生まれ変わることがあるのかもしれません。
しかし、そんな時にもサントリーの挑戦のポイントは外すことができないのではないかと思います。

2月 6, 2011 2.チャレンジ |

2011年1月 6日 (木)

事業仕分け〈1月〉

 あけましておめでとうございます。
また新しい年が明けました。
民主党政権になって今のところ目覚しい成果は上がっていませんが目新しいものといえば、「事業仕分け」でしょうか。
仕分け人に仕分けさせながら、隠れて復活させても責任は問われないのですから何とも悠長な話です。
失言で職を失うことはあっても、仕事の成果で責任を問われることのない官僚や政治家の世界らしい仕事の仕方で、もう諦めるしかないのかもしれません。
でも私たち実業を営む者にとってこの「事業仕分け」の考え方は活用できるように思います。
新年に当たって皆様の会社の事業仕分けを、一度されてみてはいかがでしょうか。

・第1に仕分けの対象とすべきなのは取扱い商品です。
取扱い商品が、世の中の流れに従って変わってきているかということです。
食品会社などには、1年以内に売り出された商品が半分以上などという会社もあるようですが、それ程でなくても顧客のニーズを聞き出しながらニーズに合った商品を提供しつづけていないと、いつの間にか商品ラインナップは陳腐化してしまいます。
取扱い商品が変わっていても、それを顧客に十分に知らせているかということも仕分けの対象にしなければなりません。
顧客の中には、あなたの会社が扱っているのを知らないで、他の会社に注文を出しているところが沢山あります。
「あなたのところで扱っているとは知らかったよ。この間他のところで買ってしまったよ」といわれた経験のある方は、いっぱいいらっしゃることと思います。
皆様はお客様に知らせなければ商売になりませんが、お客様はそれを知る必要はありません。
自社の商品を客によく知られている商品と客に十分に知られていない商品に仕分けをして、どう知らせていくかを考える必要があります。
新商品リストを作って渡しているから大丈夫などといっているようでは甘いと思います。
読んでいるかわからないし、忘れてしまえばそれでおしまいです。
何度も何度も知らせなくてはなりません。

・顧客も仕分けの対象です。
2割の顧客で8割の売上を上げているという2:8の原則があります。
しかし2割と8割の顧客の内訳は、常に変動しています。
昔は2割の中の中心メンバーであったところも、いつの間にか8割の仲間に入ってしまい、そのうちに消えていってしまう会社もあります。
8割の仲間にはいっていたところでも知らない間に2割の仲間に入っているところもあります。
ですから年に一度は必ず顧客のA、B、C分析を行い、顧客のランク分けをする必要があります。
A、B、Cのランクに従って、どのような営業活動を行っていくかを決定しなければなりません。
リベートや仕切りも変えなければなりません。
ランクが下がったのに、言いにくいのでという理由で、元のランクのリベートや仕切りを適用している会社をしばしば目にしますが、公平の見地から見て適切ではありませんし、全体としての粗利を下げる原因にもなります。
営業体制が地域別になっているような場合は、同一の営業マンが担当を続けるので、訪問頻度を変更したり仕切りを変えたりするのに抵抗があり、ずるずると従前と同様の営業活動を行い、もっと力を入れるべきところに力を注ぐことができないことがあります。
上にたつ人は心して対処したいものです。

・販売促進や広告宣伝の仕分けも省けません。
広告宣伝費は販管費の中でかなり大きな金額を占めていますが、その効果について十分に検討されているか疑問なものがあります。
広告企画の多くは、昨年の効果を検討して問題点を明らかにし改善を加えて実施されているものは少なく、大部分の企画は時間に追われて、前年のものを少し修正した程度で実施されています。
昨年もこの時期にやったからという理由で行われています。
こんなものならやらない方が良かったのにと思うような企画もあります。
チラシについても同じです。
メーカーがくれるチラシの裏面に自社の広告を入れるというような前時代的なチラシを入れているようなケースは別として、毎年ほとんど変化のないチラシを入れつづけているところはまだ沢山あります。
毎回3分の1は必ず変えるというような決心で作らないと、決してうまくはなりません。
年に一度くらい全企画、全チラシを担当者以外の人を入れて検討会を開き、仕分けをするということが広告宣伝費を有効に使うのには欠かせないことだと思います。

・最後は人の仕分けです。
GE(ゼネラル・エレクトリック)の名経営者ジャック・ウィルチ社長は別名、中性子爆弾といわれました。
それは会社を活性化させるために全従業員の下位5パーセントの人を毎年入れ替えるからでした。
そのことの良否はとも角、人事が停滞している会社は沢山あります。
同一人物が部長に10年も20年も座っているようでは変化に対応していくことは難しいといわざるを得ません。
変化はスローガンやスピーチによって起こせるものではありません。
しかるべき地位にしかるべき人間を配置することによってはじめて起こせます。
人の処遇に迷ったときは、南洲遣訓にあるように「功ある者には禄(ろく)を与えよ、能ある者には地位を与えよ」が参考になります。
まだまだ仕分けをしなければならない部分は沢山あることでしょう。
それこそ聖域なき仕分けによって会社のウミを出していくことが必要です。

毎年1回会社のすみずみまで仕分けをして無駄なものを省き、必要なところを入れ替えていかないと、この厳しく変化の激しい時代に勝ち残っていくことはできません。
でも心すべきことは仕分けをしても考え方がかわらないとゾンビのように同じようなことがまた形を変えて出てくることです。
民主党の仕分けのようにだけはならないように気をつけたいものです。       

1月 6, 2011 2.チャレンジ |

2010年12月 7日 (火)

衰退に抗うための五訓〈12月〉

 バブル崩壊以後すでに20年経っているのに、日本経済は一向に回復しません。
企業業績も少数の例外を除いて、底這いを続けています。
黒字企業の割合は相変わらず30パーセント前後で、ここ10年程大きな変化はみられません。
多くの企業が敗れないように必死になって船を漕いでいるというところが真の姿ではないかと思います。
そんな時「ビジョリーナカンパニー③ 衰退の五段階」という本が出ました。
この本は実名をあげながら、成功した会社が衰退に向う流れを五段階に分け、その各々の段階で起こる特徴的現象をとらえ、その各々のステージでとってはならない対策を「衰退に抗うための五訓」として纏めてあり、会社経営をする方にとっては示唆にとむ多くのことが書かれています。

教訓1 自らの成功を徹底的に疑え
 成功は「智恵と努力」「幸運と偶然」が加わってもたらされるものです。
しかし成功した者は幸運と偶然という要素をついつい見落し、自分たちの力だけで勝ち抜いたと錯覚しがちです。
一生懸命頑張ってやるべきことをやってきた、我々のやってきたことは間違っていなかったと思ってしまいます。
でも大事なことは謙虚さです。
物事がトントン拍子で進んでいる時こそ、成功を疑い、成功を恐れ、成功を割り引いて考えることが大切です。
「幸運に恵まれただけだったのではないか」「たまたま良い時代、良い場所、に巡り合わせただけであって、単なる偶然だったのではないか」と成功の本当の理由を問いつづけなければなりません。
成功したのは当然であり、これからも成長を続けていくという過信を抱くようになると危ういと考えるべきです。

教訓2 残酷な現実から目をそらさず直視する
 いよいよ衰退が始まったら、現実に起こっていることを直視しなければなりません。
客離れ、利益率・在庫回転率の低下、価格支配力の喪失など多くの警戒信号が出ます。とくに注意すべき指標は粗利益率、流動比率(流動負債にたいする流動資産の比率)、負債比率(自己資本に対する負債の比率)の悪化が嵐の到来を示す微候です。
こうした微候があらわれた時、衰退する企業の経営者に共通するのは、それらの原因は他人や外部要因に問題があったと抗弁し、会社が深刻な問題にぶつかっていることを示す厳しい現実を直視しないことです。
悪い情報を無視したり、ねじ曲げて解釈したりしているうちに衰退はますます加速していきます。
一方衰退を免れる企業の経営者は出されたデータや証拠に基づき、幹部や社員と議論を重ねます。
多くの質問と疑問を提示し、深い意見を求めます。
決定が下されれば団結して、決定を実行していきます。
 

教訓3 答えはいつも社内にある
 衰退に陥ったとき、一発逆転できるような魔法の杖を探しても、そんなものはどこにもありません。
競争力の基盤になるのは、試行錯誤の中で築かれていった小さな積み重ねしかありません。
「自分たちが今まで成し遂げてきたことは何だったのか。その基盤の上にどのような新しいものを積み上げられるだろうか」を考えなければなりません。
社外に目を向けて未知の何かを探すより前に、やることは山ほどあります。
答えはいつも社内にあるのです。
しかし、会社を変えないでよいというのではありません。
顧客、商品、営業のやり方、仕事の仕方など、考えるべきものはいっぱいあります。
大切なことは「基本的な強みとして維持すべき点と変革が必要な点」とを明確に区別することです。
変えるべきものは果敢に変えていかなければなりません。

  
教訓4 一発逆転を狙うな
 衰退に陥ったとき、多くの会社で起こることは一発逆転の発想です。
関連性のない新市場への進出、検証されていない新技術の採用、派手な新製品の発売、大胆なイメージチェンジに賭けたり、救済を約束するコンサルタントを雇ったりなどの特効薬に頼ろうとします。
しかし、特効薬の多くは自ら生きようという気力と体力を持つ病人に利くのであり、体力も気力も失った者に利く薬はそうあるものではありません。
ましてや外部から救世主を迎えようなどと考えてはなりません。
衰退時に外部に経営者を求めた企業の多くは業績が悪化しています。

教訓5 決して屈服しない
 1941年ドイツがロシア攻撃に踏み切った頃、イギリスのチャーチルは、母校のハロー校を訪れて卒業式の式辞を贈りました。
集まっていた少年たちを見つめてこう語りました。
「これが教訓だ、決して屈服してはならない。決して屈服してはならない。決して、決して、決して相手の大小を問わず、強弱を問わず、決して屈服してはならない。」

皆様の会社もそれなりに困難を抱えていらっしゃることと思います。
しかし大事なことは、困難から逃げるのではなく、困難を正面から把え、困難の原因を突き止め、これを解決していくことです。
逃げていたのではいつまでたっても困難はなくなりません。
経営していく限り、生きていく限り常に困難はあらわれます。
生きていくこと、経営していくことは修業です。
江戸時代の思想家、鈴木正三(すずきしょうさん)は、「宗教、念仏にとらわれることなく職業に励むこと自体が仏教修業だ」といいました。
経営していく限り修業はつづきます。

12月 7, 2010 2.チャレンジ |

2010年11月 6日 (土)

甦るハウステンボス〈11月〉

 エイチ・アイ・エス(HIS)の澤田秀雄会長がハウステンボスの社長に就任し、9月下旬で半年になります。
無料ゾーンの新設や料金引下げなどで来場者数は順調に回復し、夏休み期間の入場者数は韓国、台湾の観光客回復もあり、前年同期の38%増の34万5000人を記録し、4~6月の四半期決算で開業以来初の経常黒字を達成しました。

ハウステンボスは長崎県佐世保市にあり、1992年に開業しました。
総面積は46万1千坪と、東京ディズニーランドとディズニーシーを合わせたものと同規模で、連続した敷地面積では日本最大です。
園内はオランダに実在する建物を忠実に再現するというコンセプトのもとに施設や町の紋章までもオランダ政府の協力や助言に基づいています。
最奥部のハウステンボスはオランダ王宮の宮殿を模したもので、王室の許しを得てほぼ完全に王宮を再現してあります。
全長6000m、幅20~30mの運河建設やヘドロの土地の土地改良と40万本の植樹など過剰な施設投資の結果、初期投資2300億円がかかりました。
1996年には総入場者数380万人を記録したが、リピーターを呼べなかったため、2001年には292万人にまで減少し、2003年には会社更生法の適用を受け、破綻しました。
その後、野村プリンシバル・ファイナンスをスポンサーとして再建に努めましたが、2008年のリーマンショックにより来場者が減少し、2010年3月野村プリンシバルも支援から手を引きました。
日本のテーマパークは、ハウステンボスだけでなく他の施設も苦戦しています。
2009年の遊園地、テーマパークの経営企業の売上高は7544億円ですが、東京ディズニーランドが3185億円と突出し、他は4359億円にしかならず、前年比3.5%の減少となっています。

テーマパークの苦戦の原因は次のように考えられます。

1.建物は立派だが、人を引きつける魅力に欠ける―1987年に
  制定されたリゾート法の下で日本中に乱造された多くのテーマ
  パークに当てはまることです。
  日本のテーマパークは設備投資によって集客を増やすハード
  重視で、イベントや接客で魅力的な空間を出すソフトの魅力に
  欠けることが欠点です。
  そのため集客が落ちると新しい施設の建設に走り、それが負
  債を膨らませて、経営を圧迫する死の病となります。
  資金繰りに窮するとコスト削減のため施設を閉鎖します。
  そうすると更に客足が遠のくという悪循環に陥ります。
  ハウステンボスもこの悪循環に陥り、次々に施設を閉鎖し、
  まるで、ゴーストタウンのような一角が出来上がりました。
2.多くが第三セクターとして出発するため、自治体の公共性を重視
  と民間の収益性重視の狭間に置かれることです。
  料金設定も割安になり教育効果までも考えてしまうため、面白味
  のない娯楽性の欠けるものとなり、客を失望させてしまいます。
  県民の税金を300億円も投じながら、2008年12月に閉鎖された
  岡山のチボリ公園がこれにあたります。

HISの澤田氏はこう考えました

 「欧州の美しい街並みを再現しようとしたけれど、それはどこまで頑張っても偽物…だから街としての猥雑な感じがない。ヨーロッパの街は一見きれいだけれど、路地裏に入れば人間くさい活気がある。」

猥雑な街の活気をとりもどすべく、支援開始後は次々と手を打っていきます。
閉鎖された建物を次々と再開させました。
安価なイベントを仕掛けては活気を生みだします。
運河は釣堀として活用しました。
これからは釣った魚をその場で調理できるようにしようと考えています。
博物館はお化け屋敷やホラー館に改装され、屋外にはゲゲゲの鬼太郎の着ぐるみが子供を追いかけ回します。
ダンスショーを午後9時すぎまで開き、午前0時閉店のマジックバーには、人だかりができます。
場内の飲食店や土産物店は10時まで営業します。
五カ国から花火師を集めた世界花火大会も開催しました。
来春にはイングリッシュ村を造ります。
ホテルや飲食、娯楽施設まで、全て英語で対応します。
外国人スタッフを確保するため佐世保の米海軍の協力もとりつけました。
英会話合宿も企画し、アジア全域から生徒募集します。
東洋一のアウトレットモール計画には、中国人専門館をつくり、日本製の化粧品、電気釜、カメラを揃えます。
上海と佐世保を結ぶ航路を新設し、10,000円で運びます。

彼には建物をどう見せるかという発想は少しもありません。
建物をどう生かし、それをどう活用するのかを考えています。
もともとのコンセプトにはこだわらず、それに及したものでもどんどん活用できるものは活用する。
少しでも役にたちそうなものがあれば取敢えずやってみるという気概がみられます。
苦しくなった会社を甦らせる手法も同じではないかと思います。
逡巡することなく、考えられる手は何でもやる、、、。
私たちも澤田社長を見習いたいものです。

11月 6, 2010 2.チャレンジ |

2010年10月 6日 (水)

Xデーに備えた資産運用〈10月〉

 このところ企業業績は新興国の好景気に引っ張られる形で、比較的好調に推移していますが、急激な円高のせいで先行きは見えない状態になっています。
企業は国内に投資をするよりも海外に投資するのがあたりまえになってきました。
国内雇用がその分だけ海外に移転することになり、ますます国内の景気は悪くなります。
政府は内需振興による景気回復などと言っていますが、前川リポート以来、内需振興が成功したことがありません。
20年以上言い続けていて成功しないものが、突然に成功すると考える方がオカシイと思います。
 こうしているうちにも国の借金は来年3月末には1000兆に迫る状況になってきました。
先月号のお客様の声にもありましたように、私たちもそろそろそれに対する準備をしておくべき時期に来ていると思います。
そんな折も折―「日本破綻」その日に備える資産防衛術―という本が出ました。
著者はこのニューズ・レターの4月号のスクラップでも一度とりあげたことのある藤巻健史氏です。
藤巻氏は、「日本は、年収370万円(税収)なのに920万円ずつ使って、約1億円(9730万円)の借金をしており、年に100万円ずつ返済しても借金返済まで100年かかる人」と形容しています。
消費税を5%から10%にあげてもせいぜい収入は120万ほどしか増えないから、支出を減らさない限り絶対に直りません。
もはや対策を打つには遅すぎる状況になっていると著者は考えています。

国債暴落

このままいくと「国債暴落」という「市場の反乱」によって正されるしかなくなっており、そのXデーは明日起きてもおかしくありません。
国債暴落のシナリオはいろいろありますが、一番可能性が高いのは国債未達(入札で予定通りの購入資金が集まらないこと)です。
2010年度に発行する国債は既発の国債を満期がきたので借り換える借換債120兆と新規発行債44兆円の164兆です。
借換債はそのまま借換が行われるにしても日本国債は95%国内消化ですから新規発行債44兆円の資金源は国内しかありません。
ところが個人金融資産はこの10年1400兆でほとんど増えていませんから個人資産が源泉になりにくいのです。
そろそろ新規債を買うお金がなくなりかけています。
国債未達のニュースが流れると国債先物市場は値幅制限までストップ安し、値がつかないまま数日間が過ぎます。
それと共に現物市場も急落します。
銀行保有の国債はおよそ130兆ありますから膨大な評価損を抱える銀行株は暴落し、それにつられて株式市場も暴落します。
銀行にも預金者が殺到します。
日銀は預金返済の資金供給のため銀行保有の国債を買取ります。
市中に巨額の円が供給されます。
2009年末の国内日銀券の流通量は77.4兆ですから、80兆もの国債が買取られればそれだけで100%のインフレになります。
円も下がりますから輸入物価も上がりインフレは昂進します。
ハイパーインフレ時代の到来です。
こうしたハイパーインフレの時が来ることに対する備えをするかということについて藤巻氏は次のように述べています。
1.この数年間は、資産運用の根本は「守りのスタンス」に徹する
  こと
2.国に頼らない………いざとなっても国は守ってくれない
3.具体的投資方針


避けた方がいいもの

①日本国債、社債…金利の低い今買うのは最低
②金投資…(イ)金価格は世界経済がインフレかデフレかで決まり、
         日本のインフレ率で決まるのではない
         (ロ)金利を生まない
         (ハ)現物保管が大変…業者による保管も業者が倒産
         したらおしまい
③Brics、新興国への投資
       流動性リスク…売りたいときに売れないリスクが高い
④人民元…政府が外為規則をしているので、引出し及び日本への
       送金ができない。
       中国政府は円が強くなりすぎて没落した日本をみて
       いるので「安い人民元」を放さない
⑤海外不動産…管理が大変、税務申告が大変

投資をすすめるもの

A. 海外
原則…・強い国のリスク資産(株、不動産)を買う…但し不動産は
     ⑤に該当しダメ。
     ・ドル優位は変わらず。 
     ・ユーロは原理的に存在が難しい。
     ・人民元は外為法の管理下にあり基軸通貨になりえない
①米国株式…日本の証券会社の店頭で買える
     配当もキャピタルゲインも10%の源泉分離
②米国株を中心とした投資信託
③米国債券…ドル、MMF…米国債や優良企業の社債で運用して
                 いる投資信託
B. 国内
①日本株…円、株、債券トリプル安の時に倒産しない輸出関連銘柄
       電気、ガス、水道のインフラ関係の1.2位の株
②不動産…人が集中する地区の不動産
③債券ベアファンド…国債暴落で儲かるファンド

私もこの本を読んで、今まで考えていたことの誤りに気付かされました。
それはドルが暴落するという通説があまりに頭に染みついていたことと、人民元の強さに魅かれていたことです。
皆様の備えに少しでもお役に立てたらと思います。

10月 6, 2010 2.チャレンジ |

2010年9月 8日 (水)

サムスン〈9月〉

 韓国経済が好調です。
リーマンショック以後2割以上も円がきり上がった日本に対して、韓国は30%程もウォンが切り下がって輸出品の価格が下がったため、輸出が絶好調です。
中でも韓国のGDP(国内総生産)の約20%を占めるサムスンの勢いは止まるところを知りません。
 2009年のサムスンの連結売上高は9兆9000億に達し、米ヒューレッド・パッカードやドイツのシーメンスにほぼ並ぶ規模です。
ソニーが7兆6000億、パナソニックが7兆4000億ですから、すでに日本の2社を抜いています。
利益に至ってはサムスンが7300億円に対して、ソニー赤字400億、パナソニックは赤字1000億以上という、ていたらくです。
時価総額では9兆で、ソニー、パナソニックの3倍もあります。
海外売上比率もサムスン90%に対してソニー74%であり、パナソニックに至っては47%しかありません。
 今後の展開でもサムスンは2020年に売上高を現在の約4倍の36兆円を目標にしています。
 サムスンの強さの原動力はどこにあるのでしょうか。

生き抜くために懸命に働く

 第1に厳しい社内競争です。
サムスンには韓国内に85,000人の社員がいます。
彼らは韓国社会では「サムスンマン」と呼ばれ、国家経済を支えるエリートとして一目置かれています。
彼等自身も韓国経済を背負っているという自負があります。
実績をあげ、出世することが結果的に韓国社会を豊かにすると信じています。
彼らは猛烈に働きます。
 日本では「ワークライフバランス」といって、仕事と私生活の調和が叫ばれますが、サムスンには、仕事を最優先するモーレツ社員が沢山います。
始業開始2時間前の午前6時から仕事を始める社員も少なくありません。
目標達成のためなら土日もなく働きます。
目標を達成できない者は会社を去らねばなりません。
目標達成すれば昇進と昇給という褒美が待っています。
85,000人の社員のうち役員は1%で868人です。
給料は部長クラスまでは日本の電機メーカーとほぼ同一水準ですが、役員になればぐんと跳ねあがり社内取締役になると5~10億の年俸にストックオプションが加わります。
しかし役員になったからといってもその地位は安泰ではありません。
目立った成果がなければ就任1年目で職を解かれることもあります。

