« 犬の鼻〈4月〉 | トップページ | 宮古島〈4月〉 »

2008年4月 6日 (日)

リーダーを育てる〈4月〉

 相変わらず政治のゴタゴタが続いています。
参院選で民主党が勝って以来、国会運営は混乱が続いています。
日本の政治が良くなるためには民主党と自民党が交互に政権をとることにより、政、財、官の癒着を断ち切ることが必要だと思っている私でも、何事も反対し政争の具にしてしまう民主党をみていると果たして民主党に政権をとらせて大丈夫だろうかと危惧してしまいます。
特に2つの党のリーダーです。
自民党の福田氏をみていると、彼は何かを実現したいという気持ちを持っているのかと疑問を抱かせるような言動をしています。
消去法の結果、首相になってしまったから仕方ないにしても、リーダーシップを発揮しなければならない場面で、一向にその気を見せないことが多すぎます。
他方の小沢氏も同様です。
以前は私も、小沢に是非一度は首相をやらせたいと思ったものですが、昨今の彼を見ていると昔の自民党の派閥のリーダーと同じ権謀術数型の政治家となんら変わらない次元の人だということが明白です。
農家の所得保障などということは、農家票をとるためだとは思いますが、愚にもつかない政策だと思いますし、小さいことまで争いの種にしすぎます。
もっと大局観に立った行動をとって欲しいものです。

■調整型リーダーとトップダウン型リーダー

 それにしても日本の政治家にはどうしてトップダウン型の良きリーダーが生まれないのでしょうか。
日本のリーダーの多くは右の主張と左の主張をよく聞き、互いの顔をたてて物事を決定していくという調整型のリーダーでした。
これは江戸時代以降長い平和が続き、生きるか死ぬかという決断を迫られる場面があまりにもなかったことと、外国との接触が断たれた中で日本人だけの仲間内で物事を決することができたからではないかと思います。
しかし、室町時代から安土桃山時代は武将の時代、戦いの時代でしたので、日本でもトップダウン型のリーダーが輩出しました。
互いに生きるか死ぬかということが問われる戦いの時代には方針と決断力の差が生死を分けるからです。
 一方経済界を見てみるとあちこちにトップダウン型リーダーが見られるようになりましたが、まだ調整型のリーダーも多いようです。
しかし世界で戦わざるを得なくなった企業では、こうしたリーダーは徐々に減っていかざるを得なくなることでしょう。
人材の育成に熱心な企業の中には「社長塾」のようなものを作り、社内から選抜した者を対象に社長育成研修をするところが散見されるようになりました。
以前は社内の優秀な者を選抜し、米国の有名大学のビジネススクールに留学させ、MBAを取らせて経営幹部に育てることが流行(はやり)でしたが、最近は人間がドライになってMBAを取らせて帰ってくると、一、二年のうちに外資系の会社に移ってしまう者が多くなり、教育投資の資金がムダになることが多くなってしまったせいか、最近はあまり聞かれなくなりました。
代わって出てきたのがこの社長塾です。
講師も外部の講師に委せるのではなく、役員や社長が努め、会社の考え方や長期の方向などを熟知させ、メンバー相互間でこれを討議させるものが多いようです。
この中からリーダーとしてふさわしい者を選ぶ意向のようです。
そこで問題なのはリーダーを育てることができるのかということです。
育てることができるということであれば、こうした試みは有効ですが、育てることができないということになれば、こうした試みをどのように位置づければよいかが問われます。

■育てるなんておこがましい

 ドラッカーは「経営者の資質の中で最も大切なのは品性であり、品性は育てられない」と言っています。
Jリーグの川渕三郎サッカー協会キャプテンは「リーダーを育てようと思うのは間違っている。背中を見せて育てた積もりでも、何を学ぶかは本人の感性次第だ。リーダーの資質を持っている人は自分で勝手に成長していくものである」と言います。
ドラッカーは理論や技術は教えることができても最も本質的なものは教えられないというのに対して、川渕はリーダーにはリーダーとしての資質が必要でその資質は生まれながらにして人に備わっているものであり、他人から育てられなくても育っていくものであると言っています。
川渕の考え方はリーダー育成不可論です。
長い間サッカーという戦いの世界で監督を見続けてきた人の言葉であるだけに、その言葉に重みを感じます。
サッカー日本代表の岡田監督は更に否定的です。
人の育て方について話す機会がある場合には、必ず最初に『人を育てる、教えるなんて言うのはおこがましい』と強調する。
『育つのを手伝う』という表現をするのもまだおこがましい気がする。
『育つのを邪魔しない』という位の認識で丁度いい。
熱心に指導すれば選手は感激するだろうし、教える側もこんなに頑張ったのだからと満足する。
しかし結果的には選手を間違った方向に導いてしまうこともある。
早く教えようと焦るあまり、選手が自分で気づいたり、無意識に反応して体で覚えたりすることを妨げることもある。
人は自分で何が大事か気づいたら勝手にどんどん成長していくものだ。
だから『人を育てるなんておこがましい』と自分の戒めにしているといわれます。
名古屋国際女子マラソンで優勝した中村の属する天満屋の武冨監督はシドニーの山口、アテネの坂本につづき3人目のマラソン五輪代表を出しました。
彼はマンツーマン指導が主流の女子マラソン界にあって、選手づくりの根底には指導者には教えられるものと教えられないことがある。
選手同士で学ぶこともあるという考え方で、見込みのある若手は主力と練習させ、世界を肌で感じさせるという方法をとります。
中村も坂本との練習で育ったのです。
 このように考えると、育成者に必要なのは育ちやすい場を提供することであり、その過程で最もその地位にふさわしい者を選ぶということにようです。

4月 6, 2008 2.チャレンジ |