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2008年8月 7日 (木)

「地球にやさしく」の傲慢〈8月〉

 地球環境の悪化が進みつつあります。
温暖化が進み、北極の氷が溶け海面の水位が上がり、南の島々が水びたしになり、植物の植生が変わりアマゾンが消滅し、アフリカが砂漠化し、ロシアのタイガ地域(エゾマツやからまつの森林)の破壊など数えあげればキリがありません。
人間が増えすぎ食料危機が進み、インド、中国の生活水準の向上で更にCO2が増え食料が不足する事態が進みそうです。
洞爺湖サミットも地球環境を守ることがメインテーマでした。

 そのこと自体が重要なことは論を待たないにしても、最近の論調の中には首をかしげたくなるものが多々あります。
その中でも前から嫌いだったものに「地球に優しく」とか「悩める地球を救え」などという言葉があります。
そしてその言葉を、あたかも人間の善意かのように語るのです。
でも人間が地球を救ってやるという態度は、人間を地球の上位に置く極めて傲慢な態度だと思えるのです。

 このことについて堀場製作所の堀場雅夫氏が同趣旨の発言をされているのを読み、意を強くしております。
氏の主張は次のようなものです。

1.地球は46億年の生命を持っている。
 その中で人類が生まれたのはたかだか400万~500万年前のこと。
 地球を46才とすると、人類が生まれたのはたった2週間前である。
 氏が生まれたのは20秒前で、あと1秒で死ぬことになるのです。
 地球から見れば人類など取るに足らない存在です。
 熱帯雨林がなくなろうが、東京が水没しようが地球は痛くもかゆくも
 ない。「地球を救え」なんて大きなお世話です。

2.環境問題で酷い目に遭うのは人間。
 人間は自分達のために環境問題に取り組む必要があるのに、
 地球を助けてやろうという言い方は主客転倒も甚だしい。

 第一の論点はまさに核心をついています。
地球が育んできた多くの生命体の中で、人間はその中のたった一つにしかすぎません。
その人間が自分を霊長類などと思い上がった名前をつけて、自分達の好き勝手に地球をこねくりまわし、石油や石炭やその他多くの金属類を収奪し、生活の向上という名目で乱費し、その結果、地球全体を生命が住むのに不適切なまでに汚してしまったのが今の状況ではないでしょうか。
そしてその行為を「自然を克服する」だとか「未開発地域を開発する」だとかあたかも人間が地球に対する勝者のように言っているのです。

 地球は人間のためだけにあるのではありません。
地球の歴史の中からいえばわずかに2週間前に現れたにしか過ぎないのです。
まだまだ新参者にしか過ぎないのです。
その新参者がいつの間にか大きな顔をして、まるでこの地球は自分達のためだけにあるように振舞っているのです。
そして自分達の振る舞いの結果、自分達が生きていく環境を汚し、生活しづらくなったら、なんと「地球にやさしく」だとか「地球を救え」だなどと、わけのわからないことを言っているのです。
地球の立場から言えば、「何とバカな」ことを言うのかとあきれることでしょう。
堀場氏の言われるように、地球からみれば我々人間など、あってもなくてもいい存在なのです。
いなくても何の痛痒も感じない存在であることを忘れてはいけないのではないでしょうか。

 そうであれば第二の論点に自然に導かれます。
環境問題で酷い目に遭うのは人間なのです。
地球を救うのではなく自分達を救わなくてはならないのです。
電気をムダにしないのも、食料を大事にするのも、CO2を出さないのも全て人間のためなのです。
マスコミも政府も環境問題は人類の生き残るための課題であり、これを克服しないと人類は生き残れないのだということをもっと強調しなければならないのではないでしょうか。
そして「地球さん、私達人間は地球に対して随分ひどいことをしてきましたけれど、これから身を縮めて生きていきます。これからは地球を汚さないように努力していきますので、今までのことは許して下さい」と言うのが環境問題に対処する生き方なのではないでしょうか。

 これからは「地球にやさしく」とか「地球を救え」などという言葉は禁句にして、この地球上で生かしていただくにはどうしたらいいかという謙虚な態度こそが生きていくうえで大切なのではないでしょうか。

8月 7, 2008 2.チャレンジ |