 第2に自ら生き抜くために猛烈に働くことです。
 ~若い上司がきたら自ら去るのがルール
 高度成長期の日本人も豊かな明日を求め、身を粉にして働きました。
しかし当時の日本は終身雇用で、懸命に働くことで、会社は雇用を守ってくれました。
しかしサムスンには労働組合はありません。
社員は、自らの実力を会社に認めさせなければ自分の雇用を守ることはできません。
サムスンも長い間、終身雇用制を取っていました。
しかし1997年に韓国を襲ったアジア通貨危機がキッカケで経営危機に陥ったサムスンは大リストラを断行し、6万人の社員を4万5000人に減らしました。
これを境に終身雇用制が廃止され、能力主義を徹底し、成果を出せば若くても重要ポストに登用するようになりました。
 儒教社会である韓国は年功序列意識が日本より厳格です。
年下の上司の下で働くことは、受け入れがたい屈辱となります。
自分より年次が下の社員に出世レースで抜かされることはプライドが許しません。
だから懸命に働きます。
それでも年下の者が上役につけば、残された道はただ一つ、自ら会社を辞めるのが習わしとなっています。
儒教の教えと結びついた実力主義が社内競争を一層厳しいものとしています。
 サムスンマンになるということの韓国社会で持つ意味は日本人の想像をはるかに超えています。
超エリートとみなされ、親類あげての大騒ぎとなります。
サムスングループは毎年「SSAT」と呼ぶ大学生の選抜試験を実施します。
SSAT対策のため塾や模試試験が繁盛し、書店には参考書が並びます。
学生はサークルをつくり、仲間内で面接の練習をするほどの熱の入れ方です。
そして10人に1人だけが入社を許されます。
サバイバル競争から脱落する者がいくらいても新しい挑戦者が次々と送り込まれる仕組が出来上がっているのです。

サムスン理念の刷り込み

 第3に研修による「サムスン理念」の刷り込み
 首都ソウルから車で1時間程のところにホテルのような宿泊施設の併設された研修施設「人材開発院」があります。
サムスンの社員は新入社員から中堅社員、役員候補まで何回も泊り込み研修を受けます。
 新入社員は毎春3週間に及ぶ厳しい泊り込み合宿に参加します。
起床時間は朝5時台、夜まで研修は続きます。
土日もありません。
ここでは社会人としての礼儀、ビジネスの基礎知識、サムスンの歴史や経営理念の講義から、社歌斉唱、サムスン体操まで学びます。
特に経営理念、価値観、チームワーク、不可能なことはないという精神力などを骨の髄まで叩きこみます。
宿題が多くて寝るのは2~3時間。
精神と肉体の限界を感じる状態で、集中的に研修を受けていると、いつの間にかサムスンは素晴らしい会社だと思うようになり、無意識のうちに誰もがサムスンマンに生まれかわります。
こうして、情報収集力と分析力に勝れて、決められた戦略を実行して成果を出そうとする意識の高いサムスンマンが生まれます。
 日本のメーカーのモノマネから始め、世界シェア首位に上り詰める過程では随分と苦労もあったことでしょうが、サムスンは今や日本の企業ではとても追いつかないレベルまで到達したのかもしれません。 

9月 8, 2010 2.チャレンジ |

2010年8月 7日 (土)

何とも悠長な「財政運営戦略」〈8月〉

先日こんな記事を目にしました。
もうすぐ20歳になる息子が、「借金時計というものを学校で勉強して社会に出る意欲が薄れた。
海外に出た方がいいかもしれない」と言っていた。
借金時計というのは日本が抱える負債の現在高を示す目安になるもので、日本は900兆円近い負債を抱えていて、その額は日を追うごとに増えている。
息子たちの世代はこの借金を自分たちが払うことになると気付きはじめている。
社会に羽ばたく矢先に身に覚えのない借金を背負うのだから日本にいたくないと思うのは無理もない。
将来を担う世代が社会に絶望しているというのは由々しき事態だ。

全く同感で、子供手当てなど、将来子供が借金を払うことになるのならいらないという声も多いようです。

10年後に基礎的財政収支を黒字に

 ギリシャの財政危機に始まるP11GS(ポルトガル、イタリア、アイルランド、スペイン)問題に加えハンガリー、イギリスに至るまでGDP(国内生産)に占める財政赤字の多い国の国債が投機筋に狙われていますが、それが終わったらその標的になるのは日本だとも言われています。
 少しは危機感を持ったのかは分かりませんが、政府が中長期の財政健全化に向けた「財政運営戦略」を決定しました。
これによると国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス)を2020年度までに黒字化する目標で、11年度から3年間は国債の元利払い費以外の歳出を横ばいで据置くとのことです。

2020年度までの平均で年1.5%の経済成長を続けた場合(歳出削減をしないと)2020年度には、国、地方の基礎的財政収支は21.7兆円の赤字となり、2%の経済成長をした場合でも13.7兆円の赤字となります。
消費税1%でおよそ2.4兆円ですから、黒字化するためには1.5%成長の場合9%、2%成長の場合で5.7%の消費税の増税が必要になります。
消費税10%にするというのは、2%成長を達成することを目標にしていることを意味します。
 自民党政権時代に10年代初頭に基礎的財政収支を黒字にするという目標を掲げていましたが断念した経緯があります。
基礎的財政収支とは、公共事業、社会保障、防衛などの政策的経費が毎年の税収でどの位賄われているかを示す指標で、税収が政策的経費を上回る状況を「黒字」下回る状況を「赤字」といいます。
企業会計に譬えれば、GDPが売上、税収が売上総利益、政策的経費が販売費一般管理費、営業損益がプライマリーバランスということになります。
これがたとえ黒字になっても日本国では国債の利息が凡そ10兆円、元本の支払が11兆円ありますので、支払利息を加えた経常利益は10兆円の赤字ということになります。

利子と元本の返済は棚上げしたままで借金を増やす

 この戦略には大きな問題点があります。
第1は、10年後に黒字化を目指すという何とも悠長な目標です。

これを企業にたとえれば、日本は年間売上高(GDP500兆円)の2倍の借金(900兆円)を抱えていながら毎年月商(31兆円6.4%)近くの営業赤字を垂れ流している会社です。
その会社が、10年後には営業損益を黒字にしますから借金(国債)の返済と利息の支払いはとりあえず棚上げにしてもらって、足りない分は借金(国債)を増やさして下さい。
ただし急な経費の減額は四方に痛みが生じますので、3年間は今迄どおり使わせて下さいと言っていることと同じです。
会社であれば「気が狂っているんじゃないの、勝手に野垂れ死にしてください」と銀行から叩き出されるのがオチですが、日本国の場合、国民から集めた預金の8割を国債購入に充ててくれる親切な郵貯銀行があって、気前よくもハイハイとその要請に応じています。
不良債権となって貸付金(国債)が回収不能になることを知っていながら何とも悠長なことです。
更にこれから先の借金の要請に応じられるように個人の預金の保障限度を、法律を改正までして1000万から2000万円に引き上げようとしています。
郵貯銀行は確信犯に近い詐欺師ということになります。

 第2は、3年間はこのまま経費は削減しないとしていることです。
税金のムダを削れば15兆円位は出てくるといっていたのはウソだったのでしょうか。
長い間国政を野党として横から見ていたので、ムダなところは一目でわかるから15兆円くらいはたちどころに指摘できると思っていたのに、ムダ削減の努力もしないで早々と今のままの経費でいくというのですから、ヤル気があるのか疑いたくなります。

迅速で果敢な英国

 悠長な我が日本に比べ英国のキャメロン政権は、スピードが違います。
①2015年までに政権赤字のGDP比を10.1%から1.1%に引き
 下げる
②子供手当てや福祉給付カットなどで歳出を毎年4兆円ずつ削減
 (イギリスのGDPは凡そ160兆ですから日本でいえば12兆
円に
 相当)
③付加価値税を17.5%から20%に引き上げるとともに、銀行新税
 を導入
④法人税は2014年までに28%から24%に引き下げる

何ともうらやましい限りで、イギリスに移り住みたくなります。
この2国を比較すると、政権を担う人間の志の高さの違いをヒシヒシと感じます。
今回のチャレンジはいつもと趣を異にしていますが、日本の先行きに暗澹としてつい書きつらねてしまいました。
皆様はどう思っていらっしゃいますでしょうか。
ご意見をいただければ幸いです。

8月 7, 2010 2.チャレンジ |

2010年7月 8日 (木)

ブスの25箇条〈7月〉

 ある時、宝塚歌劇団の人なら誰でも目にする場所に一枚の紙が貼り出されました。
誰が何のために貼りだしたかわかりませんが、それは「ブスの25箇条」というものでした。

ブスの25箇条
・ 笑顔がない    
・ 他人をうらやむ   
・ お礼をいわない     
・ 責任転嫁がうまい 
・ おいしいといわない 
・ 目が輝いていない     
・ グチをこぼす   
・ 他人にシットする  
・ 他人を信じない
・ 人生においても仕事においても意欲がない 
・ 他人につくさない
・ いつも口が「へ」の字の形をしている   
・ 希望や信念がない
・ 謙虚さがなくゴウマンである       
・ 精気がない 
・ 人のアドバイスや忠告を受け入れない   
・ 自信がない 
・ 自分がブスであることを知らない  
・ 声が小さくイジケている
・ いつも周囲が悪いと思っている   
・ 問題意識を持っていない
・ なんでもないことにキズつく     
・ 存在自体が周囲を暗くする
・ 自分が最も正しいと信じ込んでいる 
・ 悲観的にものごとを考える
   
ブスになるというこの25箇条の戒めは、こうすればぶ男になるという「ぶ男の25箇条」と読みかえても通用します。

「儲からない会社の25箇条」としてみるともっと面白いと思います。

 まず「社長編」です。全ての項目の前に「社長が」とか「社長に」という言葉を置いてください。

社長に「笑顔がなく」「いつも口を「へ」の字に結んでいる。」
 きっと不満が腹にたまっているのでしょう。
 社員に文句を言いたいけれど、じっと我慢をしているのかもしれま
 せん。

社長は「自分が最も正しいと信じこんでいる」ので、「人の
 アドバイスや忠告を受け入れない。」

 自分ではこれでいいと思っていても、何か忠告を受けたら、もし
 かしたら、そういうこともあるかもしれないと思って省みることも
 大切だと思うのですが「他人を信じない」ので変わることができ
 ません。
 そんな社長は「謙虚さがなくゴウマンである」からかもしれません。

社長がこうしたいという「希望や信念がなく」、その「結果
 問題意識をもっていない」
のも困ったものです。
 こうしたいという希望、こうなりたいという希望をもっていれば、
 そうなるためにはどうしたらいいかという問題意識も生まれる
 筈です。
 会社が追い詰められてからではそれに対処するだけで精一
 杯で、前向きな対策はなかなかとれないものです。
 会社がそれなりにやっているときに危機感を持つことが必要
 です。
 韓国のサムスンの会長が現場復帰をしましたが、その第一声
 は 「いまサムスンが売っている商品は十年後には全てなくなっ
 ているかもしれない」と危機感を煽るものでした。
 それから数ヶ月で、サムソン内部は急速に締まってきて未来
 対策を打ち出しているといいます。

・ 社長がいつも「悲観的にものごとを考え」、「グチをこぼして」
 いては、社員は暗くなるばかりです。
 戦線において、危機の状況に陥ると兵士は指揮官を見ると
 いいます。
 指揮官が落ちついていれば兵士は安心して戦いますが、指揮
 官が不安を見せると兵士は戦闘力を失ってしまうそうです。
 社長は空元気(カラゲンキ)でもいいから、社員の前でグチを
 こぼしたり、不安をみせたりは決してしないでほしいものです。

次に「儲からない会社の25箇条」社員編です。

 全ての項目の前に「社員が」「社員は」「社員に」のうち適当な言葉をおいてください。

社員が「精気がなく」「目が輝いていない」で「声がイジケ
 ている」
のは、いつも社長に怒られていて気力を失っているの
 でしょうか。
 もしかしたら「人生においても仕事においても意欲がない」の
 かもしれません。
 そんな社員ばかりいたのでは、会社の業績は上がるわけが
 ありません。
 仕事を与えてバリバリ追い立てるか、それでも変わらなけれ
 ば入れ替えるしかありません。
 幸い最近は中小企業でも人を募集すれば、そこそこの人材
 が来るようになっています。
 特に女子は良い人材が多いようです。
 思いきって男女を入れ替えるのも手でしょう。

社員がいつも「他人をうらやみ」「他人にシット」し、「他人
 につくさない」で「いつも周囲が悪いと思っている」
のでは、
 チームワークをとって仕事をすることなどできるわけはありま
 せん。
 こうした会社では先ず、社員のベクトルを会社のベクトルに合
 わせることが必要です。
 会社の現状を理解させ、会社の方向性を示し、各人がやるべ
 きことを明確にする必要があります。
 個々の社員と話し、彼らの悩み、考えを十分に聞くことも必要
 でしょう。
 そのうえで、できなかったら辞めてもらうことも必要かもしれま
 せん。

 こんな風に「ブスの25箇条」は、まだまだ他のことにも使えそうです。
大事なことは、このような徴候が自分の中や会社の中に存在していないか常にチェックし、こうした徴候が出てきたときには、即座に、その原因を突き止め、対策を講ずることが必要だと思います。

7月 8, 2010 2.チャレンジ |

2010年6月 7日 (月)

志・師・詩・死〈6月〉

 日本経済新聞の3月の「私の履歴書」にはユニチャームの会長の高原慶一郎氏が執筆されていました。
ユニチャームは生理用品や紙おむつで日本国内のトップメーカーであり最近は成人用おむつやペット関連事業にも進出しています。
連結売上高3,500億円・東証一部上場で、高原氏が一代で築き上げた会社です。
高原氏の履歴書を読むと高原氏の成功のポイントが見えてきます。

 第一は、常に目標を持って生きているということです。

最初の目標は独立起業することです。
そのため松山高校を卒業した時、多くの同級生が旧帝大を目指したのに、いつかは商人になろうと思っていたので商科が充実した大阪市大に進みました。
本人も「旧帝大に挑戦しないで後悔はしないかと自問した」と書いています。
それだけの力を持ちながら、目的に合致する学校を選ぶという決心は18才位の者にはなかなかできることではありません。
卒業後に入った会社も従業員150人程度の製紙会社です。
大企業に入ったのでは会社の仕組がわからないので、経営全般のことがわかる中小企業を選びました。
ここでも世間の見てくれよりも実利を選ぶ姿勢を保っています。
父親の会社に戻ってからも、高度成長期のブームに乗っていた会社を継ぐことなく、建築資材を造る会社を新たに立ち上げました。

次の目標は上場することです。
社名も大きな成長と成功を願い大成化工としました。
社員集めをするときは「15年後には上場する」と大見栄を切りました。
社内でも常に上場すると言い続けました。
そうすると社員もいつの間にか「やってやろうじゃないの」という雰囲気にもなるものです。

その次の目標は常に一番になることです。
これは母親に影響を受けています。
小学校のとき学年3番になり急いで家に帰り報告したところ「なんや3番か」と不機嫌になったのが一番しか認めない強烈なメッセージとなり、その後一番にこだわるようになったとのことです。
その後の事業展開も常にNo.1を目指しつづけ、生理用品でもアンネを抜き、子供のおむつでもP&Gを抜きました。
P&Gを抜いたことでロンドンの機関投資家は「まるでバルチック艦隊をやっつけた連合艦隊のようだ」と日本市場より低金利の社債を買ってくれました。

 第二は、人の3倍勉強し、人の3倍働くことです。

学生時代は予習復習を欠かさず、何でもノートに残しました。
ノート魔は大人になっても変わらず、ゴルフの昼食時でも大学ノートを出し、相手から何かを学びとろうとしました。
ノートの数は700冊にも及び、今でも読み返し、大切なところには色違いのラインマーカーで何度も線を引いています。
大学3年で卒論以外の、全単位をとり、四年目は指導教官の紹介で一橋大学の藻利教授の元で勉強しました。
勉強だけでなく、テニス、ヨット、馬術、スキー、美術部、写真部に身を置き、写真では、朝日新聞社から特選をもらっています。

会社に入ってからは人の3倍働くことにしました。
一年目は工場の欠勤者が出ると夜勤や休日出勤も買って出て、現場の経験もしました。
休んだ記憶がない程でした。
2年目は、営業で朝6時台に出て、終電車を乗り継いで大阪に帰ってきました。
その結果、営業成績は前任者の4倍になりました。
3年目には社長秘書となり、婿養子になってくれとまでいわれました。

 第三は常に新商品と新技術に挑んだことです。

 ユニチャームが大きくなるキッカケは建材の会社が生理用品を売り出したことです。
生理用品の販売には会社をあげての猛裂な反対に合いましたが、これを何とか説得し、開発をスタートさせました。
価格競争とは一線を画すために、常に技術力、商品力で裏打ちしたブランドで戦うことにしました。
そのために10年間追随を許さない商品で、市場価格より5割高い商品を目指しました。
紙おむつでガリバーP&Gに挑戦したときはバカよばわりをされましたが、P&Gと全く異なる立体型の紙おむつを開発しP&Gに打ち勝ちました。
その紙おむつが花王、P&Gに追われて窮地に陥ったときは、吸収力の高い「ウルトラムーニー」を出し、窮地を脱しました。

 高原氏は「志・師・詩・死」の四つの「し」が大切だといいます。

「志」は何をするにも高い志をもって貫徹すること
「師」は会う人は皆、師匠である。人生の生き方や原理原則を
   教えてくれる人であると考えること
「詩」は人生や仕事や夢にロマンを持つこと
「死」は限りある人生を真剣に生きることです。

 高原社長の履歴書は常に高みを目指し、たゆまず努力をつづけ、勝ち抜いていく一生であり、とても真似できないと思いつつも、すごいなと感心させられるものでした。

6月 7, 2010 2.チャレンジ |

2010年5月 7日 (金)

安売り競争の行方〈5月〉

 どこの業界でも価格競争が激しく、値下げの勢いが止まりません。
ユニクロが990円のジーンズを出したときは衝撃の価格でしたが、その価格はたちまち一般化し、いまでは800円台のジーンズまでみられるようになりました。
凡そ30兆とも40兆ともいわれるデフレギャップ(需要不足)の下では、値下げをして、他社のシェアを食おうとする行動は個別企業の行動としては理解できなくはないにしても、こんな低価格が広がっていって、果たして小売だけでなく、メーカーも含めて儲かっているのか疑問です。
低価格にして利益を削っていけばだんだん体力を消耗し、最後には共倒れということにならなければよいのですが。
「安くなければモノは売れない」と思って必要以上に低価格で売っているということはないのでしょうか。
京セラの稲盛会長は「理想の価格は客が許してくれる範囲で最高の価格」であり、商品はコストで値付けするのではなく使う人がいくらだったら買ってくれるのかの“価値”で値付けをしなければならないといわれています。
果たして低価格に走る人達は、客が許してくれる最高の値段を求めた結果で値決めをしているのでしょうか。

安売りは麻薬、デフレは中毒

 首都圏でスーパーを展開する成城石井の大久保社長は「安売りは麻薬、デフレは中毒」と言われます。
彼の主張は次の通りです。
「今の安売りは『安くなければ売れない』と思いこんで、安いものしか売らない小売が招いたものであり、消費者がそうしてくれといった価格ではありません。
価格を下げれば一瞬は売上が伸びるけれど他社も追従するので、しばらくすると必ず売上は落ちてきます。        
麻薬のようなもので、いずれ効かなくなり、体がボロボロになる。
だけどやめられない。」
 安売りは、需要の先食いでしかありません。
価格を下げても消費量は増えないので市場全体は縮小します。
小さくなっていくパイを奪いあって、さらに値下げに走る。
利幅が薄くなってくると今度はコスト削減に走ります。
各社は目先の数字ばかり追いかけるから商品開発や調達、店舗管理といった能力が落ち、商品や店に魅力がなくなり、更に苦しくなるという悪循環に陥ります。
ディスカウント業界で生き残るのは上位3社といわれています。
価格競争の中に身を置いたら生き残っていけないのです。

 本来PB(プライベートブランド商品)は「品質が良くてお買得」な商品のことであるのに、最近はPBの多くは短期的な売上を追うために低価格にし、大量に作ってしまいます。
しかし粗製乱造だから消費者からは敬遠されて売れません。

 東急ストアもPB商品を乱立したため業績が低迷した企業のひとつです。
「PBアイテムで売上の3割を構成する」という2008年初頭の目標で、PBは、食品から衣料品まで2192アイテムにふくらんでしまいました。
これが売れれば広告宣伝が不要なだけに高い粗利益を確保できると想定していましたが、一気に作った大量のPBが消費者のニーズを反映している筈もなく、需要のないPBが大半を占め廃棄ロスの山ができてしまいました。
そこでPBの商品数をピーク時の半分にまで減らしたところ、売り場のスペースがガラガラになってしまいました。
社員はただPBを並べるだけで売り場を作っていたので、考えながら売り場をつくるという力をなくし、PBがなくなったら、そのスペースを何で埋めていいかわからなくなっていました。
収益力が回復するには2年かかると社長は予想しています。

 小売りはそれぞれの存在価値を見直さなければなりません。
今後は巨大なディスカウント店と特徴ある高付加価値店に2極化していきます。
しかしケチケチ経営では売り場がガタガタになってしまいます。
顧客の欲しがる高付加価値商品を扱う店を目指すべきです。
そのためには「人材作り」が大切になります。
小売りはヒトがヒトにモノを売る仕事だから、いい商品を生み出すヒトを育てなければなりません。

価格は自ら創るもの

 スーパー各社が減収減益に喘いでいる中、規模でははるかに劣る成城石井は好調です。
デフレでも販売単価は順調に上がり続け、3年で10%も上昇しました。
その間、増収、増益をつづけ、2009年12月期は売上、経常利益とも2ケタ増となり、4期連続の増収増益です。
成城石井の店頭に並ぶのは、オリジナルなPB商品です。
「成城石井のおとうふ」は300g279円と他のスーパーの2倍で、ハンバーグは他社が1個100円前後なのに石井のPBは3個で1150円。
世間の常識からいえば「高いものは売れない筈」なのに成城石井は高価格路線を維持しています。
これは「他社にないものを売る」という方針を貫いているからです。
商品開発の社員は日本だけでなく世界各地を飛び、こだわり抜いた商品を探し出してきます。
 「お客は多くの商品を試食できないので、我々が食べつくして最高のものを提案する。そこに客と店との信頼関係が生まれる。店がつけた価格を客は適正価格と信用してくれる。顧客の信用にデフレはない。」
消費者は価値ある商品を欲しいのであって、低価格の商品を欲しいのではありません。価格に見合った価値ある商品が欲しいのに、流通業者は低価格であれば売れると思ってしまったのです。
未だに物不足時代の発想からぬけきれていないのではないでしょうか。

5月 7, 2010 2.チャレンジ |

2010年4月 6日 (火)

百貨店の凋落(ちょうらく)〈4月〉

 最近は百貨店の閉鎖が続いています。
2000年には310店程あった店舗数は09年には270店程に減っており、昨年も三越池袋店、今年は伊勢丹吉祥寺店の閉鎖があり、有楽町西武も3月に閉館が決まりました。
「おいしい生活」をキャッチフレーズに、西武が快進撃を続けていた頃開店した有楽町西武は当時の花でした。
あれから26年、赤字がつづき閉鎖ということになりました。

