2011年2月 7日 (月)

山下洋輔・林英哲〈2月〉

                ― 山下洋輔・林英哲 ―
2011025
 ジャズ・ピアニスト山下洋輔のニューイヤーコンサートに行きました。
今回の共演の相手は和太鼓の林英哲です。
林英哲は和太鼓奏者として1982年に独立して以来、活動の舞台を世界に広げ、ベルリンフィルとの共演を初めとして、ロック、ジャズ、現代音楽、民族音楽などの演奏者と共演をして今や世界的奏者となっています。
初めのうちは和太鼓がどうクラシックやジャズと混じり合うのか危惧していましたが始まってみるとそんな危惧はどこえへやら飛んでいってしまいました。
目の前の大きな和太鼓だけでなく、周りに大太鼓、小太鼓その他大小さまざまな太鼓を置き、弦楽器や管楽器のメロディーに合わせて打ちます。
時には大きく、時には小さく消え入るような音まで自在に打ちわけていきますが、どんなに小さく打った音も思いきり強く打った音もその弦楽器や管楽器のどの音も押しつぶすことなく太鼓の音の中に包み込んでしまいます。
本当に和太鼓とは不思議な楽器です。
それにしてもこの和太鼓の音を西洋音楽の楽器の音とぶつかることなく生かしている、林英哲の西洋音楽の理解力のレベルは大変なものだと感じられました。
アンコールで行われた、パーカッション奏者、竹島悟史との打ち合いは見ているだけでも楽しく、会場には笑いが溢れました。
■林 英哲 広島県出身。11年間のグループ活動後1982年ソリストとして独立。
85年 米カーネギーホールで世界初の太鼓ソリストとしてデビュー。
現代音楽の分野でも前例のない和太鼓ソリストとして国際的に高い評価を得た。
97年芸術選奨文部大臣賞、01年日本芸術振興賞受賞。洗足学園音楽大学・三重大学客員教授。
東京藝術大学において特別授業開講。

2011 2月 7日 1.日々是好日 |

2011年2月 6日 (日)

ウィスキーの復権〈2月〉

 ウィスキーが息を吹き返しています。
昔の水割り、オンザ・ロックではなく、ハイボールとして、大人のバーではなく、居酒屋で復活しました。
復活の裏側にはウィスキーメーカー・サントリーの取り組みがありました。
 ウィスキーは戦後の日本人の生活の洋風化と共に隆盛を極め、洋酒文化をリードしました。
サントリーのトリスが人気となったのは1950年代で、70年代のウィスキー全盛期には洋酒部門がサントリーの8割を稼いでいました。
特に「サントリーオールド」というお化け商品がサントリーの家計を支えていました。
それが酒税法の改正を機に下り坂に向かいます。
焼酎ブームが起こり、ワインブームが後を追い、ウィスキーは押され続けました。
 ウィスキーを核とするサントリー洋酒部門の売上高は1983年の6300億円をピークに25年間に亘って落ちつづけ2008年には最盛期の5分の1にまで減少してしまいました。
「失うものは何もないから、ウィスキーをなんとかしろ」といわれてウィスキーの復活の動きが始まったのは2008年4月のことでした。
先ず手がけたことはウィスキーの黄金期を全然知らない20代、30代の若手を中心に「ウィスキーは何故売れないか」を徹底的に調査しました。

