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2009年8月 6日 (木)

ギリシャのパルテノン神殿の彫刻群の帰属〈8月〉

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 パルテノン神殿の彫刻の多くは過去数千年間に失われたり破壊されたりしてきました。
残った彫刻も近年、アテネの大気汚染が大理石を蝕むため移設が進められています。
これらの彫刻を収蔵するのが新アクロポリス美術館で、パルテノン神殿の建つ丘の麓に建てられました。
ここには、パルテノンの神殿の壁を飾っていた彫刻もオリジナルの配置通りに展示されますが、ところどころには石膏製の複製が飾られています。
これらの複製の本物部分は大英博物館に19C初頭から収められています。

英国大使が持ち帰る

 エルギン伯トーマス・ブルースは、1799年、オスマン帝国駐在の英国大使として、コンスタンチノープルへ赴き、それを機に古美術品の収集に乗り出し、辺境の町だったアテネへ調査団を送りました。
当初はパルテノンなどを飾る彫刻の模写や石膏像を手に入れたいだけでした。
しかし、オスマン帝国の君主からもらった許可証には、調査団が「文字や人物像のある石を持ち去ることを妨げてはならない」と書かれていました。
当時、支配下のエジプトに侵攻したフランス軍を撃退したイギリス人はありがたい存在だったので、こうしたエルギンに有利な許可証が出たのでしょう。
おかげでエルギンの調査団は数年もの間、神殿から貴重な彫刻群を持ち出すことができました。
その後エルギンはパルテノン神殿の彫刻群を3万5000ポンド(現在の250万ポンドに相当)で英政府に売却しました。
以来、大英博物館は、これを合法的な所有物という主張を貫いています。
これに対してギリシャはオスマン帝国から独立した1829年以来彫刻群の返還を求めており、1980年代からはギリシャ政府が旗振り役になって返還要求運動を続けています。
帝国主義真っ盛りの当時のイギリスでもエルギンの行動は文化的破壊行為と批判され、詩人バイロンも代表作「チャイルド・ハロルドの巡礼」でエルギンがしたことを非難しました。
 近年、アメリカの美術館がローマの美術品をイタリアに返還しているのは、70年代以後に国際協定に違反して盗掘略奪した証拠があるからで、エルギンの行為は当時の統治者に認められていたうえに、200年以上前に起きたことで、パルテノンの彫刻群の返還要求には法的根拠がないと専門家はいいます。
もし大英博物館が返還に応じればパンドラの箱をあけることになり、多くの古美術品が返還を迫られることになるとシカゴ美術館の館長は懸念を表明しています。

8月 6, 2009 3.スクラップ |