 2009年の全国百貨店売上高は24年振りに7兆円を割り込み、下落幅は1965年以後で初めて10%を越えました。
売上のピークだった91年と比較すると3兆円以上の売上が吹き飛んだことになります。
勝ち組と言われた伊勢丹の売上高も既に1年半にわたり前年割れが続いています。
三越伊勢丹の合計売上高は2007年の1兆5598億円、営業利益418億円から、2009年度には売上高は1兆2700億円、営業利益わずか20億円にまで落ち込む見通しとなっています。
その一方、博多や大阪では激しい出店競争を続け、互いに共倒れになるのではないかと危惧されています。

 他方インターネットの販売高は、既に全国百貨店売上高を抜いたともいわれています。楽天市場のスタートは1997年5月でしたが、09年12月期には出店社数3万1000店、売上高8002億円と、05年以来年率30%近くの高成長を続けています。
果たして百貨店は生き残っていけるのでしょうか
 2007年8月に「百貨店に行かない理由」を聞いたところ、行く頻度が年1回未満の人956人の回答は以下の通りでした。

価格が高いから             55.8%
百貨店でなくても購入できるから   39.9%
百貨店に欲しいものがないから    18.1%
敷居が高いから                 14.3%

価格が高く、欲しい商品がない

 第1に価格が高いからがあげられています。
リーマンショック以後この傾向は特に強くなっています。
そのため各社は通常はボーナス後の7月と1月に始めるセールを前倒しにして低価格品を投入するなど、割高とみられていたイメージを打破する方向に走り出しました。
エスカレーターの横で高級ブランドがセール開催を呼びかけるような光景も出てきました。しかし、セールをしても商品の単価が下がるので売上は必ずしも上向かないし、頻繁に足を運んでくれる上得意客がセールの混乱を敬遠して、通常価格の商品も売れなくなってしまいました。
 そもそもユニクロなどの専門店の売る低価格品は、製作段階からメーカーと協議し、周到に準備し大量に売り切ることにより、利益を獲得する商品です。
ユニクロの売れ筋のヒートテックなどは、昨冬は2000万枚、今年は4700万枚と桁外れの数量を売っています。
デパートのように一店で売る枚数を限り、付加価値を付けて売る商品とは違います。
デパートの商品が価格の安いもので埋まってしまったら、それこそ人はいかなくなるでしょう。
高い中に時々安い商品があるからこそ、安さの価値があるのではないでしょうか。
問題は高い価格に見合った価値ある商品かどうかということです。
衣料品メーカーの中には「百貨店の商品は高くしすぎていたのかもしれない」という会社もあります。

値段に見合った価値ある商品がない

 第2の理由、第3の理由は、実は「百貨店にしかない価値ある商品がない」という同じ事を言っています。
百貨店の多くの商品は、店頭にある商品が売れた時点で仕入を計上する「消化仕入れ」という特殊な取引形態をとっています。
店頭に商品が並んでいる段階では商品の所有権は取引先にあります。
たとえ売れ残っても百貨店側は在庫リスクを負う必要がないのです。
売ることも取引先が行います。
百貨店の売り場で商品を売っている人の7~8割は取引先の従業員です。
どんな品揃えをするかということは、本来は百貨店側が決めるべきものですが、多くは取引先任せになっています。
百貨店は自ら商品を仕入れて売るのではなく、単に仕入れ先に売り場を貸しているにすぎません。
仕入も販売も取引先にお任せなのですから商品知識の豊富なバイヤー(商品仕入担当者)など育つ筈はありません。
こうした長い間の商習慣が、百貨店に商品を見る力・売る力を失わせていったのです。
百貨店はパルコやルミネと同じ「場所貸し業」であるのに、多くの従業員を抱える小売業という曖昧な状態を続けていたため、高コスト構造になり、儲からなくなってしまいました。

スーパーやユニクロと同じ店舗展開では客はもどらない

 これからの百貨店は、様々なブランドを評価し、ブランドを組み合わせてフロアや店を作り上げるマーケティングや編集の能力を身につけなければ魅力のある業態をつくれないようになります。
このままではたとえ景気が回復しても百貨店には客は戻ってこないということになるかもしれません。
前身の呉服店まで含めれば、三越も高島屋も松坂屋も江戸から明治・大正・昭和と何回かの激動期を越えて生き残ってきました。
果たして今回の転換をどのように越えるのか、はたまた、越えられずに幾社かは沈んでしまうのか、注目して見守りたいものです。

4月 6, 2010 2.チャレンジ |

2010年3月 6日 (土)

「考える力」と「正しい形」〈3月〉

 冬季五輪が終了しました。
日本選手の金メダルの数については五輪開始の前から四つとか五つとか、かしましい議論がされていましたが、、、。
マスコミは金メダルばかりを取りあげるので、銀や銅だと涙を流す選手もいますが、銅メダルだって世界で三番目なのですから、大変なものです。
もっと賞讃すべきだと思います。
メダルを取った選手の中にも、大会前からメダルの期待の高かった選手で実力通りの力を発揮でき期待通りのメダルを取った人、実力を発揮できず期待以下のメダルに終わった人、また、メダルを取れなかった人もいます。
逆に大会前には、それ程期待されていなかったのに、大会では実力以上の力を発揮し、メダルを取った人がいます。
どうしてこうした差が生まれるのでしょうか。
一般的に日本人は実力以上の力を発揮する人よりも実力を十分に出し切れずに終わってしまう人の方が多いようです。

 世界で勝つには、どんなに力を持っていてもそれ以上に何か別の要素が必要なのかもしれません。
 日本女子体操監督の塚原千恵子氏は世界で勝つには「強い選手」でなければならないと語っておられます。
体操というと男子体操が思い浮びますが、女子体操も昨年は17歳の鶴見虹子選手が世界選手権の女子総合で銅メダル、段違い平行棒で銀メダルを獲得し、女子体操界には43年ぶりの快挙となりました。
その女子体操を36年間監督として指導し22人の五輪代表選手を育ててきたのが塚原氏です。(男子体操の塚原とびの塚原氏の奥さん(旧姓・小田)。男子体操の塚原の母親)
 本来持っている力を結果に結びつけるには必要なことが2つあるといわれます。

「考える力」をつける

 1つ目は「考える」選手であることです。
その時々で今何をすべきか。
試合のために普段から、その時点、そして次の時点で何をするか。
状態が悪かったらどう変えていけばいいか…。
物事を確実に進めていくには…。
そうした「考える」力が必要だといわれます。
指導者であっても実際の試合の際に、選手の心の中までは支えられません。
難しい場面に遭遇したときに、どうするかを決めるのは選手自身です。
その時に「考える力」があるかないかが試されます。
 鶴見選手が銅メダルを取ったとき、最後の種目となった跳馬で非常に難度の高い後方伸身宙返り2回ひねりに挑戦するかどうか決断しなければならない場面がありました。
うまくできれば金メダルもあり得る。
でも直前の練習の感触では難しかった。
どうするか―難しい判断でしたが彼女は自らの状態を冷静に見つめて、難度点が少し低い1回ひねりを選んで確実に3位を勝ち取りました。
 それでは「考える力」はどうすれば育つのかが問題です。
それには、いつでも、どこでも「どうすべきか」「どうしたらもっと良くなるだろう」と考える習慣を身につけることが大切です。
それには、教えられたことをただ忠実にやるだけではダメです。
教えられたことを「どうしてそうなんだろう」と考え理解したうえでやることが必要です。
それには積極性が不可欠です。

 水泳の北島選手のコーチである平井伯昌氏のもとには外国人選手が教えを請いに来ることが増えてきています。
北京五輪男子100m平泳ぎ銀メダルのノルウェーのアルクサンドル・ダーレオーエン選手もその一人です。
南アフリカ共和国のキャメロン・ファンデルバーグ選手は「技術を教えて欲しい」とやって来て、帰国後も練習メニューのメールのやり取りをしつづけた結果、世界選手権の50m平泳ぎの世界新記録で金メダルを獲得しました。
彼らは「何が何でも最高水準の泳ぎの技術を学びたい」「世界のナンバーワンになりたい」その一心で、自費でやって来ます。
それに比べ日本の選手は、コーチが手取り足取り教えて当たり前という受身の姿勢や、教えてもらうことが当然の権利だと言わんばかりの態度が見られ、それに違和感を抱くことさえあると言われます。
しかし、受け身や当然の権利だという態度からは、こうした「考える力」は身につきません。
「どうしたらいいだろう」「どうしたらうまくなるのだろう」という積極性があってこそ、教えられたことの意味は理解でき、それを自分のものにすることができるのです。

 2つ目は「正しい形」を徹底的に覚えることです。
本番になると緊張して力をだせない人もいますが、これは「正しい倒立や回転といった基本の正しい形を体に覚え込ませていないからです。
体が覚えていれば緊張していても力は出せます。
正しい基本を身につけていれば体が自然に動いてくれるものなのです。
勝利の道は基本にあると塚原氏はいわれます。
「稽古とは一より始まり十を知り、十より返るその一」とは千利休の言葉ですが、まさにその一である基本を身につけることが実力をつけ「強い選手」になるためには不可欠であることを氏は言われているのだと思います。
 ビジネスの場でも中小企業が弱いのは「正しい形」を持っていないからだと思います。
従業員ひとりひとりが皆異なった形で動いています。
「正しい形」をもって動いているところはほんの少数です。
そんなところはこの不況の中でも十分に儲かっています。
 「強い企業」になるのは「強い選手」になるのと同じです。
「正しい形」をつくり、皆が正しい形を訓練により身につけ「考える力」を持つようになれば「強い企業」になることはごく当然のことと思います。

3月 6, 2010 2.チャレンジ |

2010年2月 6日 (土)

旭山動物園〈2月〉

 人は生まれて3度動物園に行くそうです。
  1回目は 親につれられて   
  2回目は 子供をつれて
  3回目は 孫をつれて
 全国の動物園のうち、入園者数300万人をこえるのは上野動物園だけで、200万人の入園者数は大都市の大型動物園の「ゆめ」だといいます。
この200万人の大台を突破したのは、上野動物園以外では名古屋の東山動物園、横浜の野毛山動物園、横浜のズーラシアと旭川の旭山動物園の4つしかありません。
旭山動物園は06、07年には300万人を越えました。

旭山動物園に出す金はドブに捨てるのと同じだ

 一般に公立の動物園の入園者数はその所在地の都市の人口程度あればよいとされています。
旭川市でいえば36万人です。
しかし現在、旭山動物園はこれを8倍も越える入園者数で、奇跡に近い数字です。
旭山動物園は日本最北の動物園であり、1年の半分近くは雪に閉ざされており、上野動物園のパンダのような「珍獣」もいません。
150種近くいる動物はどこの動物園でもみることができます。
 旭山動物園もどん底の時期がありました。
1983年に年間入場者数が59万人のピークに達した後、96年にはその半分以下の26万人にまで落ち込みました。
議会では「動物園に出す金は、ドブに捨てるのと同じだ」ともいわれる位の扱い方をされました。

動物園は野生動物の命を感じる場所

 旭山動物園をどん底から引き上げたのは、動物園再生を願う現在の園長を中心とする少数の職員でした。
改革は常に内から始まります。
 先ず第一に考えたことは「動物園の存在意義は何か」ということです。
喜んでもらえればいいというのでは、買い物をするチンパンジーや立ち上がるレッサーパンダを作ればいい。
しかしそれでは本物の動物を感じることはできません。
動物園は面白くないという人がいます。
それは何故だろうか皆で考えました。
そして彼らが辿りついた結論は「動物園は野生動物の命を感じてもらえる場所である」ということでした。
そのためには、イルカのショーやアザラシのショーを切り捨てて、徹底的に野生動物の命を感じてもらう場所にするということです。
この命題がその後の旭山動物園の方向を決します。
今でも基本スタンスは朝礼や勉強会の都度、確認し徹底しています。

ワンポイントガイド、手書きポップ

 次に考えたことは「野生動物の命を感じてもらうために」職員は何をしなければならないか、動物たちを通して何を見せ、何を訴えるべきかということです。
 飼育係にとっては動物の表情や行動が面白くてしょうがないのに、何故客はそう感じないのかと考えました。
その結果「客は動物の面白さを知らないからだ」という結論に至りました。
 そこで出されたアイデアが、動物舎の前で自分が担当する動物の説明をする「ワンポイントガイド」です。
それぞれの動物を誰よりも知っているのは飼育係ですから、その知識の一部を披露すればお客にとって面白いだろうと考えました。
しかし、常に反対者もいます。
「自分は口下手だから飼育係になったのに、しゃべるのは嫌だ」「説明するのは飼育係の仕事ではない」といいます。
皆が納得してスタートするのに半年かかりました。
しかしこれをすることによって、大人も子供も動物に関する知識がかなり少ないことや、彼らが何に興味を持つかなどということがわかりました。
 「手書きポップ」も彼らから出たアイデアの一つです。
通常、動物園のパネルは印刷してあります。
しかし当時の旭山動物園にはそれを作るだけの予算がなかったので、飼育係が直筆で書き、定期的に書き換えるようにしました。
動物が生まれたということやペンギンが子育てをしていますという最新のニュースや、トラのしましまはシカの目で見たらどう見えるかというようなことを書きました。
お客様が読んでくれる率が高くなりました。

野生動物の息吹を感じるか

Photo_4   人気の「ペンギンの散歩」はペンギンが餌を求めて集団で移動する習慣があることを利用したものです。
冬の閉園時期、ペンギンが外に出たがっていたので外に出したのが始まりで、それが「冬期開園」の目玉になってしまいました。
 「夜の動物園企画」も昼間は寝ていて動かない夜行性の動物が敏捷に動き回る姿を堪能できるように考えたものです。
 このような職員たちのさまざまな取り組みによって、少しずつ入園者が増えだし市の見方も変わって施設予算がつくようになりました。
施設をつくる時も、どうしたら「野生動物の命を感じてもらえるか」という視点にたって考えています。
水中トンネルのアザラシ館やペンギン館、ほっきょくぐま館も全て野生の彼らの最も野生的な部分を表現できるように造ってあります。
 旭山動物園再生のストーリーは、まさに企業再生のストーリーです。
会社は何のためにあるのか。
顧客にとってどのような意味を持つのかの軸を明確に定めることが第一です。
次にそれを実現するためには何をすべきかを徹底的に詰め、地道にそれを一つ一つ実現していく、そうした行為の積み重ねの結果、その成果が徐々に実を結びはじめ、ある時期に至って爆発的に開花するという企業再生のストーリーです。

2月 6, 2010 2.チャレンジ |

2010年1月 7日 (木)

運を味方につけるには〈1月〉

 本田健氏の著書「普通の人がこうして億万長者になった」(講談社)に、「あなたはどのようにして億万長者(年収3000万円以上の人)になったのか、そうなるためには何が必要か」ということをたずねている項目があります。
その中に「成功するために大切だと思うことは何ですか」という質問があり、これには年収1000万円未満の人(一般の人)にも回答してもらっています。
(31個の選択肢からいくつでも選べる)
これに対する回答結果を比較すると、年収3000万円以上の人と1000万円未満の人、両者で共通するものと異なるものがあります。
共通するものは「幸運であること。ツイていることが必要である。」ということです。

 一方、年収3000万円以上の人(億万長者)が必要だと思っているのに1000万円未満の人(一般の人)があまりそう思っていないものは、「たいていの人より勤勉に働くこと」「誠実であること」「つねに自分を支えてくれる配偶者がいる」ことです。
 他方、億万長者がそれほど大切だとは思っていないのに一般の人がとても大切だと思っているものは、「人が見逃しているビジネスチャンスを見つけること」「自分のアイデアや製品などを売り込む能力があること」です。
これを見ると一般の人は億万長者になるのには、運や生まれながらの能力に左右され、本人の努力や生き方はあまり関係ないと考えていることがわかります。

 それでは幸運であるためにはどうしたらいいのでしょうか。
 先日ある講演を聞きました。
その中で「運を味方につける5つの方法」というのがありました。
5つのうち三つは答えられましたが、あとの2つはわかりませんでした。

 その5つを講師にかわってお伝えしましょう。

 第1は「強い想念」を持つことです。
こういう風になりたい、したいという成功イメージを持ち続けるということで、マーフィーやナポレオンヒルと同じです。
強い想念を持たない限り、人は自分をある方向に向かわせることは出来ません。
人生はカール・ユングの「良いことを思えば良いことが起こり、悪いことを思えば悪いことが起こる」のです。

 第2は「感謝」です。
人生では必要なことが必要なときに起こります。
人生に起こることは全て必要だから起こっているのです。
良いことが起こったときは、そのことを感謝し、悪いことが起こったときは、それは自分にとってどういう意味があるかを考えることが大切です。
悪いこともそれなりの意味があります。
いやなことがあったときも感謝することができるようになれば本物です。
「銀座まるかん」の社長、齋藤一人さんは、歩いていて足にかわらが落ちてきてケガをした時にも「ああよかった、頭でなくて」と感謝したそうです。
長年所得番付5位以内に入っている幸運な人はちがいます。

 第3は「先祖を大切にする」ことです。
今私たちがここに居るのは、私達に先祖が居たからです。
その先祖は皆、子や孫の幸せを願っています。
先祖を大切にし、先祖に祈ることによって私達は先祖に繋がることができます。
先祖の加護を助けにすることができます。
先祖に感謝するには「家系分析」をするのが一番です。
自分を中心として、親、祖父母、曽祖父母の四代前までの家系図をつくります。
その家系図の中の一人一人がどのような経歴を持ち、どのような生活をしていたかをできるだけ詳しく調べあげてみると、今何故自分がここに居て、このような仕事をして、このような生活をして、このような家族と暮らしているかが良く分かり、先祖に感謝することができるようになると言われます。
よく先祖が背後霊に居るなどという人がいますが、それと同じ意味だと思います。

 第4は「積徳」です。
小さな徳、世の中にとって良いことをしつづけることです。
昔から「積善の家に余慶あり」と言われています。
何かとてつもない大きなことでなくてもいいのです。
目の前のゴミを拾うこと、重いものを持っていて階段で難渋していたら一寸手を貸すこと、そんな小さな親切を続けることが大切だと言うのです。
そういえば、イエローハットの社長、鍵山秀三郎さんは、まだ店を開いた最初の頃、住んでいたアパートの前の広場の草刈や掃除をしていたら、その土地の持主からその土地をもらってくれといわれ、それをタダでいただいたという事を書いておられました。

 第5は「言霊(ことだま)」です。
今月号で紹介している「自分を変える魔法の口ぐせ」と同じです。
悪いことを口に出すとその言葉には霊が宿っているので、その発した言葉の通りのことが起こるので、悪いことは口に出してはいけないという「言霊信仰」というのが昔からありますが、そのことです。
いつも良いことを思い、良いことばを口に出すことが大切です。
良いことばの中で最も大切なことばが「ありがとう」です。
「ありがとう」という言葉が自然に出るのは、心が平静で豊かであることであり「ありがとう」を言えば言うほど、それは自分に返ってくるということでしょう。

 5つを読み直していくと、5つがいつも自然にできるようになるのは、やはり大変なことで、これは習慣化しないとなかなか難しいことだと思います。
でも、運を味方にするために、この一年、この5つのことにチャレンジしませんか。

1月 7, 2010 2.チャレンジ |

2009年12月 7日 (月)

閑事を認めて実事となす むべなるかな多忙〈12月〉

 今年も早いもので、いつの間にか12月になってしまいました。
今年の3月、確定申告の業務が終わってホッとしたのはついこの間だと思っていたのに、また、その時期が巡って来てしまったという感じです。
年をとるにつれて時の経つのがどんどん速くなっていくように思えるのですが、私だけなのでしょうか。

 1年がだんだん速くなるように感じられるのは何故なのでしょうか。
まず考えられることはワクワクしながら待つということが少なくなったことではないでしょうか。
小学校の頃を思い出すと、何かを待ち望むということが多かったように思います。
正月、遠足、運動会、親とどこかに遊びに行くなど心待ちにする種はいくつもありました。こうした日は凡々とした日々「ケの日」の中に点在する「ハレの日」であり、ハレの日は特別の服を着、特別のおいしい料理を食べる日、特別のところに行ける日として心待ちにする日であり、私たちはそうした日の来るのを心待ちにしていたものです。
待つ身に待つ時間が長いのは当然のことであり、そうしたことで一年が長く感じられたのではないでしょうか。
しかし世の中が豊かになり、「ハレの日」と「ケの日」とのケジメがなくなり、「特別のおいしい料理を食べたり、特別の服を着たり」することのなくなった現在、果たして今の小学生にも我々の頃のように待ちわびるということが同じようにあるのか聞いてみたいものだと思います。
待つことの少なくなってしまった今日この頃、日々が速く過ぎ去っていくのは仕方の無いことなのかとも思います。

 もう一つ考えられることは多忙ということです。
多忙のため一日一日の変化を感じられず、毎日毎日が日常の中に埋没してしまうということが考えられます。
変化が少ないということは一日一日の区切りがなくダラダラと毎日を過ごしているということです。
しかし本人はダラダラとしているという感じはなく、毎日忙しく仕事に追われている感じで生活しています。
 やっている仕事を整理してみると、あまりたいしたことはやっていません。
なぜ「多忙」なのでしょう。

幕末の儒者佐藤一斎の「言志四録」の中に次の一文があります。
「今人(こんじん)おおむね口に多忙を説く。其の為す所を視るに、実事を整頓するもの十に一、二、閑事を料理するもの十に八、九、又閑事を認めて以って実事と為す。宜(うべ)なり、其の多忙なるや。志あるもの誤りてこの窠(か・穴・巣・決まった型)を踏むこと勿(なか)れ」

言うことは次の通りです。
「今の人は口を開けば忙しい忙しいという。しかしやっていることを見ると大事なことをきちんと処理しているのは十の仕事のうち一つか二つで、あとの八つか九つはどうでもいいようなことをやっている。それなのにこのどうでもいいようなことを、これも大事な仕事なのだと言う。これでは忙しいのは無理もないことである。志を持ち何事か成し遂げようと思っている人間はこんな間違いをしてはいけない」

いわれてみるとその通りです。
私は休みの日には机の前に座るとその日一日にやらなければならないことを書き出します。
書き出したものを見ると一斎の言うところの閑事が何と多いことか。
しかし閑事はやっておかないとその後支障が出るので、やらざるを得ません。
それらは、緊急度は高いけれど重要度の低い仕事に分類されるものです。
しかしその中には閑な時にやっておけばよかったのに、その時は緊急度が低いからといって放置してきたものもあります。
その結果、緊急度が高くなってやらざるを得なくなったものも結構あります。
そしてその結果「閑事を認めて実事となす」です。
やらざるを得ないことであるから、重要なことで手を抜くわけにはいきません。
その結果多忙になってしまい、毎日追いかけられて仕事をするということになります。
これを避けるには月に一度はやるべきことを書き出し、それらを急がないでよいことと、急いでやるべきこととに区分し、各々を重要度の高いことと重要度の低いこととに区分することです。
そうすることによって、自分の仕事の全体像が把握でき、どこから、どう手をつけてよいかがわかるようになります。

