« 美食都市TOKYO〈5月〉 | トップページ | 東山魁夷(ひがしやまかいい) 生誕100年展〈5月〉 »

2008年5月 6日 (火)

教える・教えない〈5月〉

 自立意識が乏しく、周囲の配慮や指導が必要な「カーリング型」―
社会経済生産性本部は売り手市場だった今年の新入社員の特徴を分析し、こう命名しました。
「就職氷河期」だった数年上の先輩と異なり、今年の新入社員は「氷の上を滑走する石のごとくスムーズに就職」できました。
せっかく採用した社員なので企業は「育成の方向を定め、そっと背中を押しブラシでこすりつつ、働き易い環境づくりに腐心」しなければなりません。
しかし新入社員は会社や仕事への執着が薄く「少しでもこするのをやめると、減速したり止まったりしかねない」一人前に育てるには時間がかかりそうだとのことです。
ちなみに2007年度の新入社員は、目先の損得で転職する「デイトレーダー型」、06年は従順だが自己主張もする「ブログ型」と命名されています。
 西岡常一(にしおかつねかず)氏は法隆寺金堂の復元や法輪寺三重塔、薬師寺金堂、西塔などの再建を棟梁として手掛けた人として有名です。
また飛鳥時代から受け継がれていた寺院建築の技術を後世に伝えるなど「最後の宮大工」と称されました。
この西岡常一氏に弟子入りし「食えない宮大工を食えるようにしたい」と思って「鵤工舎」を立ち上げた人が宮大工、小川三夫氏です。
氏は100人程の宮大工を育てました。
氏のところの育成方法は次のようなものです。

1.「入社したら10年間は住み込みで修業をする。一緒に寝泊りして
  一緒の飯を食べないと分からないものがあるからです。日常を共
  にしてないと伝わらないものがあるのです」

 業績不振で危機に瀕した会社が新社長交代を機に幹部社員と共に泊り込みの合宿をして会社の問題点を論じ、対応策を考え、進むべき方向を決定することによって、危機を脱したという話はよくあります。
これは、こうした一連の会議が有効であったことは当然であるにしても、寝食を共にし、論じ合うことによって、今まで見ることのできなかった互いの人間性に触れ、互いに認め合う雰囲気が醸成され、その後の意思疎通がスムーズになり、種々の決定をし、実行することが容易になるということが考えられます。
「同じ釜の飯を食う」という表現が昔からありますが、こうしたことはやはり現代の組織でも重要なことではないでしょうか。
最近企業の独身寮が見直されていますが、これも日常生活を共にすることによるメリットに企業が気付きはじめたからかもしれません。

2.「教えるのに言葉では教えない。お手本を見せるだけ。現場で
  作るそのままを手本として見せておくだけ。口でいえば30分で
  済むことでも、教えないと本人が気づくまでに2~3日かかるこ
  ともある。しかし自ら気づき、学んだことでないと身につかない。
  教えてもらおうというのがまちがい。言葉や頭で、分かった気分
  になるのが一番ダメ。でも教えずに耐える方も大変です。」

「やって見せ、言って聞かせて、させて見せ、ほめてやらねば人は動かじ」は連合艦隊指令長官山本五十六の有名な言葉ですが、最近では人育ての基本的な考え方はこれに沿っているように思います。
プロ野球の選手ですら、それは教えられたことがない、聞いたことがないと平気で言うということですから、仕方がないのかもしれません。
大企業でも新入社員に指導先輩をつけ一年間は面倒をみるというような制度を導入している所があり、それがために新入社員の退職が減るというような時代ですから、「カーリング型」が主体の時代には、山本式が主流になるのは避けられないのかもしれません。

 しかし、小川氏の許では、それはありません。
自分で学ばせることが原則です。
人から教えられたことは、わかったように思えても、身につかないからだと言います。
確かにこれは真実だと思います。
しかしこれを貫き通すには、教える側の忍耐が必要です。
また時間もかかります。
十年間も住み込みで修業できるような中だからできることかもしれません。
しかし、簡単に教えてしまう現状からみれば、考えさせられることです。
でも即戦力を期待する現代には無理なことかもしれません。

3.「教えない代わりに人が自然に育っていく場所を作れば良いの
  です。
  学ぶ雰囲気の中にいれば、放っていてもちゃんと学んでいきます。
  棟梁になる器の子は棟梁になっていきます。
  小川氏が西岡氏のところに弟子入りした時は、最初の1年間は
  テレビ、新聞、雑誌は一切禁止で、ひたすら刃物を研げと言われ
  ました。
  今は禁止してはいないけれど、修業の場だから皆、夕食が済ん
  だら自然に夜遅くまで刃物を研いでいるということです。
  研ぎは全ての基本です。
  自分で研いだよく切れる刃物があればその刃物を十二分に生か
  したい、いい仕事をしたいと思うようになる。
  研いで研いでいくと、だんだん嘘がつけなくなってくるのです。
  企業も研ぐべきものをもっているところが強いのでしょう。」

 何とも深い言葉です。
そうした世界にまだ足を踏みいれていない者にとっては、その言葉の意味するところは、十分には理解できませんが、何か本質をついているところがあるように感じます。
イチローも常に自分のクラブとバットを入念に手入れします。
試合が終わった後心ゆくまで手入れをします。
きれいに手入れしたクラブとバットで野球をすることの大切さを語ります。
だから一度も自分のクラブを人に貸したことがありません。
チームメイトにも、グラブの中に手を入れさせないといいます。
「研いだよく切れる刃物があれば、その刃物を十二分に生かしたい、いい仕事をしたいと思うようになる」ということは、このイチローのグラブとバットに通ずることがあるように思います。

5月 6, 2008 2.チャレンジ |