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2009年8月 8日 (土)

牡丹亭〈8月〉

Photo_3   五代目坂東玉三郎は、小児麻痺後遺症のリハビリに舞踊を習い始め、稽古に通った縁から、四代目玉三郎(十四代目守田勘彌)の養子となって権門(けんもん・官位高く権勢のある家柄)の大名跡(だいみょうせき)を継ぎました。
身長173cm(1950年4月25日生、生家は料亭)

 シアター歌舞伎、玉三郎の「牡丹亭」を見てきました。
日本の歌舞伎より長い600年の伝統を持つ中国の昆劇の代表的名作です。
南安大守の令嬢、杜麗娘(とれいじょう)は春のうたたねの夢の中で出合った柳夢梅(りゅうむばい)という若者に恋をし、彼に恋こがれて死んでしまう…という筋書きです。
演目は全て蘇州語で演じられるため、玉三郎は二年間、DVDを見たり、カセットテープを持ち歩いたりしながら寝る間も惜しんで練習しました。
 杜麗娘役は、文化大革命で女形が否定され、最近は全て女性が演じており、もし玉三郎が成功すれば、また女形への道が開かれるという意味でも興味を集める公演でした。
 玉三郎の演じる杜麗娘は、他のどんな出演者よりも女らしく他の女優が皆女ではないように見える程の出来でした。
足の運び、腰の動き、腕の振り方、手のひらの動き、指の細やかな表現は、女を越える女を表現していました。
恋にこがれて体が衰弱し死ぬ直前の場面の神々しいまでの美しさは、そのあとこの世に蘇って恥じらいを含んだ姿で、生き生きと舞う美しさとは好対照をなしていました。
 玉三郎の演技は中国の観客を魅了し、「アジアの至宝」とまで称賛されました。
歌舞伎で女形を極めた玉三郎の努力に頭が下がる思いでした。
三日間の舞台は無料出演でした。

8月 8, 2009 1.日々是好日 |