 これは仕事だけでなく、他の事にも通じるようです。
買い求めた本なども、重要度は低いけれど読み易い本が先になり、重要度は高いけれど読むのに気力を入れて読まなければならないものはどうしても後回しになってしまいます。その結果一般知識は増えても専門知識は増えないということになってしまいます。
 これをやらない限り「閑事を認めて実事となす窠(か・穴・巣・型)」を抜け出すことはできないのではないでしょうか。

「ハレとケ」とは、柳田國男によって見出された、時間論をともなう日本人の伝統的な世界観のひとつ。
ハレ(晴れ)は儀礼や祭、年中行事などの「非日常」をあらわし、ケ(褻)はふだんの生活である「日常」を表している。
また、ケ(褻)の生活が順調に行かなくなることをケガレ(気枯れ)という。
ハレの場においては、衣食住や振る舞い、言葉遣いなどを、ケとは画然と区別した。

ハレの日には、餅、赤飯、白米、尾頭つきの魚、酒などが飲食されたが、これらはかつて日常的に飲食されたものではなかった。
ハレの語源は「晴れ」であり、「晴れの舞台」(生涯に一度ほどの大事な場面)、「晴れ着」(折り目・節
目の儀礼で着用する衣服)などの言い回しで使用されている。
これに対し普段着を「ケ着」といったが、明治以降から
言葉として使用されなくなった。
また、現代では単に天気が良いことを「晴れ」というが、江戸時代までさかのぼると
、長雨が続いた後に天気が回復し、晴れ間がさしたような節目に当たる日についてのみ「晴れ」と記した記録がある。

12月 7, 2009 2.チャレンジ |

2009年11月 6日 (金)

重要度と緊急度〈11月〉

 車の運転をしないのと、休日に出掛けるのを好まないこともあって、休みの日は一週間分の書類の整理だとか、やり残したことやこれからの準備だとかのために丸一日使います。
先ず朝机の前に座ると今日一日にやるべきことを思いつくままに一枚の紙に書き出します。
書き出してみると、こんなにやることが多いのか、とても一日では終わらないなと思っていても夜になってみると大体終了しています。
書き出すことが仕事の効率アップに繋がっているのだと思います。
たまに書き出さない日がありますが、そんな時には一日が終わったとき何もやらなかったなと反省することが多いものです。
やるべきことを書き出すだけで仕事の効率が上がります。
書き出して見ると差し迫ってやらなければならない緊急性の高いもので占められています。
仕事を重要度と緊急度という2軸で分類しそれを更にその度合いの「高い」「低い」という2軸で分類すると四つの象限に分類できます。
2_3                   
Aは、緊急性も重要性も高い仕事です       
Bは、緊急性は高いけれど重要性は低い仕事です 
Cは、重要度は高いけれど緊急性は低い仕事です    
Dは、重要度も緊急性も低い仕事です。       

Dは、緊急度も重要度も低い仕事です。
手のすいたときにやる書類の整理や整頓がこれに属します。
これがちゃんとできていないと、忙しく時間がない時に必要な資料を捜し出すのに貴重な時間をとられてしまい、大苦戦をするということがありますので、ないがしろにする訳にはいきません。
Dの仕事に属するものをリストアップしておき、月1回とか2ヶ月1回とかやる日を決めておいて、その日に処理するようにしておかないと、見過ごされてしまいます。

Cは、重要度は高いけれど緊急度は低い仕事です。

新商品の開発、発掘や、新しい顧客の開拓、新人の採用や組織の変更などがこれに該当します。
これらの事項は、いつかは手をつけなければならない重要な課題であり、経営者は常にこれらのことを思案しつつ先手々々と手を打っていかなければなりません。
しかしCは緊急度が低いが故に通常は放置されています。
あのことは考えておかなければならないなと思いつつ、日々に追われて手をつけないでおいてあります。
でも放置されている間にも矛盾は少しずつ大きくなり、景気が悪くなってきたような時に突然に緊急度の高い問題となって浮上します。
しかし、それはもともと緊急度が低いときから、時間をかけて解決していかなければならなかった課題であるが故に、緊急度が高くなったからといって急に手をつけたからといっても、すぐに解決できる問題ではありません。
それ相応の時間をかけなければならないのです。
たとえば、旧来の売れ筋商品が突然に売れなくなってしまった時、新事態に対応できる商品の準備がなくて、急激に売上を落としてしまうようなことがよくあります。
これなども普段、長期の商品対策をとってこなかった故に発生した問題です。
Cは企業の中で最重要な仕事で、経営者が最も重要なものとして取り組むべきものです。

Bは、重要度は低いけれど緊急度は高い仕事です。
欠品の処理とか、商品の発送とか、売掛金の回収とか、経常的に発生するルーティーンワークがこれに属しますが、これは日時が切られているので、どうしても期日までに終えてしまわなければならない仕事です。
会社の中で発生する仕事の多くは、この仕事に属しています。
この仕事は時間もかかり、それなりのエネルギーも要求されますが、それ程頭を使う仕事ではありません。
これをやるのは当然であり、これをやらないと会社が回っていかないので、これをやるのが仕事だと思っている人もいますが、担当者レベルの人であればとも角、責任者レベルの人がこれをやることで満足しているようでは、その人の将来も会社の将来も危ういものです。

Aは重要度も緊急性も高い仕事なので、まず一番に手をつけなければなりません。
大口の得意先が倒産したのでそれをカバーするために新しい得意先を探さなければならないとか、主要商品の1つにライバルが現れて売上がおちているので新商品を出さなければならないなどということが、これに該当します。

 私の書き出したやるべきことの一覧をみると、ほとんどがBまたはAで占められており、Cに属することはあまりありません。
ということは緊急度を中心に仕事を進めていて、重要度を中心に仕事をすすめているわけではないということです。
もぐらたたきのように出てくる問題だけを処理しているうちに、いつの間にかそれに慣れ、その日暮らしの毎日を送ってしまっているのです。
これでは日々生きていくことは何とかなっても、将来はお先真っ暗ということになってしまいます。
皆様の会社でも同じようなことが起きているのではないでしょうか。
これを避けるには、自社でCに属する仕事は何があるかを紙なり手帳なりに書き出し、その中から今月取り組むべき課題を抜き出しやるべき仕事一覧の一番先に書きつけるようなことをしないといけないのではないでしょうか。

11月 6, 2009 2.チャレンジ |

2009年10月 7日 (水)

フジヤマのトビウオの死〈10月〉

Photo
古橋廣之進(1928~2009)静岡県浜名郡雄踏町生。日本大学法文学部政治経済学科卒業。現役引退後は大同毛織に入社。その後、母校・日本大学の教授や日本水泳連盟会長、日本オリンピック委員会会長を歴任

 水泳の古橋廣之進氏が亡くなりました。80歳でした。
ローマで行われている世界水泳の最中に現地で亡くなったとい
うのもなにかの因縁でしょう。
本人もきっと本望だったことと思います。

 小学校の時、村の篤志家がプールを作ったのがきっかけで水泳をはじめ、小学校6年の時には100mと200mの自由形で学童新記録を樹立し、「豆魚雷」と言われました。
しかし戦争中の勤労動員の際高射砲弾のネジ切りをしている最中に
、歯車に左手を挟まれ中指の第一関節から先を失ってしまいました。
日大進学後に水泳を再開します。
1948年のロンド
ン五輪は、交戦国だった日本は国際的なスポーツ大会から締め出されていたため出場できませんでしたが、五輪の日程に合わせて開催された日本選手権では男子1500mの自由形で世界記録の18分37秒で泳ぎました。
ロンドン五輪の優勝タイムは19分18秒でしたので、プールの長さが短いのではないかと疑われました。

合計33個の世界新

 その後、日本の水泳が国際舞台に復帰し、8人の日本人選手が1949年の全米選手権に出場しました。当時の日本は占領下にあり、ビザが出ないため、マッカーサーに面接のうえでサインをもらいました。
マッカーサーは「堂々と戦ってア
メリカをやっつけてこい。でないと帰りのビザは知らんよ」と気合を入れられました。
全米選手権では自由形(リレー
を含む)6種類中5種目を制し、延べ9つの世界新を出しアメリカを圧倒しました。
特に古橋は400m、800m、1500m自由
形の三種目とも世界新記録を樹立し、アメリカの新聞では「フジヤマのトビウオ」(The fling of fish of Fuji Yama)と呼ばれました。
彼の活躍は戦争で疲弊しうちひしがれていた国民に希望や勇気を与えました。
彼は合計33回の
世界新記録を出しました。
しかし、1950年の南米遠征の際、宿泊先のホテルでボーイが「ちゃんと消毒しているから大
丈夫」というので瓶の水をコップ一杯飲んだことから、アメーバー赤痢にかかり、その後体調が戻らず、最初で最後のヘルシンキ五輪は、体調不良のため、400m自由形決勝では8位に終わりました。
2008年文化勲章を受章しました。

中指のハンディは自らの工夫で克服

 古橋のすごいことは左手の第一関節から先がないのにもかかわらず、そのハンディを克服して、世界新記録を出しつづけたことです。
左手でかいた時の水の漏れをカバーするために右腕を鍛えて強化し、息つぎを右から左に変えて、左手よりも右手を長
く使えるフォームに変えました。
当時日大水泳部には監督もコーチもいなかったので、左手のハンディを克服する方法
も自分で考えました。
当時の仲間の選手もみな自分で泳ぎを工夫し、練習プランを立てていましたので、そうした独自
の工夫も特別のことではなかったのです。
「左手の事故がなかったらもっといい記録が出せたにではないか」ということに対しては「ハンディキャップがあった
から、他人より努力しなければと意識し、人一倍努力をしたから記録が出せたとも考えられる。
もし指が揃っていたら
惰性で漫然と泳いで普通の記録しかだせなかったかもしれない」と答えています。
ハンディを意識し、それを克服する
過程の中に工夫が生まれ、工夫に熱中することにより集中力が生まれたということも考えられます。
常々「受身の姿勢
ではダメだ。自ら工夫をこらす、自主的なトレーニングをするように」と主張されていたのは、自らのハンディを克服した目から見ると、現在の選手達の姿勢がはがゆく映るのかもしれません。

 しかし現役時代、左手のケガのことは一言もしゃべっていません。
現在なら本人がしゃべらなくてもマスコミが探し
出し、「左手の克服」というようなドキュメンタリーでも生まれることでしょうが、そんなことをしゃべるのは「女々しい」というような気風がその頃にはあったためかもしれません。

1日1000Kcalで毎日30,000mの猛練習

 「魚になるまで泳げ」というのは古橋氏の口癖でした。
泳ぎこむことによって体が自然に覚えこむからです。
大学時
代は戦争直後の極端に食糧事情の悪い時代でした。
口に入るものはサツマイモかカボチャくらいで一日のカロリーは
1000kcalにもとどきません。
必要カロリーの1/3しかとれないのです。
そんな栄養状況なのに1日20,000m、多い日は
30,000mも泳ぐのですから想像を絶する練習量です。
水泳合宿所の友人に「おい古橋、お前はまもなく死ぬぞ」と言わ
れた程です。
来日したアメリカの生理学者も「そんな栄養で泳いで記録を出すなんて理屈が通らない」と驚いていまし
た。
 
 古橋の成功を読んでみると、トヨタやホンダや松下の成功と同じだということに気づかされます。
戦後の焼け野原の
中、まともな設備も材料もない中から出発し、苦難のうちに努力と工夫をつづけ、ある時は絶望し、ある時は成功に喜び、一つ一つ実績を積み重ねながら現在の姿になった彼らもまた、もう一人の古橋廣之進だったといえるのではないでしょうか。
古橋氏の冥福を祈ります。

10月 7, 2009 2.チャレンジ |

2009年9月 6日 (日)

長崎県立清峰高校の選手の育て方〈9月〉

049_2 1969年生。山梨学院大学卒
2001年長崎県立清峰高校野球部監督就任。
2005年甲子園初出場。2009年甲子園初優勝。
社会科教師。3年生担任

Photo_2  8月は高校野球の季節です。
今年91回になりますが高校野球熱は高まりこそすれ、衰える兆しはありません。
私も中学、高校の頃は夏休みのこの時期になるとテレビにかじりついて熱戦を観戦したことを思い出します。
その頃は超高校級のピッチャーなどというと、自分とは大分違うオジサンのような感じがしていましたが、最近たまに見てみると、皆かわいらしく、初々しく見えます。

 長崎県立清峰高校は今年の出場は逃しましたが2009年春の選抜高校野球では長崎県勢で初の優勝をしました。
清峰高校は、かつては県大会の第1回戦で姿を消していた高校でした。
そんな高校の野球部の監督に就任した吉田洸二監督は5年目の夏に甲子園に初出場し、強豪校を次々に破って旋風を起こし、2009年春、ついに優勝しました。
清峰高校のある佐々町は人口1万3千人の小さな町で、隣接する佐世保市の中学卒業生が大部分です。
54人の部員全員が県内出身者で「野球留学」などとは全く無縁の普通の県立高校です。
 こんな高校をわずか五年で優勝に導いた吉田監督の選手育成法は、特別に取り柄のない人間を集めて仕事を進めていかざるを得ない我々中小企業にとっても参考になります。

1.レギュラーよりも、控えの選手とコミュニケーションを多くとる。

 これは部員全員が同じ目標に向って進み、一人一人が自分の持ち味と能力を発揮しなければチームが強くならないからです。
普段の練習も控えの部員のテンションが低いと活気が出ません。
レギュラーだけで頑張ればいいという雰囲気が広がるとチームの勢いが失われてしまいます。
勢いというのは、曖昧で漠然としているのですが、これがないと優勝はできません。
勢いをつけるには全員の参加が欠かせません。
京セラの稲盛氏も「会社の社員は会社の基本理念を共有してくれないとどんなに優秀でも役に立つ人材にはならないので、京セラの理念に反対の人とはじっくり話し合って同意ができなければ辞めてもらうようにしている」といわれています。
全員が目標に向って進むことは、強くなるための欠かせない要素だということです。

2.部員は監督の鏡

 生徒が集中して練習にとり組んでくれないのは、生徒が悪いのではなく、自分が立てた練習のメニューに原因があります。
「何で選手は頑張れないのだろう」ではなく、「何で選手を頑張らせることができないのだろう」と考えて先ずは自分が反省するようにしています。
そうするようになってから選手が見えるようになり、選手も練習に積極的に参加するように
なりました。
部下は上司の鏡といいます。
部下が動いてくれないのは、上司の言動に原因があるということであり、部下に文句をいう前に自分をまず見つめ直すことが先だということです。
仕事の与え方はいいのか、指示の与え方は適切なのか、チェックを欠かしていないかなど、私達自身を見つめ直すと、部下を攻める前に自分が反省しなければならないことが数多くあることに気づかされます。

3.外の出身者は1人もいない

 甲子園に出場してからは県外からも入学したいという問い合わせがありますが、県内出身者だけの方が甲子園の優勝に近づくと考えて断ります。
プロではなく高校野球なので力の突出した選手がいるよりもチームとしてまとまりのある方が強いのです。
県内出身の子供たちを育てて、部員全員の気持ちが一つにまとまり易いチームを目指した方がいい。
手作りのおらが町のチームの方が甲子園に行った時に県民から受ける応援も大きくなり、それを勢いに変えることができるからです。
今年高野連の会長に就任した奥島孝康氏が、各高校の監督から県外出身者の野球留学を認めてくれという声が圧倒的に多いことにビックリしたと言われていましたが、「優秀な人材が入ってこない」といつも言っている方々にとっては吉田監督の話は耳の痛いことです。
中小企業は凡人を集めて、どう経営していくかということを問われているのだと心を決す
るしかないということなのでしょう。

4.課後の練習の半分は生徒達のやりたいことをやらせる

 これは自分で考える癖をつけさせるためです。
始業前の朝の練習では、選手に求める基礎体力に到達するまでの基礎体力を作るために、生徒達には有無を言わさず、ひたすら走らせます。
しかし、放課後の練習の半分は、朝の練習が終わったあとに「何を練習したいか」を聞いて本人の選んだ練習をさせます。
これは自分の人生の中で最も学力が伸びたのは、周りに言われてではなく、自分で「やらなければ」と思って一念発起した時だったので、練習にも選手の自主性を取り入れました。
こうすると練習の半分は自分で決めて取り組んだのだから、負けたら自分の責任だと思い、負けた教訓を自主的にその後の練習や次の試合に生かそうとするし、勝ったら、自分達の力で勝利したと自信をつけるのです。
これを始めてから試合を行うたびに強くなっていくことに気づきました。

 一つ一つを読んでみると、なるほどと思うことばかりです。
平凡な人間を集めた集団を強くしていくための方法はいろいろありますが、吉田監督が採った方法もまた十分に参考にできるのではないかと思います。

9月 6, 2009 2.チャレンジ |

2009年8月 7日 (金)

一人勝ちのマック〈8月〉

 小売業の勝ち組はユニクロですが、外食産業の勝ち組はマクドナルドです。
外食産業は酒気帯び運転に対する罰則の強化に端を発した郊外店の不振に加え、最近では本物の消費不振の影響を受け、軒並み前年比売上を落としています。
そんな中にあって、マクドナルドだけは日本の外食産業の中で初の5000億円の大台を越し5183億の売上をあげ(2008年12月)、経常利益182億を達成しました。
この5年間で全店売上高を1316億(134%)、経常利益を163億(858%)伸ばしたことになります。
売上を伸ばし利益を伸ばすためには通常出店を積極的に行いますがマクドナルドの店舗数は3773(2003年末)から3754(2008年末)と微減しており、売上の増加は全て既存店1店当りの売上高の増加によって達成されていることが特筆されることです。
 日本マクドナルドは1971年銀座三越の一角に1号店を開店し、華々しくスタートを切りました。
アメリカに本拠を置く外資系企業でありながら大家族主義を貫き、憖じ(なまじ)の日本企業よりも日本的経営の傾向が強い「青い目をした日本企業」でした。
社長である藤田田氏は「ユダヤの商人」などの著書を著(あら)わし、接する人の心をわしづかみにするような魅力あるカリスマでした。
「あの人に認められたい」それが藤田時代の会社の原動力でした。
しかしカリスマはまた弊害も生みます。
「藤田さんに任せていれば間違いない」という依存心と思考停止を生み出します。
藤田時代の終盤はハンバーガーの価格を65円、80円、59円ところころ変えマクドナルドの客の価格に対する信頼感をなくさせました。
また業績の落ち込みをカバーするために猛烈な出店を強行しました。
こうした場当り的な戦術の繰り返しによって、マックの基礎体力は徐々に蝕(むしば)まれていきます。
外食産業の基本は「Q(Quality品質)S(Service接客)C(Clearness清潔)」の3つです。
業績悪化をカバーするために出店攻勢をかけた結果、既存店舗に対する投資は後回しになり現場は荒れ「Q.S.C」は悪化します。
汚い店舗に不親切な店員と不満足なサービスでは、どんな商品があっても売れません。藤田時代の終盤はどこの失敗経営にもみられる、混乱と迷走の時代でした。

1年間はQSC以外何もしないでいい

 2004年5月、アップルコンピュータ日本法人の社長から現社長の原田泳幸氏が日本マクドナルドのCEO(経営最高責任者)に就任しました。
その当時マクドナルドの業績は危機的状況にありました。
2003年9月まで24ヶ月連続で既存店売上高は前年同月比でマイナスをつづけており決算は2期連続で最終赤字でした。
来店客の落ち込みにも歯止めがかからず、社員達は「ハンバーガーはあきられてしまった、何をやってもダメだ」と半ば諦めにも似た感情に陥っていました。
現場は荒れ、モラルは低下し切っていました。
 そうした時に現社長の原田氏は就任しました。
就任したその日、幹部社員を集め「1年間はQSCの向上だけに取り組め。それ以外は何もしないでいい」と言います。
そして、全社員を集めて宣言します。
「全店売上高6000億円、これは必ず達成する。それを達成するバスに乗る者はバスの運行のために全力を尽くせ。それができなければ乗らなくてもいい」
そして直ちに組織改革を行います。
全国を5つの地区に分けていた地区本部制を解体し、組織をフラットにしました。
全員の役職を解き、新たな仕事を与えます。
誰一人として、それまでと同じ仕事を与えられた者はいませんでした。
組織を変えると宣言して人事異動までわずか3日のスピードです。

原田氏のしたことは3つあります。

 1つ目は「土台づくり」です。
社内風土を変えるための組織を変えQSCの向上だけに経営資源を投入しました。
その切り札が注文を受けてからハンバーガーをつくる新たな厨房システム「MFY(メイド・フォー・ユー)」です。
作り置きによる食味の低下を防ぎます。
彼の就任時にはMFYの導入は50%未満でしたが導入を一気に進めました。
これに対しては「現場が悲鳴をあげている」という声もありましたが無視しました。
 2つ目は「客数」の増加のための100円マックの投入です。
これには「利益率が落ちる。以前失敗した」という声がありましたがこれも無視しました。100円マックの投入により客数も増えましたが客単価の減少幅が思いのほか大きく、既存店売上高が減少し、現場は青ざめました。
しかし「こんなに客数が伸びるなんてチャンスじゃないか」といささかも動じることはありませんでした。
 3つ目は「客単価の上昇」です。
100円マックで取り戻し、新規に獲得した客に対し客単価UPのために新製品「エビフィレオ」や「メガマック」などを投入し、ヒットさせます。
こうした高付加価値商品は「健康志向で売れない」「主要顧客層には価格が高すぎる」などの反対意見もありました。
高付加価値商品の極めつけは2008年11月に発売された「クオーターパウンダー」です。通常のおよそ2.5倍のビーフパテを挟みこんだアメリカンサイズのハンバーガーは一個350円もするのにも拘わらず飛ぶように売れ、会社の業績を引っぱり上げました。
この商品は原田氏の就任直後にも計画されましたが、「誰もがマクドナルドをバカにしている時に新商品など出しても売れない」と氏が反対していたものです。
QSCという土台が整ってから出したため成功したのです。
 原田氏は「不振の原因は全て社内にある」といいます。
いろいろ理屈をつけてやらないのは自らの努力不足に向き合わない弱さの現われだと考えます。
「できる方法を考えろ」が口癖です。諦めない、絶対にやり抜くという有無を言わせない氏の実行力がマクドナルドをここまで引き上げてきた理由です。

8月 7, 2009 2.チャレンジ |

2009年7月 7日 (火)

一人勝ちのユニクロ〈7月〉

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 小売業が全体として良くありません。
百貨店もここのところ毎月前年比2ケタ減です。
特に衣料品が良くないようです。
そんな総崩れの様相をみせる「アパレル不況」の中で、ユニクロを傘下に抱える持ち株会社ファーストリティリングの業績はこのところ好調で、2009年8月期は過去最高益を達成する見通しです。

