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2010年2月 7日 (日)

「関の山」の関宿(せきじゅく)―三重県亀山市―〈2月〉

         関宿・せきじゅく(三重県亀山市)
2010021
    -山車-    -山車倉と山車-     -鈴鹿山と旧東海道-
2010022
    -東海道五十三次・関  歌川広重-

 いゃー、こんな街が今でも昔のままの佇まいでほとんど手つかずで残っているなんて、まさに奇跡だと思います。
今まで全国の「伝統的な建物群保存地区」を15箇所程訪れてきましたが、建物が、40~50戸も残っていれば良い方でした。
ところがこの関宿は東西約1.8kmの左右に200戸、昔の宿場町の風情をそのままに今も息づいているのですから驚きです。
関宿は古代から交通の要衝であり、古代三関(伊勢の鈴鹿・美濃の不破・越前の愛発あらち)のひとつ「鈴鹿関すずかのせき」が置かれていた所で、関の名もこの「鈴鹿関」に由来しています。江戸時代には東海道53次の江戸から数えて47番目の宿場町として、参勤交代の大名や公家、公用の幕臣が利用した二軒の本陣が中心部に配されています。
鶴屋、玉屋、会津屋等の有名旅籠(はたご)はそのまま残っており、今も食事処として使われています。
二階建てが一般的ですが二階全面を土壁で覆った塗籠(ぬりごめ)のものもあります。
 関の祭りには「山車(だし)」が出ます。
最盛期には16基ありましたが今は4基しかありません。
この山車はほぼ三階建ての高さで、屋根を見下ろす高さです。
街道筋は小型山車がやっとすれ違いができる程の幅しかなく、両側の家の軒先をかすめて練り歩くことになります。
どんなに資金があっても、道幅以上に大きな「山車」をつくることはできません。
そうしたことから関の山車はどんなに頑張ってもせいぜい道幅が精一杯の限度だ、頑張っても「関の山」だという言葉ができたそうです。
(名古屋から車で1時間)

2月 7, 2010 1.日々是好日 |