ユニクロの強さを示す6つの数字があります。
ヒット商品     「ヒートテック」を年間2800万枚売る
出店戦略     全国に750店、向こう3年で国内1000店に
           新宿地区だけで30店
規模と効率    売上5000億 営業利益15%
世界ランキング  6位(5位とは450億の差)
生産体制     1年間に4億枚生産
価格戦略     兄弟ブランド、ジーユーでは990円のジーンズ
             100万本の売上目標。
           ジーユーでは1900円以上の商品は販売しない

どの数字もアッと驚く数字ばかりです。

ユニクロの強さの原因は何でしょうか。

第1に、主要顧客層がいないこと

 現代のマーケティングは顧客像を明確に想定し、そこに経営資源を集中することにより、強さを発揮することを狙います。
ユニクロと同じ原宿に店を構える、欧州ファッションの「H&M」、米国の「FOREVER21」は10代~30代の女性を対象にファッション性の高い商品を小ロットで速く作って安く売るという商法で急成長してきました。
これに対してユニクロの来店客は老若男女、実に様々で、まるで顧客が絞りこまれていないことこそが強さを支える経営戦略の根幹です。
柳井CEO(最高経営責任者)は、ユニクロを「あらゆる人が良いカジュアルを着られるようにする新しい日本の企業」と定義しています。
そのため作る商品は「生活必需品とファッションの中間くらいの位置づけ」つまり「あらゆる世代と性別に向けた、適度のファッション性を備えた低価格のベーシック衣料品」という位置づけです。
この市場はあまりに巨大で、あたり前であったため誰しもが見落としていた市場です。
この市場を狙うためにユニクロがこだわるのは品質と価格です。
日本の工業製品と同じように嗜好や感性にかかわらず、誰もが手にし易い価格という強みは、世界に通用するものと考えています。

第2に、「強い製造業」を実現したこと

 ユニクロのとった製販一貫のSAP(製造、小売業)モデルで、卸売業者などの中間流通を排除し、コストを抑えることにより低価格を実現するという方法は、多くの追随者が出ましたが、皆軒並み失速し、ユニクロだけが勝ち残りました。
他が中抜きだけに活路を見出したのに対し、ユニクロは製造を強化することに力を注いだのです。
 今年5月ユニクロの店頭では3ヶ月前に発売された夏向けの新製品「サラファイン」という女性向けの下着が品薄になりました。
この商品はその名のとおり、汗を吸い取り、いつまでもサラサラとした感覚が持続する繊維で作られています。
これを商品化するためには、ユニクロだけの力では不可能で東レと旭化成に協力を要請しました。
試作品を作り直すこと63回、1年後にやっとできあがりました。
これを機にユニクロと東レは提携関係に入り、東レにはユニクロ専用の組織がつくられ、両社の開発チームは毎週のように商品について話し合っています。
保温性の高さが売りものの肌着「ヒートテック」は昨年2800万枚売れ、フリースの年間販売額2600万枚を超えました。
今、東レの工場内にはヒートテック専用のラインが設けられています。

第3に、社長が中心になって「やるべきことを本当に真剣になって徹底的にヤッタ」こと。

 柳井氏はいいます『ユニクロが考えたことは新しい産業を立ちあげることです。
小売りや、問屋、製造などに分断されていたものを全部一括して自分たちで手掛ける。
そのために、売れたもの、売れた売り場、売れなかったもの、売れなかった売り場、を徹底的に調べ、問題があればその週のうちに解決していくということを徹底的にやりました。やるべきことはいつも同じです。
それをどこまで徹底するか、どの水準までするかが問題なのです。
この水準ですることが普通だとしたら、これよりももっと上の水準でしましょうという話をします。
手抜きや低い水準の仕事は仕事じゃないと言っています。
現場がやるべきことを徹底してヤルためには、社長がその中心にいて、やるべきことが実行されているかどうか細かいことまで全部目を通します。
経営者が決心したら変革はできます。
経営者が自分にはできないと思うのだったら経営者をすべきでないと思います。
 いつの時代でも不況になったからといって全部が全部ダメになるということではありません。
市場は必ずあるもので、それを自分たちで取っていこうと思わないといけない。
商売をやっていて思うことは、企業の基本ポリシーみたいなものとか、ブランドの基本スタンスみたいなものが買いに来る人に伝わらないと本当には売れません。
今、少しずつユニクロの考え方が広まっているように思います。』

7月 7, 2009 2.チャレンジ |

2009年6月 7日 (日)

イチロー新記録〈6月〉

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 イチローが、張本勲氏の持つ日本プロ野球記録の3085安打の日本記録を破りました。張本が23年間で打った安打数をイチローは17年で抜いたことになり、改めてイチローのすごさを感じます。
試合後「張本さんが見ていた景色はどんなものか。頂に登る景色を感じてみたかった。すごく晴れやかな感じでいい景色。一区切りついた。」と語っています。

 張本とイチローには接点があります。
イチローは入団して3年目、1994年に210安打を打ちました。
その翌年、4年目の春、東京ドームで顔を合わせた張本は「オレの記録を抜くのはお前しかいない」と語りかけました。
イチローは「何を言っているのかこのオッサンは」と思ったそうです。
 イチローと張本という超一流打者の記録に向わせた思想と行動にはそれぞれの時代の空気が色濃く反映されていて好対照をなしています。

■生活のための張本

 張本の原動力は、同時代の成功者の多くがそうであったように「生活のため」でした。
腹いっぱい食うには打つしかありません。
母をトタン長屋から解放するために一本でも多くのヒットを求めました。
広島の原爆で姉を失い、自分も右手を大ヤケドするハンディを負いました。
そんな逆境や貧困を人一倍の負けん気で跳ね返しました。
「野球が駄目なら生活が駄目になる。必死で戦ってきた。理由はそこです。」と張本はいいます。
戦後の混乱から高度成長期にかけ、猛練習で道を開いてきました。
「野球とは生活そのもの」であり、彼は野球を生活の糧として、日本の激動期を生き抜いてきました。

■野球が好きだからのイチロー

 一方豊かな時代に育ったイチローの原動力は、生活のためでもお金のためでもなく「面白いからやる」です。
イチローがしゃべった短い言葉を集めた「イチロー262のメッセージ」(ぴあ2008年)を読むと、彼の面白いからやるということが、どういうことかわかります。

■キレイ、スゴイと感じられるプレイをしたい

 『記録や数字はどれだけ野球が好きかということの結果であり、練習をするのは仕事としての責任のために練習しているのではなく、野球が好きだから練習します。
記録を目標にすると達成したあと満足し、野球をやめなければならなくなるので、年間200本以上の安打を打つという目標以外、記録を目標にしません。
常に更に上を目指し、野球を真剣に続けていけば、もっと先には今の自分とは違う自分がある筈だと考えて野球をしています。
もし野球を好きだという気持ちがゆらいでいたら、どこかで終わってしまっていただろう。野球を生活の手段と考えると、練習しつづけるモチベーション(動機づけ)になりにくいので、そうしないように心掛けています。
だからプレッシャーがかかってもそれから逃れずに、それに立ち向かって克服しないと何も超えることはできません。
逆に、常に期待と重圧を受ける選手でありたいと願っています。
もがいても、もがいてもダメな時もあるけれど、そんな時こそ自分に重荷を課します。
よく、“長くやっているのにケガをしませんね”といわれますが、僕もケガはしています。
試合に出ているので気がつかないだけです。
プロ野球の選手になったのは、プロ野球の選手がカッコよかったからです。
少年時代、カッコイイと思えたのは野球選手だけでした。
だから今でもプロ野球の選手としては勝つだけでなく、キレイだ、スゴイな、と感じられるプレイをしたいと考えています。
イチローでいる時は強く、美しく、しなやかでいたいと考えています。
だから、くやしい気持ちもうれしい気持ちも見せたくないので演技をしています。
良くホメられますが、ホメられた時は“ああこれは悪魔のささやきだ”と考え、チヤホヤされたときは、いつも自分を戒めるようにしています。』

 ハングリー精神をテコにした張本に対し、イチローは自分を客観的に分析し、次の行動を明確に決めます。
地道な繰り返しを支えるのは克服と発見の喜びです。
面白いという姿勢で取り組めば、そこに限界はありません。
張本は「一番すごいのはあの精神力。今の人はすぐお腹が一杯になる。彼は全然ちがうね。あれだけの富を得て、なおかつあれだけの数字を重ねていくのだから、本当にすごい」といいますが、「生活のため」の張本と「面白いから」のイチローとの対比が出ていて興味があります。
 イチローの心境は張本にはとても理解できない、もっと先にあるのではないでしょうか。

 私達も仕事をしていて「仕事が面白いから」と言えるようになれば、仕事は苦痛ではなくなります。
仕事が苦痛である間は、その仕事は「したくない仕事」であり、それは「生活のため」であるといえましょう。
仕事が面白くなってはじめて、仕事は順調にいくのかもしれません。
否、どんな問題が起こっても前向きに対処できるようになるのだと思います。
仕事が苦痛かどうかは、私達の仕事に対するリトマス試験紙になりそうです。

小学校6年生のときのイチローの作文~~~~~~~~~~

 僕の夢は一流のプロ野球選手になることです。
そのためには中学、高校と全国大会に出て活躍しなければなりません。
活躍できるようになるためには練習が必要です。
僕は3才のときから連習を始めています。
3才から7才までは半年ぐらいやっていましたが、3年生の時から今までは365日中360日は激しい練習をやっています。
だから一週間中で、友達と遊べる時間は5、6時間です。
そんなに練習をやっているのだから、必ずプロ野球の選手になれると思います。
そしてその球団は中日ドラゴンスか西武ライオンズです。
ドラフト1位で契約金は一億以上が目標です。
僕は自信があるのは投手か打撃です。
―中略―
 僕が一流の選手になって試合に出られるようになったらお世話になった人に招待券を配って応援してもらうのも夢の一つです。
とにかく一番大きな夢は野球選手になることです。

6月 7, 2009 2.チャレンジ |

2009年5月 8日 (金)

100年に一度の大努力〈5月〉

 相変わらずの景気の状況です。
今のところ好転する兆はありませんが、自動車や機械の激烈な生産調整はほぼ終了し、少しずつ稼働率の向上が見られるようになってきているようです。

こ うした状況の中でも、生きていくためにはこれを乗り越えていくしかありません。
しかし今までと同じようにやっているだけでは今回の不況を乗り切っていくことは難しいのではないかと思います。
「100年に一度の大不況」といわれる今回の不況を乗り越えていくために一体何をしなければならないのでしょうか。

■100年に一度の大努力

 第一に「100年に一度の大不況」ですから「100年に一度の大努力」が求められていると考えなければなりません。
「大努力」です。
100年に一度なら一生に一度と同じです。
一生に一度と言える「大努力」が求められているのです。
しかし今の日本を見ていると、その「大努力」をしなければならないという切迫感がありません。
今までと比べて格段の努力をしているようには思えません。
それよりも政府にその場しのぎの対策を求める始末です。
今「努力をしている」と自信をもって言える人がどれだけいるでしょうか。
ベストを尽くしているという人もそれが自分の限界なのか問い直す必要があるのではないでしょうか。

 ここ十数年の間日本では「楽(らく)して儲ける」「働かないで儲ける」という風潮が強くなり、「努力」をすることはダサイという風潮が若者の中で広がり、それが今や社会全体に蔓延しているようです。
その結果少し努力しただけで、自分はものすごく努力したと勘違いしてしまう人たちが増えてしまいました。
昔は「血の小便が出る程働いた」とか、「働きすぎて血の小便が出た」とか言う人がいましたが、最近では、「血の小便」という言葉もいつの間にか廃(す)たれてしまいました。
これも時代を映しているのでしょう。

 日本サッカー協会の川渕三郎氏が「手の指を限界まで逆に曲げてみて下さい。
多くの人が折れると思ったところで力を緩めるでしょう。
しかし、指を折るのに必要な力が10だとすれば、皆さんが入れた力はせいぜい3か4。
脳が指令を出して、身の安全を図ろうとするからです。
本当の限界は自分が感じるよりさらに先にある。
限界を超えて努力することで見えてくるものがあるのです。」と言う話をされ、また次の話も紹介されています。

 『Jリーグ日本代表の大久保はドイツの強豪チーム、ウォルスブルクに
今年移籍しました。
チームに合流したら「何でこんなに走らされるのだろう」とJリーグとは比較にならない練習量に驚かされたといいます。
本人からすればJリーグでも精一杯練習していたと思っていたのに、ドイツでは、それとは比べものにならない位の練習量を課され、しかもそれを全員が難なくこなしているのですから驚くのは当たり前です。』

 Jリーグのエースとして活躍している選手にしてこうです。
ましてや私達は、まだまだ余裕があるのではないでしょうか。
まず製造、営業、事務、各々の業務の仕事量をもっともっと増やしてみることです。
もっと徹底してやってみることです。
やり残しの部分、不徹底だった部分は沢山あるはずです。
先ずそれをやり尽くしてみることです。

■ムダの排除

 第二にムダの俳除です。
先ず会社にムダがないか徹底的に見直すことです。
やらないでもよい業務をやっていないか、習慣的にやっていただけの業務はないのか。
保管している資料でいらないものはないのか。
また使うかも知れないと思っていた書類や備品類を完全に捨て去ることです。
余剰のスペース、余剰の人員が出てきます。

 今、各社から事務の派遣社員が次々と姿を消しています。
消しても会社は回っていくのです。
見直せば、社員でもできることを派遣に任せ、その分社員が楽をしていたのです。
その分だけムダがあったことになります。
ムダを俳除した後、残った仕事をメンバーに割り振り直します。
各人の業務が少し重くなる位の感じで配分し直すことです。
そこで余分の人が出たら必要なところに回すのです。
やりたくても人がいなくてできなかった仕事に回すことです。

 今の不況が終わったとき、世の中は今までと異なるステージに移行すると言われています。
消費者はムダなものはますます買わなくなり、価値あるもので適切な価格のものにしか支出しなくなるといわれています。
その中で生き残っていくための力を養うのが今だと考えて、耐えて生き抜くことが要求されています。

5月 8, 2009 2.チャレンジ |

2009年4月 6日 (月)

因果倶時(いんがぐじ)〈4月〉

 食後の飲み物といえばコーヒーと紅茶があります。
私は紅茶を選びますが、コーヒーを選ばれる方のほうが多い様に思います。
昔はコーヒーを飲ませる喫茶店は至るところにあり、そこにはコーヒーにこだわりを持つマスターがいたものです。
最近はそんな個人の経営する店はごくわずかになり、スターバックスとドトールに代表されるフランチャイズのチェーン店がほとんどを占めるようになってしまいました。
そのドトールの社長、鳥羽博道氏が日経の2月の「私の履歴書」に登場しました。
これを読むと、彼の成功因が読み取れます。

コンセプトの明確化

 第1の要因は、物事を始める時には必ずその意義、目的、コンセプトを明確にして取り組んでいることです。
勤めた会社が喫茶店の直営店を出したとき、19才の彼が店長を任されました。
その時「喫茶業が世に存在する意義とは何か、何の為に喫茶店はあるのだろうか」と考えました。
出した答えは「一杯のコーヒーを通じて、人々に安らぎと活力を提供すること」ということでした。
安らぎと活力を提供するものは何かと考えていたところ、たまたま丸善で見た色彩心理学の本に「クリーム色は心理学上母性に似た愛情を示す」と書いてあったので、薄暗い店が多かった当時、カウンターのバック棚をクリーム色にし、壁は茶褐色にしました。
そして、ひたすらお客様に喜ばれる事をしつづけた結果、半年で軌道に乗り、1年で大成功を納めました。
 1962年24才でドトールコーヒーを創業し、三軒茶屋「カフェ・コロラド」1号店を開店したときは「健康的で明るく、老若男女ともに親しめる店」というコンセプトの店にしました。
当時の喫茶店は主婦や高校生は入店できないような不健康な店ばかりでした。
名曲喫茶やジャズ喫茶の他に、美人喫茶や同伴喫茶など風俗まがいの店もかなりありました。
その頃大学生になった私は初めて喫茶店というものに入り、薄暗い変なところがあるものだなと思ったことを思い出します。
 「老若男女ともに楽しめる店」にするため、スプーン一つ、カップ一つに至るまで微にいり細に亙り(わたり)追求し、メニューも老若男女に受け入れられるものになるよう気を配りました。
三ヶ月を過ぎた頃から店は一気に人が入りはじめ、大成功を納めました。

次の時代の見極め

 第2の要因は次に来るべき店の像を追い求めつづけていることです。
コロラドを始めた1970年代の前半、日本経済は高度成長の真っ只中にあり、コーヒーの値段は毎年上がり続けました。
この値上がりはいつ迄受け入れられるだろうかと不安になると、喫茶店業や焙煎業の将来が気になり出します。
次の時代に来るものを見極めようと参加した欧州ツアーでパリにある立ち飲み店を目にし、そこに喫茶業の最終形態を見出します。
またドイツのコーヒーチェーン「チボー」にある挽き売りのコーナーを見て、日本でもコーヒー豆を家庭で消費する時代が来るのを感じとります。
 その成果は1980年代の第一次石油ショックの時、サラリーマンを助けようと始めた「立ち飲みコーヒー」の開店に生かされます。
立ち飲み店のコンセプトは「さりげなく小粋、立って飲むことをファッションにする」とし、立って飲むことがカッコイイという状況を作り出す様に考えました。
そのためコーヒーの値段は150円とその頃の価格の半額にしたのに、人の心を豊かにとの思いから、カップは一つ2300円、スプーンは1700円の高級品にしました。
当時、カップ、スプーン共に200円が一般的でした。
この店は大成功を収めました。
チボーに見た挽き売りのコーナーは、今のドトールに生かされています。

フランチャイズ店との共栄

 第3の要因は、フランチャイズ店とのトラブルがないことです。
喫茶業に進出した出発点は「人の不幸をつくらない」「オーナーの喜びは自分の喜び」ということでしたので、マニュアルや契約書にはこだわらず事情に合わせて対応してきました。不振店は店の魅力、商品の魅力、人の魅力に欠けています
努力や魅力の基準を高めてもらうためには率先垂範を心掛けました。
社員と共に不振店に行き、店の装飾物を全部外し、徹底して掃除します。
外観の塗装をやり直し、壁や床、椅子も磨きこみ、その上で絵、花、置物、椅子を置き直し、商品も並びかえます。
店が見違えるようになると、翌日から売上が上がり出します。
オーナーは感激し、心の持ち方を変えます。
このように不振の店一軒一軒、自分で出掛けて清掃するうちに、社員もそのようにするようになり、不振店は少なくなりました。

因果倶時(いんがぐじ)

 生きていくうえで心しているのは「因果倶時(いんがぐじ)」ということです。
「原因と結果は必ず一致し、未来の結果も今日の自分の積み重ね」という釈迦の言葉です。
「現在の果を知らんと欲せれば過去の因を見よ、未来の果を知らんと欲すれば現在の因を見よ」です。
現在の自分は過去の積み重ねの中にあり、将来の自分は現在の一日一日の積み重ねの中にあります

 先ずコンセプトを作り仕事を始め、常に次に来るべきものを探し続けながら、一日一日を確実に積み重ねていけば、大きな成果をあげるのは、宜(むべ)なるかなと思います。

4月 6, 2009 2.チャレンジ |

2009年3月 8日 (日)

独自性・伝導力・関係性〈3月〉

 1月の売上高は百貨店、スーパーとも前年比ダウンで特に百貨店が悪いようです。
各社とも特段の対策がないため再び低価格路線に舞い戻ってしまいました。
これからますます価格競争が激しくなるものと思われます。
しかしこうした世の中でも伸び続けている会社はいくつもあります。
首都圏にあるOK(オーケー)という食品スーパーもその一つです。
OKは徹底した安売り路線で消費者の節約志向を把み、躍進し続けています。
2008年3期の売上高は1680億で、5年間で倍増しました。
既存店売上高も坪当り売上高も上がり続けています。

 しかしOKは、単なる安売り店ではありません。
伸び続けている会社の3つの要素を全部備えています。
3つの要素とは独自性と伝導力と関係性です。
独自性とは、その企業独自の強さであり差別化とは異なります。
伝導力とは、商品やサービスを客に伝えきる力です。
関係性とは、顧客とつながる力、絆です。
その一つ一つをOKにみることができます。

独自性・伝導力・関係性

●独自性
OKの安売り路線はウォルマートの安売り路線とは異なります。
仕入条件が良くない商品はトップブランドでもあえて外す「割り切り」で低価格を実現します。
たとえばヨーグルトはトップブランドの明治ではなく森永であり、醤油はヤマサ、小麦粉は日本製粉など2位メーカー以下の一社に集中することにより、メーカー希望価格より常時3、4割安く売ります。
安売りできないブランドとは取引を縮小します。
キリンビールは常時取扱いを止めたため、キリンの商品は3週に1度しか入りません。
代わりにサントリーは積極的に扱います。
無駄の省略は販促面も売り場にもあります。
飲料の冷蔵販売はしません。
冷たさという付加価値より安さを優先します。
チラシは写真のほとんどない毎週1回の「商品情報」のみであり、大半は店頭配布で新聞の折込みはほとんどありません。
消費者への告知方法として今や不可欠ともいえるホームページもありません。

OKの安売り路線はエブリデーロープライスであっても「ワケあり」のロープライスです。
価格路線で勝てそうでない商品は店頭に並べないという割り切りです。
この「ワケあり」に割り切るのはなかなか大変でこれを継続できるのが独自性であり、他社は真似ようと思ってもそうそう真似られるものではありません。

●伝導力
OKは情報開示を徹底しています。
情報開示はプラスの情報だけでなくマイナスの情報にも注力されます。
むしろマイナス情報の開示に熱心です。
商品の情報開示はオネスト(正直)カードに書かれます。
たとえば、雨が数日続いて野菜の品質が悪くなる時には「雨続きで、通常販売している商品より品質が悪くなっています。お急ぎでなければ暫くお待ち下さい」と書かれます。
南アフリカ産グレープフルーツには「ご好評いただいたフロリダ産が終了しました。南アフリカ産が例年に比べて糖度酸度のバランスが良く、取り扱うことにしました。フロリダ産を100点の食味としますと70点位です。蜂蜜等をかけると美味しく召し上がれます。」と書かれています。
商品値上げをする時には値上げをする理由と値上げの日と値上げ後の価格を表示します。
商品の短所を説明してしまうことで販売実績が落ちることについては「何の問題もない。商品の短所を示すことで売れ残ってしまうリスクと、甘くないものを買わせてしまうリスクを比べてみると、後者によるリスクの方が断然大きい」と社長はいいます。
こうしてマイナスの情報を徹底的に伝えます。

●関係性
店内に溢れるばかりの注意書きで、舞台裏まで隠さず顧客に知らせてしまうのは客を裏切らないためです。
徹底した情報開示の結果、客の店に対する信頼度が醸成され、ファンと呼ばれるレベルにまで消費者のロイヤリティーが高まり、そのファンが別の顧客をつれて来ます。
会社はホームページを持っていませんがOKの熱心なファンはボランティアで「オーケーストア・アンオフィシャル」というホームページを運営します。
家の近くのページをのぞいてみますと、まさにファンのページになっています。
彼らが口コミを広げ、商圏を拡大する伝導師になっているのです。
顧客と店とは深く結びついています。

 このようにOK は、独自性、伝導力、関係性という三つの柱で他社を引き離しており、既存店売上高が上り続けています。
OK の飯田社長の兄は居酒屋チェーン「天狗」の、弟は「セコム」の、創業者です。

3月 8, 2009 2.チャレンジ |

2009年2月 7日 (土)

人に好かれる〈2月〉

 日本プロスポーツ大賞というのがあります。
その一年にプロスポーツ界全般を通じ国籍を問わず、あらゆる意味で最も貢献度の大きい業績を残したと認められる選手、団体に与えられます。
スポーツ報道をするテレビ、ラジオ、新聞、通信社57社のスポーツ記者の責任者で構成された選考委員が選出するもので、受賞者には内閣総理大臣杯と賞状が贈られます。1968年から始まっており、第1回は、プロボクシングの世界チャンピオンになった西城正三に贈られています。
2008年の第41回までで3回受賞した王貞治とイチローが最多で、長嶋、落合は1度しか受賞していません。
イチローが日本でプレーしていたら、イチローが最多になったかもしれません。

 2008年度はプロゴルフの石川遼選手が受賞しました。
ちなみにプロゴルファーでは、1996年の尾崎将司と石川遼の2人だけです。
岡本綾子はアメリカで活躍したので受賞対象にはなっていないようです。
 石川遼選手は高校生でありながら優勝1回、賞金ランキング5位で賞金1億円以上を獲得しました。
当初私は、学校とプロとの両立は無理だし、体が出来上がっていないうちに体を酷使するので、早晩駄目になるだろうと思っていました。
また、たとえ体はもったとしても、マスコミにチヤホヤされて天狗になり、脱落していくだろうと考えていました。
しかし当初こそ予選落ちをしていましたが夏場以後は堂々とした成績を残し、私の予想は完全に裏切られました。
マスコミに対する対応も当初と変わらず清々しいもので好感度が高く、ゴルフを全く知らないオバサマ族をファンにしてゴルフ場やテレビのゴルフ中継に引き付けるのに大いに貢献をしたようです。
 その石川遼君の父親の「人に好かれるということ」という記事を目にしました。

好感をもたれる人間になれ

 父親が常々遼君に教えたことは「好感をもたれる人間になりなさい」ということでした。
 子供ははしゃぐ、危ない、グリーンを目茶目茶にするということで、子供の来るところではないというのがゴルフ場の考え方でした。
数少ないプレーを許してくれるゴルフ場で練習するためには、支配人に好かれなかったら駄目です。
一度でも悪いことをしたら二度とゴルフはやらせてもらえない。
ゴルフをやるためには人に好かれなければならなかったのです。
 まず、朝ゴルフ場に着いたらフロントに行って大きな声で「おはようございます。石川遼です。今日一日プレーさせていただきます。よろしくお願いします。」と言ってサインをします。
プレーは3人の大人に混じってプレーします。
はじめて一緒にやる人達は小学生と一緒にやるのは嫌です。
嫌われないようにやらなければなりません。
好かれるようにしなければならないし、上手くなければなりません。
そこではじめて、今度また一緒にやろうと声を掛けてもらえるようになるのです。
常にいつ自分が表舞台にたってもいいように、自分の第一印象を大事にやっていく→そうすれば人に好かれるいいやつになれるのではないか→そしてそれが本物になってくればどんどん自分の回りは良くなっていきます。
そのようにして彼は自分のゴルフの環境を作っていき、彼の性格も作られていきました。
 遼君はアマチュアの時にプロツアーで優勝し、一躍有名になりました。
脚光を浴びたのはアマの中学生が優勝したこともありますが、ハニカミ王子と言われるように、何とも初々しく、好ましい人柄に多くの人が魅せられたからです。
こましゃくれた子が多くなった昨今では珍しく好ましい感じを受けましたが、やはりその裏には、親の日頃の教えがあったのだと納得しました。
教える親の姿勢も立派ですが、それを素直に受けて実行出来る子も立派です。

大人にも大事なこと

 しかし「人に好かれる」ということは子供の時だけでなく、大人になってからも大切なことです。
否大人になってからの方が子供の時よりももっと大切なことではないでしょうか。
人は人との関係の中で生きています。
人に好かれれば受け入れてもらえます。
受け入れられれば大方のことはうまくいきます。
反対に人に嫌われれば何事もうまくいきません。
人に好かれるのと、人に嫌われるのでは一生の間には大きな違いが生まれます。
人に受け入れられる努力が必要ですし、人に嫌われないようにするには、どうしたらいいかを考えなければなりません。
人の心を推し量り、言葉に気を付け、振る舞いにも注意を払う必要があります。

最近は個性尊重ということから、自分の意見を明確にし、周りにはっきりと主張することが、周囲に気を遣い協調することよりも重要だといわれる時代です。
人はオンリーワンの価値を持っているから自分の価値を大切にすることが大事だといわれています。
そのこと事体は誤りではありませんが、それを強調しすぎて周りを気にしない、他人を無視することが悪いことではないという風潮が蔓延しています。
 日本はもう一度、己を主張し個性を尊ぶことだけでなく、人に好かれ、周囲に気を配るということの重要さを思い出す時期に来ているのではないでしょうか。
それには、そのための努力をしつづけなければならないのでしょう…石川遼君のように。

2月 7, 2009 2.チャレンジ |

2009年1月 7日 (水)

「覚悟」の年〈1月〉

 年末は悪いニュースばかりで年が暮れてしまいました。
テレビも新聞も企業の業績悪化と、派遣切り、内定取消し、消費の悪化のニュースばかりを取り上げ、良いニュースは一つも報道しません。
円高になると輸出が悪くなるという報道ばかりです。
しかし円高は日本経済にとって悪いことばかりではありません。
円高になれば輸入価格の低下で消費物価が下がり消費者はメリットを受けるし、輸入業者もメリットを受けます。
原油価格が下がれば石油を原料とする材料を使っている会社にとっては原価低下という追い風が発生する筈ですが、そうした報道は皆無に近いのは困ったものです。
 このところの企業業績見通しの悪化予想は眼を覆うばかりです。
今年はそれなりの「覚悟」をもって臨まなければならないようです。
         
 阪神タイガースの四番バッターに金本知憲がいます。
1330試合フルイニング出場の世界記録を更新中ですし、1002打席連続無併殺記録の日本記録も持っていて、現在40歳ですがまだ活躍できそうです。
金本が入団したことで、野村監督も変えることのできなかった阪神の選手が個人プレーからチームプレー重視に変わり、2度の優勝を達成することができました。

今できることを確実にやる

 しかし金本は、プロ野球に入ったときにはエリートではありませんでした。
東北福祉大学から広島にドラフト四位で入団しました。
プロに入ってレベルの違いに愕然としました。
「とんでもない世界に入ってしまった。こんなすごいところでやっていくのはとても無理だ。すぐクビになる」と思いました。
一軍に定着してレギュラーになるなど想像もできませんでした。
そんな彼がここまでやってこられたのは「覚悟」を決めたからだと言います。
「2、3年後には絶対に戦力になる。そのためには、今できることを確実にやろう」と決めました。
そこでやったことは「シーズンオフにも練習する」ということです。
シーズン中にはライバルたちも同じ練習をします。
だから差は縮まらない。
みんなが休んでいるオフに懸命に練習すれば少しでも近づける筈だと考え、シーズンオフにも徹底的にバットを振りました。
身体を大きくするために筋力トレーニングを毎日欠かさずに行いました。
食が細く太りにくかったので、夕食の際は食べてから一度休憩し、それからまた無理やり食べることも少なくありませんでした。
時には食べ過ぎて吐いてしまった後にまた食べることもありました。
食べることは練習よりもつらいと思いました。
筋力トレーニングは「貧血になって半人前、ゲロを吐いて一人前」という程限界まで自分を追い込みました。
その結果3年目から一軍に定着し、4年目からレギュラーになることができました。
しかし相手が左ピッチャーのときは、どんなに調子が良くても代えられました。
そこで「どんな時でも絶対に代えられない不動のレギュラーになる」という「覚悟」を決めました。
「真のレギュラーなら少し位のケガなら出場するのが義務だ」「ケガをしていても、それを言わなければケガではない」と考えるようになり、それがフルイニング出場へと駆り立てることになりました。
2004年、中日の岩瀬から左手にデッドボールを受けたときも、折れた!と思う程の痛みを感じ、翌日はキャッチボールもできない、ボールもとれない状況であったのに、監督の「いけるやろ」の声に「ノー」とは言えず出場し、左手は添えるだけで2本のヒットを打ちました。シーズン後、軟骨剥離だったことがわかりました。

「覚悟」を決めれば何でもできる

 彼は言います。
「覚悟」を決めれば何でもできる。たとえ不可能だと思っていたことでも「覚悟」さえあれば実際にやってみればできる。
これまでしてきた努力は、これまでの成果として現れたのであり、これからの成果はこれからの努力によって築いていかなければならないと…。

 私たちにとって今年は「覚悟」が問われる年になりそうです。
楽観的に考えても景気は良くなりそうにもありません。
今年一杯は良くないと腹をくくらざるを得ません。
腹をくくったうえでどう「覚悟」するかです。
不況の年は次のステージへの準備の年であり、来るべき時に向って身をかがめ、力を蓄える時ではないでしょうか。
もう一度会社を見回し、仕事のムダはないか、人のムダはないか、在庫のムダはないか徹底的に精査し、正すべきものは正し、改めるべきことは改める好期です。
財務的に余裕のある時に打つ手は、余裕がなくなってから打つ手に比べ、はるかに効果があります。
そして来るべき次のステージに向って、より高い目標を掲げ、何をするか「覚悟」をしなければならないのではないでしょうか。
決意したら必ず行動に移すことです。
決めたことはやり続けようではありませんか。
これからの成果はこれからの努力によって築いていかなければならないと「覚悟」をして、、、。
今年一年皆様のご健闘をお祈りいたします。

1月 7, 2009 2.チャレンジ |

2008年12月 6日 (土)

マーケティングは「愛」〈12月〉

 今から25年位前になるでしょうか。
㈱船井総研の船井幸雄氏が今のように神がかり的なことをいわないで熱心にコンサルタント業をやっていた頃、京都の都ホテルで行われたセミナーに出席したことがありました。
当日のゲスト講師は慶應大学の村田昭治氏でした。
氏は開口一番「今日入口で“あっ先生”とホテルマンに声を掛けられました。慶応の卒業生でした。彼は明日私からのハガキを受取るでしょう」と言いました。
村田氏は毎日顔を合わせて、話した人全てにハガキを出すとのことで、平均すると1日に15枚程にもなると話されていました。
その時この先生はすごい人だなと思ったことを覚えています。

日本の商業を悪化させた能率、マニュアル、標準化

 村田教授は、戦後日本の商業を悪くしたものは「能率」「マニュアル」「標準化」だと言われます。
商売に多くのムダがはびこっていた時代には、これらが“3種の神器”となって、差別的優位をもたらしました。
コンビニが成長したのは、まさにこの3種の神器のお蔭です。
しかしどこの企業もこの3種の神器を追求していった結果、個性のない店が蔓延し、どの店も同じようになってしまいました。
 「能率」UPはアウトプット(生産)を一定にしてインプット(投入)をどこまで減らせるかということであり、インプットを一定にしてアウトプットを最大にすることではありません。
能率UPを考える際にはどの水準のアウトプットを求めるかが最も大切なポイントになります。
低すぎる水準にアウトプットの目標を定めると他社に負けてしまいますし、高すぎる水準に目標を定めると達成が困難になり、インプットを減らすことができなくなります。
いきおい目標は現在より高いけれど、頑張れば達成可能な水準に設定されるので、各社の目標水準は似かよったレベルになる傾向があります。
一度目標が設定されると、その水準を達成するためにどこまでインプットを減らせるかに努力が集中されます。
トヨタの「カイゼン」運動は、まさにこの一定の水準の目標に対してどこまでインプットを減らせるかのムダ省きの活動です。
しかしトヨタが他社に勝っているのは、その水準を毎年毎年上げつづけていることです。
その結果トヨタの水準は常に他社を上回り、差別的優位をもちつづけることができます。

 製造業の場合、この目標水準とその達成度合いは数値で示されるので「能率」の追求は比較的容易です。
しかし商業の場合、目標を数値で表せるものと表せないものがあります。
たとえば欠品率を下げるとか、注文があって10分以内に食事を出すというようなことは数値目標を出すことができます。
そしてその目標を達成するために作業を「標準化」し「マニュアル」をつくることもできますし、その成果を数値で測ることもできます。
しかし接客レベルを上げるということになると目標の設定は難しくなります。
たとえばお客様がいらっしゃったら、お客様に挨拶をするというようなことになると「マニュアル」と「標準化」の出番となります。
たぶん「お客様の顔を見て、45度の角度に上半身を曲げて、いらっしゃいませという」という具合に定められ、全員がそのように言っているかというようなことで達成率が測られることになるでしょう。
その結果どこの百貨店に行っても飲み屋に行っても挨拶は昔に比べてよくされるようになったという気がしますが、どこで聞く「いらっしゃいませ」も一様に事務的で冷たく、テープレコーダーの声を聞くようです。
本当によくいらっしゃいましたという気持ちが感じられないのです。
そこで「標準化」した「マニュアル」の中に「気持ちを込めて」と規定していますが、商売に喜びを感じてなければ気持ちを込めることはできません。
     
「商いの心」が消えた日本

 こうなってしまったのは、日本から「商いの心」が薄れ、経営者自身が商売に愛情を失ってしまったからではないでしょうか。
商売に愛情を持っていなければ「マニュアル」と「標準化」によって「能率」を追求していれば、商売は皆、無味乾燥なものになってしまい、どこの店も皆同じようなものになってしまいます。
三種の神器も必要ですが、それには「商いの心」がこもっていなければならないのです。
村田教授は「マーケティングは子供を生み育てることだ」といわれます。
愛情がなければ子供は育ちません。
それと同じように商売も愛情をベースにしないとうまくいかないのです。
お客様に愛情を注げば必ず愛情を返してくれます。
日本から「商いの心」が薄れたのは、経営者自身が愛情を失っているからであり、景気の動きに一喜一憂するのではなく、愛情の糸をもう一度紡ぎ直すことからやり直さなければ永久に消費の回復はやってこない。
これからの商売は「顧客満足=カスタマーズサティスファクション」では不足で「顧客幸福=カスタマーハピネス」を追求しなければならないと主張されています。
 ここのところ急速に景気が冷え込んできており、今迄と同じことをやっているのではとてもやっていけないという気がしておりますが「商いの心」「愛情」というものをもう一度考え直さなければならないのではと思います。
村田教授は卒業生を中心に結婚式の媒酌人を270組務め、19組が離婚しましたが17組を再婚させたとのことです。
アフターサービスもマーケティングの大切な要素だと言われています。

12月 6, 2008 2.チャレンジ |

2008年11月 7日 (金)

凡事徹底(ぼんじてってい)〈11月〉

 原油の価格が下がりガソリンの値も大分下がってきたようですが、石油値上げに端を発した食品や石油製品の値上げの結果、消費停滞は全国的に広がっています。
車依存度が高く、年金生活者の多い地方は大都市圏以上に影響が大きく、一気に生活防衛に走りはじめているようです。
首都圏でも三越が池袋店と武蔵村山店を閉鎖しますが、地方でも久留米井筒屋(福岡県)と今治大丸(愛媛県)が閉鎖しました。
この2つの百貨店は半世紀以上、地域商業のシンボル的存在として親しまれてきた店ですが、数十億円の累積赤字を抱え郊外の大型ショッピングセンターとの競合が激しく、先に見通しもつかないところから閉鎖に追い込まれました。
地方百貨店はこの2店だけでなく、ここ一年程毎月前年割れの月が続いており、減少幅が10%を超える店も目立っています。
 こんな地方の逆風の中にあって、好調な業績を維持し続けている企業グループがあります。
10期連続増益、売上高7500億円の茨城県に本拠を置くベイシアグループです。
総合スーパーベイシアを中核とし、ホームセンターカインズ、作業服専門店のワークマン、コンビニのセーブオンなどをグループに抱えています。
総合スーパーのベイシアはヨーカ堂、イオンが営業利益率1.1%であるのに対し、3.7%と3倍以上の差をつけています。
 イオンをはじめとするスーパー、百貨店、コンビニなど流通大手各社は、少子高齢化などで国内市場は縮小・停滞が予想されるため、海外に活路を見出そうとしています。
しかしベイシアはその縮小・停滞が予想される国内市場で、買収も合併もなしで2010年には今より2500億多い1兆円を超える計画をたてています。
 その武器はどこよりも安く売ることのできる仕組みづくりにあります。
しかしその仕組みは特別のものではありません。
原理原則を定め、誰にもできる小さなことを飽きることなく積み重ね、改良しつづける「凡事徹底」の執念にあります。
しかし「凡事徹底」の執念を50年間も続けてきた結果、商品づくり、店づくりの点で他店とは大きく異なる特色を持つに至っています。

第1にPB(プライベートブランド=自社開発商品)では儲けない

 小売業ではPBといえば、一般的には安いコストで生産し、粗利益を稼ぐ商品です。
しかしベイシアではPBは大きく儲けるのではなく、NB(全国ブランド商品)ではなし得ない超低価格を実現するための商品です。
 大手流通業ではPBの粗利益率は30%程度なのにベイシアでは10%以下です。
商品開発は客に驚きを与える価格設定から始めます。
ベイシアが狙うのはNBの半分か3分の1です。
しかしPBでありながら中身はNBと同じという商品がほとんどです。
そのためには中身はNBと同じにし、製造ラインが空いているときに作らせます。
包装機は銭単価でムダを剥ぎ落とし、素材や厚さ、デザインや色数など常に見直しをします。
随時パートナー企業の見直しをし、1つの商品を作るにあたって3社から見積もりを取ります。
その結果驚きの価格が実現します。
35円の豆腐は年間1200万丁、3パック60円の納豆は500万パック、2リットル98円のペットボトル入りの緑茶と烏龍茶は2品で600万本販売します。
社内には「販売効率改善部」があり、常に低価格実現の仕組みを考えています。

第2に地価の安い郊外にしか出店しない

 人口減少時代に突入し、多くの流通業は人口の少ない郊外を離れて都市部に出店する「都心回帰」の流れが鮮明になっています。
しかしベイシアは「田舎での出店ノウハウを蓄積したので都市部に出店する気はない」と群馬を中心とした北関東、千葉、東海地方を中心に、今後5年で50店を出店する計画です。
地方を攻めるのは土地の賃貸料が安いからです。
20年の定期借地契約が多いことから粗利に対する不動産経費の割合は大手流通業が30%前後に対し、ベイシアは19.5%と圧倒的に低くなっています。
建物もコストをかけないために平屋建てにします。
投資回収期間も5年以下で新規出店も既存店にしわ寄せがこないように、既存店の10%以内に抑えています。

第3に支払は現金で ⇒ 手形は25年間発行せず

 安いのはPB商品だけでなくNB商品のサントリーの「烏龍茶」、グリコの「ポッキー」という人気商品も3割程安くなっています。
安さを実現するためには全商品は現金取引で月末締翌月払いが原則です。
良く売れる食品の一部は週毎に決済し、現金で払っています。
1977年に欧米企業を視察し、手形取引の効率の悪さに気づき徐々に手形を減らし、最後の一枚は82年でした。
この最後の手形は、今後一切手形を発行しないという決意の象徴として会長室に貼られています。
新店オープンの際メーカーの担当者が応援に来ると、応援者に賃金を払います。
馴れ合いを排するためです。
接待、贈答受けも禁止です。

 「凡事徹底」を究めていった結果、通常の流通業のとる戦略とは全く逆の戦略が生み出されました。
その戦略は他社とは全く逆であるため、他社にはとうてい真似のできない、ベイシアだけの強みとなったのです。
まさに「凡事徹底、恐るべき」です。

11月 7, 2008 2.チャレンジ |

2008年10月 7日 (火)

北京オリンピックと野球の惨敗〈10月〉

 北京オリンピックが終わりました。
中国の威信と誇りをかけた大会でしたが、国民に一致団結を求める点では大成功だったと思います。
開会式の延々たるマスゲームにはド肝を抜かれましたが、見ているうちにあまりの統一性にあきがきてしまい、途中で見るのを止めてしまったのは私だけではなかったようです。
 日本選手の活躍については、期待通りに成果をあげた北島選手は見事なプロ根性だと思いますが、男女マラソンは陸連の危機管理のなさを見せつけられました。
思い通りの成果を出せなかったものに柳本ジャパン、星野ジャパン、岡田ジャパンなどとマスコミが騒ぎ立てる団体競技があります。
こうした競技に対するマスコミの異常と思える盛り上がりには毎度、辟易(へきえき)していますが、星野ジャパンと称される野球については、メダルさえもとれない惨敗でした。
 この野球の惨敗の原因については、いろいろな見解があるようです。
元西鉄ライオンズの豊田泰光氏の見解にはなるほどと納得させるものがありました。
豊田氏は、「日本の野球が敗れたのは、国際野球よりも飛ぶボールを、軽いバットで打ってきたツケが回ってきたためだ」と主張されます。

 氏の主張は2つあります。
 1つは「良く飛ぶボール」の問題です。
プロ野球では数社の球が公認され、球団がそれを自由に選ぶことができます。
ファンが打ち合いを喜ぶため飛びがいいとされる球を使う球団が多いとのことです。
先頃、この球に使用球を変えた楽天の野村監督も「よく飛ぶ」と言っています。
飛ぶボールに慣れ親しみ、本塁打を水増ししてきたことで、日本の打撃は退化してしまいました。
金の韓国、銀のキューバは勿論、米国のマイナーの選手に比べても日本の打者のスイングは弱くなっています。
 2つ目はバットを際限なく軽くしていることです。
これは日本だけではありませんが、バットの重さよりもスイングスピードで飛ばす考え方が定着し、軽量のバットが主力になっています。
軽量バットだと手先だけでも振れるので、それなりのバッティングの恰好にはなるけれど腰が入りません。
だからたまにフルスイングすると転びそうになります。
日本の打者のフォームは洗練されていて美しいけれど、力強さが決定的に欠けてしまいました。
飛ぶボールを軽いバットで振っているうちに、いつの間にかひ弱な打者を生み出してしまったのです。
日本の球団できっちりと振るチームは今や西武ライオンズなど少数のチームになってしまいました。

 1つ目の指摘は特に重要です。
日本の中だけでしか通用しない標準にこだわって、その中でシェア争いと技術競争をしていた携帯電話の業界は、世界を相手に商売をしているノキアやサムソンにコストの点でとうてい追いつかず、一部の技術的優位を持っているにも拘わらず、世界のプレーヤーに伍していくことができなくなり、除々に脱落していっているのが実情です。
世界標準から外れたところで戦っていれば当然に、世界の中で通用しなくなっていくのは自然なことだと思います。
柔道の場合もポイント制という世界柔道の流れに逆らい、あくまでも一本勝ちという日本古来の考え方にこだわって、国内で戦っているうちに、ポイント重視の外国人選手に敗れてしまったというところが敗因だと思います。
周囲の流れを無視して、自分だけの流儀を押し通そうとすれば、負けるのは当然です。
 会社経営の場合も同じです。
成功のための要因は常に変化しています。
価格なのか、価値なのか、量なのか、質なのか、時間なのかを常に考え、その成功要因に自社を適合させていかないと成功することはできないのではないでしょうか。

 2つ目は効率を優先しすぎた結果、基本的に大切なことまでも失ってしまい、スイングが弱体化したことを指摘しています。
ヤマダ電気に買収されたマツヤ電気に同じことを見ることができます。
マツヤ電気は中堅の量販店で、地域家電店と同じような面倒見の良さで苦しいながらもなんとかやってきていました。
ところが、ヤマダ電気に買収されたため、コスト優先主義に切り替え、従来の面倒見の良さをなくしてしまいました。
その結果、顧客満足調査で前年は2位だったのが一気に16位まで下がってしまい、経営も急速に悪化してしまいました。
顧客基盤は面倒見の良さを要求する客であったのに、スイングの仕方を効率重視に変えたためにボールを打てなくなってしまったのです。

 豊田氏は2つのことを指摘したあと星野監督に頭を下げてもらうよりも、ボールの問題にきっちりと見解を示し、世界に日本を合わせるでも、日本を世界に合わせるのでもいいから統一の方向にもっていくことが敗者の責任であると結んでいます。
今のところプロ野球で、そうした動きが出ているという話は聞いていません。
細部にこだわって大勢をみないと勝てないのはプロ野球だけでなく、会社経営も同じではないでしょうか。

10月 7, 2008 2.チャレンジ |

2008年9月 6日 (土)

楽天弱小球団の育て方〈9月〉

         - 野村監督と楽天イーグルス -
200892
 金券店でプロ野球巨人戦のチケット販売が低迷しています。
他球団に比べて人気の高い巨人戦は4、5年前までは定価の2倍以上の値の付くプラチナチケットでしたが、今では定価を下回る額面割れも増え始めました。
巨人の戦績が低迷しているのが原因ですが、渡辺オーナーの金にあかして他球団から人をとり横暴を通すやり方に、ファンが離れてしまったのも遠因かもしれません。
 一方パリーグは全球団の実力が接近していて面白い展開になっています。
中でもこのところ一時の勢いはなくなってはいますが、楽天の元気の良さが目立っています。
 楽天はご存知のように近鉄バッファローズの引き受けがなく、主力選手が他の球団に引き抜かれ解体寸前になったとき、楽天が引き受け仙台に本拠地を移して再出発した球団です。
主力が抜けたあと、他球団が放出したような選手を中心に作ったチームですから、12球団最弱のチームといわれ確か初年度のチーム成績は勝率2割台での大差のドンジリではなかったかと記憶しています。
その最弱球団の第2代目監督が、ヤクルト、阪神を優勝に導いた野村監督でした。
当時、私は今さら野村の時代ではないし、とても楽天の再建は無理だろうと思っていましたが、1年、2年、3年と経つうちに徐々に力をつけ、今年は一時2位につけるところまで順位をあげました。
一体何が楽天をここまで強いチームにしたのかを知りたくて、野村監督の本をもう一度読み直してみました。
それを読むと弱いチームを強いチームに変えていくための考え方がいろいろな角度から述べられています。
要点は次の4点に絞られます。

1. チームとしての目指す方向性を噛んで含めて懇切ていねいに全員に知らせる。

 チームには見える戦力と見えない戦力がある。
 見えない戦力は監督と選手に以心伝心ともいえる信頼関係でつな
 がっていることで生まれる。
 そのためにはチームの方向、監督の考え方を相手が小学生だと
 思って何回も何回も同じことを繰り返し話さなくてはならない。
 特に大事なことは、なぜそうするのかをその背景や理由をあげな
 がら全員の納得のいくまで説明することである。
 これによりチームのまとまりができ、一丸となって戦う勢力が生ま
 れる。

2. チームの目標(優勝)と個人の欲望(年俸アップ)は相反するものではないことをあらゆる機会を捉えて教え込む。

 チームは個人のために存在するが、個人もまたチームのために
 存在する。
 チーム優先主義というと自己犠牲を強いられると思っているが大き
 な間違いである。
 チームのために使命感を燃やして頑張れば個人の成績も上がる
 ことを、実例を交えながら何回も何回もわかり易く説明する。
 犠牲も考課表の中でちゃんと査定されていることを納得させる。
 結果はついてくるもの、記録は狙って出すものではない。
 チームのためと考えたほうが、かえっていい結果が出るものである。
 事実チームの優勝が決まり、個人記録という欲望にとりつかれると
 今までの成績がウソと思う程成績が落ち込んでくるものである。

3. 監督は選手たちに好かれようとは思ってはいけない。選手一人一人に挑戦し、勝負しなければならない。

 選手には「勇気」や「覚悟」や「義」や「恥の意識」など他の監督が
 要求しないことをたくさん要求する。
 なぜそれが必要なのかの説明を繰り返しする。
 勝負するには、野球の知識であれ、世間知であれその他の雑学で
 あれ、選手に負けることがあってはならない。
 負けると権威が崩れ、これが敗因の一番の原因になるからである。
 好かれなくてもいいから信頼はされなければならない。
 そのために常に本を読み、人の話に耳をかたむけ、これだと思った
 ことをメモし、それをノートに写す。

4. 選手は皆、才能をもって生まれてきている筈である。その結果が出ないのは①方法論 ②努力の方向性 ③野球への取り組み方のどれかがまちがっているからであり、それらを部分的にあるいは総合的に矯正してやればいいと考える。

 野村監督は「野球再生工場」といわれる位、他球団から放出された
 人間を再生してきました。
 そのコツはこのような考え方のもとに 
 ①今のままでは終わるぞと脅し 
 ②反骨心を植えつけ 
 ③変わることを勧め 
 ④具体的方法を伝授することです。

 これを読むと全ての項目が会社経営に通じています。
我々中小企業は戦力のない弱小集団です。
社長はその監督です。
弱小集団を率いて戦っていかなければならない社長は、どのような考え方で、どのようなことをやっていかなければならないかということを教えてくれるように思います。

        

9月 6, 2008 2.チャレンジ |

2008年8月 7日 (木)

「地球にやさしく」の傲慢〈8月〉

 地球環境の悪化が進みつつあります。
温暖化が進み、北極の氷が溶け海面の水位が上がり、南の島々が水びたしになり、植物の植生が変わりアマゾンが消滅し、アフリカが砂漠化し、ロシアのタイガ地域(エゾマツやからまつの森林)の破壊など数えあげればキリがありません。
人間が増えすぎ食料危機が進み、インド、中国の生活水準の向上で更にCO2が増え食料が不足する事態が進みそうです。
洞爺湖サミットも地球環境を守ることがメインテーマでした。

 そのこと自体が重要なことは論を待たないにしても、最近の論調の中には首をかしげたくなるものが多々あります。
その中でも前から嫌いだったものに「地球に優しく」とか「悩める地球を救え」などという言葉があります。
そしてその言葉を、あたかも人間の善意かのように語るのです。
でも人間が地球を救ってやるという態度は、人間を地球の上位に置く極めて傲慢な態度だと思えるのです。

 このことについて堀場製作所の堀場雅夫氏が同趣旨の発言をされているのを読み、意を強くしております。
氏の主張は次のようなものです。

1.地球は46億年の生命を持っている。
 その中で人類が生まれたのはたかだか400万~500万年前のこと。
 地球を46才とすると、人類が生まれたのはたった2週間前である。
 氏が生まれたのは20秒前で、あと1秒で死ぬことになるのです。
 地球から見れば人類など取るに足らない存在です。
 熱帯雨林がなくなろうが、東京が水没しようが地球は痛くもかゆくも
 ない。「地球を救え」なんて大きなお世話です。

2.環境問題で酷い目に遭うのは人間。
 人間は自分達のために環境問題に取り組む必要があるのに、
 地球を助けてやろうという言い方は主客転倒も甚だしい。

 第一の論点はまさに核心をついています。
地球が育んできた多くの生命体の中で、人間はその中のたった一つにしかすぎません。
その人間が自分を霊長類などと思い上がった名前をつけて、自分達の好き勝手に地球をこねくりまわし、石油や石炭やその他多くの金属類を収奪し、生活の向上という名目で乱費し、その結果、地球全体を生命が住むのに不適切なまでに汚してしまったのが今の状況ではないでしょうか。
そしてその行為を「自然を克服する」だとか「未開発地域を開発する」だとかあたかも人間が地球に対する勝者のように言っているのです。

 地球は人間のためだけにあるのではありません。
地球の歴史の中からいえばわずかに2週間前に現れたにしか過ぎないのです。
まだまだ新参者にしか過ぎないのです。
その新参者がいつの間にか大きな顔をして、まるでこの地球は自分達のためだけにあるように振舞っているのです。
そして自分達の振る舞いの結果、自分達が生きていく環境を汚し、生活しづらくなったら、なんと「地球にやさしく」だとか「地球を救え」だなどと、わけのわからないことを言っているのです。
地球の立場から言えば、「何とバカな」ことを言うのかとあきれることでしょう。
堀場氏の言われるように、地球からみれば我々人間など、あってもなくてもいい存在なのです。
いなくても何の痛痒も感じない存在であることを忘れてはいけないのではないでしょうか。

 そうであれば第二の論点に自然に導かれます。
環境問題で酷い目に遭うのは人間なのです。
地球を救うのではなく自分達を救わなくてはならないのです。
電気をムダにしないのも、食料を大事にするのも、CO2を出さないのも全て人間のためなのです。
マスコミも政府も環境問題は人類の生き残るための課題であり、これを克服しないと人類は生き残れないのだということをもっと強調しなければならないのではないでしょうか。
そして「地球さん、私達人間は地球に対して随分ひどいことをしてきましたけれど、これから身を縮めて生きていきます。これからは地球を汚さないように努力していきますので、今までのことは許して下さい」と言うのが環境問題に対処する生き方なのではないでしょうか。

 これからは「地球にやさしく」とか「地球を救え」などという言葉は禁句にして、この地球上で生かしていただくにはどうしたらいいかという謙虚な態度こそが生きていくうえで大切なのではないでしょうか。

8月 7, 2008 2.チャレンジ |

2008年7月 6日 (日)

たった1人の反乱〈7月〉

 いよいよ北京オリンピックが近づいてきました。
チベット紛争に端を発した、世界各地での聖火リレー妨害事件も四川地震の大被害の報道にかき消されて、いつの間にか人々の関心から外れてしまいました。
中国政府には地震が天の助けのような形になり、世界中からの関心と同情を集め各国元首たちの開会式出席拒否の報道も全く消え去ってしまいました。
ましてや日本は親中派の福田首相の下で、オリンピックに対する拒否反応などは全く見られません。

 そんな日本で早々と北京オリンピック不出場を決めた企業があります。
それは埼玉県富士見市の有限会社辻谷工業の辻谷政久さんです。
1996年のアトランタから2004年のアテネまで3大会連続で辻谷工業の造る男子砲丸投げの砲丸は、金、銀、銅メダルを独占しており「魔法の砲丸」と呼ばれていました。
しかし、辻谷氏は「オファーは受けたけれど北京には送らないことに決めた」と言います。

それは2004年に起きたサッカー、アジアカップ決勝(北京)でのすさまじい反日感情が原因です。
「政治的な感情を持ち込み、マナーの悪さでスポーツ大会を侮辱した。私にとって砲丸は子供のような存在。大切な子供をそんな場所に行かせたくない」と言います。
周囲は残念がるが辻谷氏の決意は固く翻りません。

 トップ選手から信頼されるこの砲丸の特色は重心が砲丸の真ん中にあることです。
重心の位置次第で1mから2mも飛距離が違います。
一流選手になると持っただけで重心の位置が分かるといいます。
わずかな距離の差を競う選手にとって砲丸の重心は、生命線です。

■アトランタ大会以後3大会連続メダル独占

 砲丸は男子用が16ポンド(7.26㎏)です。
ボウリング場にあるハウスボールの一番重いのと同じです。
一流選手はこの重さのものを20m以上飛ばします。

 オリンピックに出場する選手にはマイボールはありません。
競技場に置かれた公認球の中から気に入ったものを選んで投げます。
公認球に初めて採用されたのは88年のソウル大会でしたが、その時には誰にも使ってもらえませんでした。

しかし、92年のバルセロナ大会では、32個納めた砲丸のうちサブ会場に備えられていた砲丸16個が全て持ち去られるという「砲丸紛失事件」が起こりました。
あまりの使い勝手の良さに選手が持ち帰ったのです。
96 年のアトランタからは辻谷氏の砲丸の独壇場となり、それ以降3大会連続の金、銀、銅という快挙をなしとげました。

 砲丸は球体の鋳物を旋盤で削って作ります。
原料の鋳物は、様々な材質が混じっているため、冷却過程で比重の違いから沈殿が生じ重心が球の重心からズレてしまいます。
そこで旋盤で削る際に出る「音」と「光」と「手の感触」で調整していきます。
最後は「勘」としか言いようがないとのことです。
こうしてアテネ大会では重心の誤差ゼロにまで仕上げました。

■3年で3億円のオファーを断る

 こうした辻谷氏の腕に目をつけた砲丸王国のアメリカの企業が週給1万ドルで技術指導して欲しいと申し込んできました。
断ると条件は3年契約で3億円にまで上がりました。
いっそアメリカに渡ろうかとも思いましたが「日本の技術が流出して、中小企業の空洞化が進む。高いレベルの砲丸ができるまでには多くの人の世話になった。その人たちを裏切れない」と断ってしまいます。

 「技術の伝承はものすごく難しい。マニュアル化したこともあるが今月作ったマニュアルが来月には通常しない。他人の作業を見て、自分で習得できる人間だけが技術を受けつぐことができる。経験するしかない」と辻谷氏はいいます。

 辻谷氏の物づくりにかける執念もすごいことですが、輝かしい成果と世界中からの要望があるにも拘わらず、自らの信ずるところに従い、これを断固断って、オリンピック不出場を決め、これを押し通す信念の強さに感心させられます。
辻谷工業は75才の辻谷夫妻と3人の息子と娘の6人の家族経営です。

7月 6, 2008 2.チャレンジ |

2008年6月 6日 (金)

奇跡の回復・日本サーボ〈6月〉

 サブプライム問題に端を発したアメリカの住宅の値下がりは、今のところ止む気配はありません。
そのため、アメリカの消費は住宅関連の業種から順に悪化し、今や全体的に景気後退の流れの中にあります。
その結果ニーマンマーカス等の高級品を主体とする百貨店の売上高はダウンしているのに、低所得層を対象とするウォールマートの売上高は前年比プラスと堅調です。
 アメリカの景気悪化とドル安のための日本企業の三月期決算の内容も、当初予想の増収・増益から、減収・減益または、増収・減益に陥るところも数を増しています。
そんな中で上場会社の日本サーボが24期ぶり最高益を出したという新聞記事が目にとまりました。
 記事には次の様に書かれています。
「日本サーボは2008年3月期の連結営業利益が20億円(前期は5億6000万円の赤字)と従来予想を4億円上回り、24期ぶりの最高益となったと発表した。
経営不振から昨年4月に日本電産の傘下に入って1年足らずで、収益が大幅に改善した連結営業損益は3期ぶりに黒字転換した。
日本電産から人材を受け入れるなどとして経営手法を導入。
無駄な経費や資材費を減らしたのが奏功した。
最終損益も16億円の黒字(前の期は14億5000万の赤字)と最高益を更新したようだ。
サーボは日本電産が日立製作所から買収し、子会社化した。
日本電産にとって買収後1年弱で最高益達成は、日本電産サンキョー(旧三協電気製作所)の2年を上回って最速という。」

 日立製作所は以前から事業の整理が必要とされており、日本サーボはその一環として売り出されたものです。
日本電産は、技術力がありながら社内が汚れており生産性の低い会社を買い、人の整理は行わず短期間で優良会社に甦らせることを得意としてきました。
日本サーボの取締役は「これほど劇的に良くなるとは」と自社の変身ぶりに驚いています。
V字回復の直接の要因は購買費削減や生産性の向上ですが、「なんといっても意識改革の成果だ」と上記取締役はいいます。
朝の仕事は身の回りの清掃で始め、工場は清潔にする。
その結果「ムダを省く取り組みが進み、経費も在庫も減った」と言います。
今期は資材費上昇が利益を圧迫するが「自助努力で吸収し最高益を更新する」と明言します。
日本サーボの売上高は340億円ですから一期間で純利益率が約9%(16億+14億5000万=30億5000万)も改善したことになります。
同じ会社が何故これ程の短期間に変化をとげることができたのでしょうか。

■経費は半分に削る

記事を読むとポイントは次の⑤つです。
①購買費削減  
②経費削減・在庫削減  
③生産性の向上  
④清掃を軸にした5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)の徹底による
  意識改革
⑤ムダの排除

 先ず第1は購買費削減です。
20%以上の削減を半年間で達成することが目標です。
儲からない原因は、高いものを買っているからです。
鉛筆一本、ストロー一本の価格から「正しい価格」を教えます。
そのために購入を打診する伺い書には普通レベル、グッドレベル、ベリーグッドレベルという3つの枠があり、各価格を記入するようになっています。
普通レベルはこの価格では収支トントン、グッドは営業利益が5%出る、ベリーグッドなら営業利益は10%出るという意味です。
この伺い書に慣れると、最初からグッドレベルの価格水準を目指すようになり、組織の中に絶対価格が浸透します。
1年あれば「正しい価格」になれ、原価が下がり、利益が出るようになります。

 第2は経費削減です。
一般経費は半減が目標です。
このためは1円以上の支出はトップ決済とし、定めた金額以上は使わないことにします。
何か買いたいという要望が出ると、これに代替できるもので社内に在庫のあるものはないか点検し、これを使います。
こうして月間60万円あった文具代は1年経つと1万円に減少しました。
月380万円使っていた交際費は半年で89万円と1/4に減少しました。

 第3は生産性の向上です。
人を切らないかわりに、1年間だけ年間総労働時間を10%延長すること、始業時間には仕事を始められるように15分前に出勤し、始業前の10分間で自分の回りを掃除すること、出勤率を89%から99%に向上することを組合と約束します。
これにより人件費負担は20%改善することになります。
会議などの付加価値を生まない仕事を減らすことも生産性のアップにつながります。
生産性の悪いところ程、会議が多いのは事実です。

 第4は清掃を軸にした5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)の徹底です。
日本電産では5Sを100点満点で評価します。
60点なら事業は黒字。
80点につけば最高益になるといいます。
当初は5点しかもらえませんでした。
5点というとゴミ溜めのような状況です。
油は散り放題、従業員の作業服は真っ黒というレベルです。
トイレも似たようなものです。
率先垂範を示すためにまず役員がトイレ掃除を始めました。
課長職以上が週末に集まり、半日使ってトイレを掃除します。
従業員に任せられる水準まできれいにしたうえで、従業員に当番制でトイレ掃除を担当させました。
「便器を自分で掃除すれば、その後きれいに使おうとし、人にもきれいに使ってもらいたいと思う。何か壊れているものを見ると、会社のものが壊れているという気持ちになり、ものを大切に使おうという気持ちが自然に芽生えてきます。」と従業員はいいます。
こうして8ヶ月後には50点をこえ、12ヶ月たつと70点近くまで到達しました。

 第5は1~4までの取り組みが本物になってくると、自然に達成されます。

 こうしてみると、このようなことはやろうと思えば出来ることだと思います。
ただそれを絶対にやるのだという強い気持ちをもって続けられるかどうかということがポイントだと思います。
徹底力が肝心です。
昨今経営成果がすぐれないところは、上記のような取り組みを実行すればキット良い結果が生まれるものと思います。

6月 6, 2008 2.チャレンジ |

2008年5月 6日 (火)

教える・教えない〈5月〉

 自立意識が乏しく、周囲の配慮や指導が必要な「カーリング型」―
社会経済生産性本部は売り手市場だった今年の新入社員の特徴を分析し、こう命名しました。
「就職氷河期」だった数年上の先輩と異なり、今年の新入社員は「氷の上を滑走する石のごとくスムーズに就職」できました。
せっかく採用した社員なので企業は「育成の方向を定め、そっと背中を押しブラシでこすりつつ、働き易い環境づくりに腐心」しなければなりません。
しかし新入社員は会社や仕事への執着が薄く「少しでもこするのをやめると、減速したり止まったりしかねない」一人前に育てるには時間がかかりそうだとのことです。
ちなみに2007年度の新入社員は、目先の損得で転職する「デイトレーダー型」、06年は従順だが自己主張もする「ブログ型」と命名されています。
 西岡常一(にしおかつねかず)氏は法隆寺金堂の復元や法輪寺三重塔、薬師寺金堂、西塔などの再建を棟梁として手掛けた人として有名です。
また飛鳥時代から受け継がれていた寺院建築の技術を後世に伝えるなど「最後の宮大工」と称されました。
この西岡常一氏に弟子入りし「食えない宮大工を食えるようにしたい」と思って「鵤工舎」を立ち上げた人が宮大工、小川三夫氏です。
氏は100人程の宮大工を育てました。
氏のところの育成方法は次のようなものです。

1.「入社したら10年間は住み込みで修業をする。一緒に寝泊りして
  一緒の飯を食べないと分からないものがあるからです。日常を共
  にしてないと伝わらないものがあるのです」

 業績不振で危機に瀕した会社が新社長交代を機に幹部社員と共に泊り込みの合宿をして会社の問題点を論じ、対応策を考え、進むべき方向を決定することによって、危機を脱したという話はよくあります。
これは、こうした一連の会議が有効であったことは当然であるにしても、寝食を共にし、論じ合うことによって、今まで見ることのできなかった互いの人間性に触れ、互いに認め合う雰囲気が醸成され、その後の意思疎通がスムーズになり、種々の決定をし、実行することが容易になるということが考えられます。
「同じ釜の飯を食う」という表現が昔からありますが、こうしたことはやはり現代の組織でも重要なことではないでしょうか。
最近企業の独身寮が見直されていますが、これも日常生活を共にすることによるメリットに企業が気付きはじめたからかもしれません。

2.「教えるのに言葉では教えない。お手本を見せるだけ。現場で
  作るそのままを手本として見せておくだけ。口でいえば30分で
  済むことでも、教えないと本人が気づくまでに2~3日かかるこ
  ともある。しかし自ら気づき、学んだことでないと身につかない。
  教えてもらおうというのがまちがい。言葉や頭で、分かった気分
  になるのが一番ダメ。でも教えずに耐える方も大変です。」

「やって見せ、言って聞かせて、させて見せ、ほめてやらねば人は動かじ」は連合艦隊指令長官山本五十六の有名な言葉ですが、最近では人育ての基本的な考え方はこれに沿っているように思います。
プロ野球の選手ですら、それは教えられたことがない、聞いたことがないと平気で言うということですから、仕方がないのかもしれません。
大企業でも新入社員に指導先輩をつけ一年間は面倒をみるというような制度を導入している所があり、それがために新入社員の退職が減るというような時代ですから、「カーリング型」が主体の時代には、山本式が主流になるのは避けられないのかもしれません。

 しかし、小川氏の許では、それはありません。
自分で学ばせることが原則です。
人から教えられたことは、わかったように思えても、身につかないからだと言います。
確かにこれは真実だと思います。
しかしこれを貫き通すには、教える側の忍耐が必要です。
また時間もかかります。
十年間も住み込みで修業できるような中だからできることかもしれません。
しかし、簡単に教えてしまう現状からみれば、考えさせられることです。
でも即戦力を期待する現代には無理なことかもしれません。

3.「教えない代わりに人が自然に育っていく場所を作れば良いの
  です。
  学ぶ雰囲気の中にいれば、放っていてもちゃんと学んでいきます。
  棟梁になる器の子は棟梁になっていきます。
  小川氏が西岡氏のところに弟子入りした時は、最初の1年間は
  テレビ、新聞、雑誌は一切禁止で、ひたすら刃物を研げと言われ
  ました。
  今は禁止してはいないけれど、修業の場だから皆、夕食が済ん
  だら自然に夜遅くまで刃物を研いでいるということです。
  研ぎは全ての基本です。
  自分で研いだよく切れる刃物があればその刃物を十二分に生か
  したい、いい仕事をしたいと思うようになる。
  研いで研いでいくと、だんだん嘘がつけなくなってくるのです。
  企業も研ぐべきものをもっているところが強いのでしょう。」

 何とも深い言葉です。
そうした世界にまだ足を踏みいれていない者にとっては、その言葉の意味するところは、十分には理解できませんが、何か本質をついているところがあるように感じます。
イチローも常に自分のクラブとバットを入念に手入れします。
試合が終わった後心ゆくまで手入れをします。
きれいに手入れしたクラブとバットで野球をすることの大切さを語ります。
だから一度も自分のクラブを人に貸したことがありません。
チームメイトにも、グラブの中に手を入れさせないといいます。
「研いだよく切れる刃物があれば、その刃物を十二分に生かしたい、いい仕事をしたいと思うようになる」ということは、このイチローのグラブとバットに通ずることがあるように思います。

5月 6, 2008 2.チャレンジ |

2008年4月 6日 (日)

リーダーを育てる〈4月〉

 相変わらず政治のゴタゴタが続いています。
参院選で民主党が勝って以来、国会運営は混乱が続いています。
日本の政治が良くなるためには民主党と自民党が交互に政権をとることにより、政、財、官の癒着を断ち切ることが必要だと思っている私でも、何事も反対し政争の具にしてしまう民主党をみていると果たして民主党に政権をとらせて大丈夫だろうかと危惧してしまいます。
特に2つの党のリーダーです。
自民党の福田氏をみていると、彼は何かを実現したいという気持ちを持っているのかと疑問を抱かせるような言動をしています。
消去法の結果、首相になってしまったから仕方ないにしても、リーダーシップを発揮しなければならない場面で、一向にその気を見せないことが多すぎます。
他方の小沢氏も同様です。
以前は私も、小沢に是非一度は首相をやらせたいと思ったものですが、昨今の彼を見ていると昔の自民党の派閥のリーダーと同じ権謀術数型の政治家となんら変わらない次元の人だということが明白です。
農家の所得保障などということは、農家票をとるためだとは思いますが、愚にもつかない政策だと思いますし、小さいことまで争いの種にしすぎます。
もっと大局観に立った行動をとって欲しいものです。

■調整型リーダーとトップダウン型リーダー

 それにしても日本の政治家にはどうしてトップダウン型の良きリーダーが生まれないのでしょうか。
日本のリーダーの多くは右の主張と左の主張をよく聞き、互いの顔をたてて物事を決定していくという調整型のリーダーでした。
これは江戸時代以降長い平和が続き、生きるか死ぬかという決断を迫られる場面があまりにもなかったことと、外国との接触が断たれた中で日本人だけの仲間内で物事を決することができたからではないかと思います。
しかし、室町時代から安土桃山時代は武将の時代、戦いの時代でしたので、日本でもトップダウン型のリーダーが輩出しました。
互いに生きるか死ぬかということが問われる戦いの時代には方針と決断力の差が生死を分けるからです。
 一方経済界を見てみるとあちこちにトップダウン型リーダーが見られるようになりましたが、まだ調整型のリーダーも多いようです。
しかし世界で戦わざるを得なくなった企業では、こうしたリーダーは徐々に減っていかざるを得なくなることでしょう。
人材の育成に熱心な企業の中には「社長塾」のようなものを作り、社内から選抜した者を対象に社長育成研修をするところが散見されるようになりました。
以前は社内の優秀な者を選抜し、米国の有名大学のビジネススクールに留学させ、MBAを取らせて経営幹部に育てることが流行(はやり)でしたが、最近は人間がドライになってMBAを取らせて帰ってくると、一、二年のうちに外資系の会社に移ってしまう者が多くなり、教育投資の資金がムダになることが多くなってしまったせいか、最近はあまり聞かれなくなりました。
代わって出てきたのがこの社長塾です。
講師も外部の講師に委せるのではなく、役員や社長が努め、会社の考え方や長期の方向などを熟知させ、メンバー相互間でこれを討議させるものが多いようです。
この中からリーダーとしてふさわしい者を選ぶ意向のようです。
そこで問題なのはリーダーを育てることができるのかということです。
育てることができるということであれば、こうした試みは有効ですが、育てることができないということになれば、こうした試みをどのように位置づければよいかが問われます。

■育てるなんておこがましい

 ドラッカーは「経営者の資質の中で最も大切なのは品性であり、品性は育てられない」と言っています。
Jリーグの川渕三郎サッカー協会キャプテンは「リーダーを育てようと思うのは間違っている。背中を見せて育てた積もりでも、何を学ぶかは本人の感性次第だ。リーダーの資質を持っている人は自分で勝手に成長していくものである」と言います。
ドラッカーは理論や技術は教えることができても最も本質的なものは教えられないというのに対して、川渕はリーダーにはリーダーとしての資質が必要でその資質は生まれながらにして人に備わっているものであり、他人から育てられなくても育っていくものであると言っています。
川渕の考え方はリーダー育成不可論です。
長い間サッカーという戦いの世界で監督を見続けてきた人の言葉であるだけに、その言葉に重みを感じます。
サッカー日本代表の岡田監督は更に否定的です。
人の育て方について話す機会がある場合には、必ず最初に『人を育てる、教えるなんて言うのはおこがましい』と強調する。
『育つのを手伝う』という表現をするのもまだおこがましい気がする。
『育つのを邪魔しない』という位の認識で丁度いい。
熱心に指導すれば選手は感激するだろうし、教える側もこんなに頑張ったのだからと満足する。
しかし結果的には選手を間違った方向に導いてしまうこともある。
早く教えようと焦るあまり、選手が自分で気づいたり、無意識に反応して体で覚えたりすることを妨げることもある。
人は自分で何が大事か気づいたら勝手にどんどん成長していくものだ。
だから『人を育てるなんておこがましい』と自分の戒めにしているといわれます。
名古屋国際女子マラソンで優勝した中村の属する天満屋の武冨監督はシドニーの山口、アテネの坂本につづき3人目のマラソン五輪代表を出しました。
彼はマンツーマン指導が主流の女子マラソン界にあって、選手づくりの根底には指導者には教えられるものと教えられないことがある。
選手同士で学ぶこともあるという考え方で、見込みのある若手は主力と練習させ、世界を肌で感じさせるという方法をとります。
中村も坂本との練習で育ったのです。
 このように考えると、育成者に必要なのは育ちやすい場を提供することであり、その過程で最もその地位にふさわしい者を選ぶということにようです。

4月 6, 2008 2.チャレンジ |

2008年3月 6日 (木)

世界をアット言わせたい〈3月〉

 今スポーツで一番人気があるのはサッカーではないかと思います。
長い間お茶の間のスポーツの話題の中心はセリーグの巨人を中心としたプロ野球でした。
しかし、巨人中心の考え方に毒されたマスコミと巨人のあまりの身勝手さに嫌気のさしたファンがプロ野球から離れていきました。
地道にファンを広げる活動をしてきたパリーグの観客動員数は、今やセリーグを抜き去ってしまいました。
加えて大量の日本人選手の大リーグ移籍があり、興味は大リーグの方に移ってしまいました。
ニュースで大リーグのことは流れますが、日本のプロ野球のことは流れなくなって久しくなりました。
それに対してサッカーの観客動員数は2000万人を超え世界第5位にあるということです。
Jリーグは1993年に第1回大会が行われたので、今年は15年目に入ります。
当初は人気先行の嫌いがありましたが、昨年は浦和レッツがクラブワールドカップに出場し準決勝までいくなど、実力も伴ってきたようです。
日本代表チームの監督もジーコ、オシムと外国の有名監督を入れて、注目度も高くなりました。
オシム監督の突然のリタイヤで、日本代表チームの指揮者は、10年前に代表監督だった岡田監督になりました。
岡田監督は、代表チームを引き受けたのは「世界をアット言わせたい」と思ったからだと言います。
その岡田監督が、神戸製鋼のラグビー部の監督、ラグビー日本代表を率いている平尾誠二氏と対談をしている記事を読みました。
その中に人を率いていきながら試合に勝っていかなければならない人にとって、いろいろヒントになることがありましたので、紹介させていただきます。

1.世界で戦うのなら彼らと同じ方法ではダメだ。
 国際大会のリポートを読むと毎回、欧州のトップレベルに比べて
 フィジカル面が劣ると書いてある。
 しかしその差は同じ方法で追いかけている限り埋まらない。
 クラブ選手権準決勝のACミランとの対戦で、相手が本気になっ
 てくると負けてしまう。
 同じ方法で追いかけてもダメだ。
 日本人は豊かな社会で育ち、外で遊ばなくなったため、体に天
 性のバネのようなものがなくなってしまった。
 そういう子が中学に入ってサッカーやラグビーを始めると弱さが
 目立つ。
 特に都会育ちの子はそれが顕著である。
 しかし、チームのためにというロイヤリティーは高いし、タイミング
 をずらすとか、小さなパス回しのようなことは勝れている。
 こうした日本人の特色を生かしたサッカーをしないと勝てないの
 ではないか。

 商売も同じことだと思います。
相手と同じことをしていても勝てません。
セブンイレブンに他社が勝てないのは、セブンと同じことをしているからだと言われます。最近はさすがにそれに気づいてか、他社もセブンと異なることを手掛けていますが、まだそれ程効果をあげていないようです。
独創とは、他業界で成功していることを自業界に真似して取り入れることであると言った人がいますが、同業の上位者を抜くためには、上位者と同じことをしていたのでは永遠に抜き去ることはできないことは自明の理です。

2.チームの生産性や戦力の向上のためには鋳型にはめる必要
  がある。
 鼻が利くというか感覚が鋭くて自分でアレンジを加えたプレーが
 できる選手が減っている。
 しかし自発性が大事といって自由にやらせておけば、それが
 育つわけでもない。
 鋳型にはめる部分がなくなると、チームの成長とか統制というも
 のが不確かになる。
 型や枠をすべて取り去ってしまったら一定の水準に達する人間
 すらいなくなってしまう。
  
 日本代表のチームメンバーといえば皆その世界では一流のプレーヤーです。
そういうメンバーですら、自由にやらせておくと要求する水準に到達しなくなります。
ましてや我々は中小企業です。
大企業に入れなかった人々を集めて成果を出すことが求められているのです。
そういう人に自主性を求めるよりも、先ずルールを決めて、確実にルールを守らせ、一定水準の仕事をやらせることに注力することの方が早道ではないかと思います。
しかしそのためには、社長はポイントを決めて絶えずルールが守られているかをチェックしつづけることが欠かせません。
多くの自主性を語られる社長に欠けるのは、自社の社員の質を考慮しているかどうかという点ではないでしょうか。

3.選手は以前に比べて、技術は上達したけれど生きるエネルギー
  を失っている。
 感情を表に出さない、おとなしい子が増えている。
 便利で快適な環境にいると「悔しい」という思いや「やったぞ」という
 感動がなかなか得られない。
 脳幹が刺激される機会が少ないので、人間が家畜化され、生きる人
 がどんどん落ちている。
 「くそっ」と思う度合がものすごく低下している。
 だからガンガン言われるとかえって踏み出せなくなる。
 言いまわしに気をつけなければならない。
 ダメじゃないかと激を飛ばす人間がいない。
 そういうのは恥ずかしいと思っている。
 みなと違うことを言うのはマズイと思っている。

4.選手は真面目だけれど真剣ではない
 真剣に勝ちたいのならば「皆、こうやってくれ」といわなければ
 ならない。
 慰めあっていても勝てない。
 本気で真剣になって味方を罵倒するやつがいなければならない。
 しかし今はそういう者がいない。
 皆傷つきやすいからそれをやったら周りから浮いてしまう。

 早稲田大学が箱根駅伝で12年振りに往路優勝しましたが、そこには、山登りで区間賞を取り、優勝のたて役者になった主将の駒野が、このいやがられる役を努めたからだと言われています。
会社にもその役を引き受ける人がいるかどうかが大事なようです。

3月 6, 2008 2.チャレンジ |

2008年2月 6日 (水)

賞味期限〈2月〉

 食品に関する偽装が絶えません。
数年前の雪印に始まり、不二家、ミートホープ、白い恋人、赤福、船場吉兆と、このところ勢いは増しているようです。
しかしこれらは急にはじまったことではなく、今迄ずっとそうであったものが、表に出てきただけのことだと思います。
明るみに出た事件のほとんどが内部告発で、証拠の資料もちゃんと整えてあるということです。
2007年6月以降、商品110番に寄せられる疑義情報は毎月100件前後から、6月252件となり、11月には700件を突破しています。
社員中心の時代からパート、アルバイトが中心の時代になり、会社への忠誠心よりも正義感に従って行動する人が多くなってきたことが、内部告発が増えている原因だと思います。
これは食品だけの問題ではなく、全ての業界に当てはまることで、事業経営に対する監視の目が厳しくなっているのです。
 しかし食品に消費期限を入れるのは当然としても、賞味期限まで入れるのはいかがなものでしょうか。
古いものは味をみればわかることですし、物を食べる時に注意して吟味するという、生きるための最低限の行為もしなくなるのは問題ではないでしょうか。

■賞味期限と消費期限

 そもそも期限には2つの期限があります。
消費期限、賞味期限です。
消費期限を越えると健康被害を起こす可能性があるので、これを明示することは必要なことだと思います。
製造年月日を表示するのは、その良否を判断するのは自分でしなさいということだと思います。
食品以外のものに製造年月日が記されているのはそのためでしょう。
 賞味期限を決めるのは味の劣化です。
賞味期限が切れた商品は安全性に問題がなくても、その店が保証できる味を保証できないからといって定めたもので、いわば自主規制であり、消費期限とは関係ありません。
にもかかわらず最近は、この消費期限と賞味期限が混同され、コンビニが賞味期限を越えた食品を棚から撤去するということをしだしてから、この賞味期限が大手を振って歩き出しているようです。
マスコミもこの2つを意識しないで同列に扱っているように見えますが、賞味期限の改ざんと、消費期限の改ざんは峻別されるべきものだと思います。
 食品の表示を規制するものは、食品衛生法と日本農林規格(JAS)法があります。
食品衛生法は「衛生上の危害の防止」が目的で、JAS法は加工食品に必要な消費、賞味期限の設定を各企業に委ねています。
不正表示がわかれば、公表と迅速な是正に主眼を置き、事業者の処罰が法の目的ではありません。

■捨てるのがもったいなかった

 赤福が冷解凍設備を導入したのは1973年、20年に1度の大イベントである伊勢神宮の遷都を控え、赤福もちの欠品を出さないため、作りおきのできる冷解凍設備を導入しました。
社員が食べても解凍したものとそうでないものの区別はつかないといいます。
この設備は何度も保健所の検査を受けており、食品衛生上問題なしというお墨付きをもらっています。
しかし解凍した日の日付を食品の製造年月日とするのはJAS法違反になるのです。
鮮度や成分の表示を示したJAS法は雪印食品の偽装事件が起こる前までは、あまり気に留められない法律でした。
赤福は「あんの主原料は小豆」という思い込みで、原材料の先頭に小豆と書いていましたが、重い順に表示することを義務づけたJAS法では砂糖を先に書くべきで、これも違法でした。
 赤福は回収したもちの68%を赤福もちの原料として再利用していましたが、回収したもちを乾燥させ粉末にし、新しいもちの原料として全体の1%を上限に混ぜていました。
わざわざあんともちを分け、乾燥させて粉にする手間を考えれば、1%の再利用をするよりも新品のもち米で作った方が安上がりなはずですが、現場の従業員は「捨てるのがもったいなかった」と言います。
 和菓子界には「あんの炊き直し」という昔からの習慣があります。
売れ残った饅頭のあんを新しいあんに混ぜて炊き直せば、おいしく食べられるからです。こうした行為は厳密にはJAS法違反の恐れがあります。
しかし和菓子屋がちゃんとルールを守ったら、饅頭は1個1000円になりかねません。
「法令遵守が日本を滅ぼす」の著者の桐蔭横浜大学の郷原信郎教授は「JAS法を厳密に順守して、再利用できる食材を全部廃棄していたら、そのうちあらゆる食材がとんでもない値段になる」といいます。
健康被害が出ていないのに無期限の営業停止は前例のない厳しさです。
 法令遵守も大切ですが、行き過ぎも困ったものです。
今の日本は、何が何でも取り締まろうという風潮が強くなりすぎているように思います。
詐欺行為は問題ですが、常識の範囲内で対応できることもあるのではないでしょうか。
マスコミも少し過激になりすぎているようです。
今回もある通信社の記者が小学生の子供をつかまえて「お前の親の会社は悪いことをやっている。親に会わせろ」とすごんだといいますが、事実を十分に調べない一方的発言も多いようです。

2月 6, 2008 2.チャレンジ |

2008年1月 6日 (日)

つもり違いの十ヵ条〈1月〉

 人の性格というのは多面的なもので、ある面を持っていれば、それと正反対の面も持っており、軽々とあの人はこういう性格などといいきれるものではないように思います。
よく血液型による性格分類などといってA型はこう、B型はこうというようなことを言いますが、たしかにそんな面もあるかもしれませんが、そうでない部分もあり、それ程信じることが出来るようなものではないと思います。
大体四つの大区分で多くの人を推し量ることの方が無理ではないでしょうか。
(人によっては強く反論される方もおありかと思いますが…)
血液型性格を言うのは日本人が単一民族であるからで、日本だけのことだということを聞いたことがあります。
海外では人種による差異の方がはるかに大きいからだそうです。

 性格分類と似ているけれど実は違っているものに外見と中味ということがあります。
外から見ると豪放らい落に見え、人のいうことなど全く気にしないように振舞っているけれど実際は神経が細く、人のいうことを気にしているとか、一見気が弱そうに見えるが、実際はシンが強く、少々のことでは参ったりしないとかいうように、外見と中味とが全く異なっているということがあります。
またその逆もあります。
これなども人間の本質は外からでは中々推し量れないということの例なのかもしれません。
これは人が見るのと実体が異なっているという場合ですが、自分ではそう思っているのに実際は違っているという場合もあります。
先日そんな文章に出くわしました。

 皆様も○○の中に文字を入れてみて下さい。
○○は漢字、□はひらがなです。

1、高いつもりで低いのが○○
2、低いつもりで高いのが○○
3、深いつもりで浅いのが○○
4、浅いつもりで深いのが○○
5、厚いつもりで薄いのが○○
6、薄いつもりであついのが○□○
7、強いつもりで弱いのが○○
8、弱いつもりで強いのが○○
9、多いつもりで少ないのが○○、
10、少ないつもりで多いのが○○

さあいくつできましたか?

(答え)

1、は「教養」です。
 「衣食足って礼節を知る」などと言いますが、最近は衣食足って
 いる人が「金があれば買えないものはない」などと言って牢屋に
 入ったりしています。
 「教養」という言葉もあまり聞かれなくなってしまいました。
 「品位」「品格」などと書かれた方もおられるかもしれません。
2、は「気位」です。
 「気位」は広辞苑で引くと「他に対して自分の品位を保とうとする
 心構え」と出ています。
 また「品位」とは「人に自然に備わっている人格的価値」とあります。
 本来の意味は非常に価値があるのに、今では「自尊心」という
 ような意味で使われ、戦後は悪いことのように言われるのは少々
 問題です。
3、は「知識」または「知恵」です。
4、は「欲望」です。
 3と4などは、自分で思っているのと実際には違うことの代表の
 ようなものでしょう。
5、は「人情」です。
 昔から「人情紙の如し」などと言われています。
 今では「ALWAYS三丁目の夕日」のような、昭和時代の映画の
 中にしかみられなくなってしまいました。
6、は「面の皮」です。
 「かえるの面にしょんべん」などと言います。
 問責の場で「記憶にありません」などというのが、これに当るの
 かもしれませんが、年をとると誰でもだんだん厚くなるようです。
7、は「根性」です。
 女子プロで本年度の賞金女王になった21才の上田桃子は、
 小学校時代「根性」と書いて部屋に張っていたそうですが、
 今や男の中には消滅し、女の中にしか残っていないものに
 なりました。
8、は「自我」です。
 一文字で「我」の方がピッタリ来るかもしれません。
 つまらないことに「我」を張って、あとで気まずい思いをしたり、
 人間関係を悪化させてしまったことなど誰にも思い当たる事が
 あると思います。
 我を通して良い結果になったなどということは、ほとんどないの
 ではないでしょうか。
9、は「分別」です。
 孔子は「60にして耳順(したが)い」と言いましたが60を過ぎても
 その心境からは程遠く、逆に気が短くなった分「分別」から遠く
 なっていくようにも感じられます。
10、は「無駄」です。
 時間のムダ、お金のムダ、人のムダ、食べ物のムダ、エネル
 ギーのムダ等々数えあげればいたる所にムダがあります。
 会社経営の中にも数々のムダがあります。
 ムダに気づき、ムダを省くだけで、まだまだ改善できることは
 沢山あるのではないでしょうか。

 なにはともあれ、今年は「つもり違いの十ヵ条」をしっかりと心に留め、事あるごとに眺めてみると、良い年を送れるのではないかと思います。
今年が皆様にとって良い年になりますようにお祈り致します

1月 6, 2008 2.チャレンジ |