その結果3つのことがわかりました。
 1つ目は、水割りやロック、ストレートで飲むウィスキーは、2軒目のスナックやクラブで楽しむ酒になっており、不景気の今は1軒目の居酒屋やレストランだけで帰ってしまいウィスキーとの出会いが少なくなっている。
 2つ目は、サントリーが勧めていた水割りやロックの黄金比率(アルコール度数12%以上)を消費者は「濃い」と感じ、8%に薄めた味を好んでおり、レモンを軽く絞ることも好評で、メーカーの常識を破る飲み方をしていました。
 3つ目は、「ウィスキーはおやじくさい」「アルコールが強くて飲みにくい」「食事に合わない」という常識を若者が持っていたところです。
 こうした調査結果を基に試行錯誤の末にたどり着いたのがウィスキーを1軒目で食事と一緒に飲む酒にすること、特に「居酒屋で乾杯される酒」にすることでした。
ウィスキーをジョッキに入れてソーダで割る飲み方~ハイボール~が考案されました。
ウィスキー衰退の原因に水道水で水割りを作ったり、冷蔵庫の霜のついた氷を入れてお客に出したりして、おいしいウィスキーをまずく飲ませていたこともあったのでおいしい飲ませ方を飲食店に徹底しました。
ハイボールは①温度はグラスいっぱいの氷と冷えたソーダ②炭配圧はソーダを丁寧に注ぎ、1回混ぜるだけ③濃さはウィスキー1対ソーダ3~4の3つを守ることです。
こうして炭酸ソーダ割りの「ハイボール」としてウィスキーが居酒屋で復活しました。
本質的な味と飲ませ方で勝負したことで、多くの客に支持されるようになったのです。
飲食店の取り扱いに続きスーパーや酒屋の店頭でも、ウィスキー関連商品の棚が一気に拡大してきました。
 厳しい経済情勢を考えて、角ハイよりもトリハイを戦略商品に選んだことも成功因でした。
一方では、高級ブランド山崎はプレミアムハイボールとして、白州では森香るハイボールとしても提供し、ウィスキー本来の味を伝えることも目論でいます。
1年半で起きたハイボールブームは仕掛けたサントリーにとって予想以上のものでした。
 しかしブームが到来したことで思いがけない事態も招来しています。
ウィスキーの原酒が足りなくなってしまったことです。
蒸留酒であるウィスキーは製造に時間がかかり、売れたからといってすぐには増産できないのです。
トリスを戦略商品にしたのも角瓶が足りなかったこともあります。
またブレンダーと呼ぶウィスキーのブレンド技術者の育成にも少なくとも5年はかかります。
最盛期の5分の1にまで落ち込んだ商品がまた昔日の面影を取り戻すということはそうあるものではありません。
この復活劇の成功因はどこにあるのでしょうか。

サントリーの成功要因

 第一は「ウィスキーは何故売れないか」を徹底的に調査したことです。
何故売れなくなったかを調査したらまた別の結果が出たかもしれません。
しかし、売れないという事実から出発したため、売れる筈だという思い込みから解放され、売れない真の原因を探し出すことができました。
メーカーの常識を破る理由を見つけることができたのもそのお陰です。虚心胆懐に物事を見ることの大切さを物語っています。
 第二は、復活の役割をウィスキーの黄金期を全く知らない20代、30代の若者に委ねたことです。
黄金期を知る者は、昔は売れたのにという思いがあるためにどうしても真実に向きあいたくないという気持ちがあります。
そんな思いを持つ者では真実を探し出すことは困難です。
ウィスキーはこんなものという既成概念を持っていたのでは、居酒屋でカンパイするようなハイボールなど考え出すことはできません。
事実社内には「ウィスキーを本当に好きな人にだけに飲んでもらえればいい」という声もありました。
まさに「新しい酒は新しい革ごろもに盛れ」です。
 第三は、おいしい飲ませ方を飲食店に徹底したことです。
店毎に作る人毎に味が異なっていたのでは、ハイボールはここまでは広がらなかったことと思います。
おいしいレシピを作って、それを守らせたからこそ高い評価を生み出しました。
会社の取扱い商品の中にもサントリーのウィスキーのような商品が埋もれているかもしれません。
そんな商品も視点を変えることで、新しい使い方を提案することにより生まれ変わることがあるのかもしれません。
しかし、そんな時にもサントリーの挑戦のポイントは外すことができないのではないかと思います。

2011 2月 6日 2.チャレンジ |

2011年2月 5日 (土)

北朝鮮・中国の解放政策受け入れ中国の属国化へ〈2月〉

112115
北朝鮮が韓国・延坪島を砲撃した直後、オバマ大統領は「(中国は)北朝鮮に対して、従うべき国際ルールがあることをはっきりと示さなければならない」と言いました。
火遊びが過ぎる「将軍様」を兄貴分の中国がしつけよという警告です。
しかし中国幹部にとっては、今までは「迷惑ばかりかける弟分」だった北朝鮮がほぼ完全な属国に変わる可能性を持つ存在になりそうなのです。
昨年1月金正日は中朝国境を流れる鴨緑江の2つの島を中国に祖借し、自由貿易地区にする計画を伝えました。
租借期間は最長100年で金正日は外国人もビザ無しで行き来できる「北朝鮮の香港」を目指していると香港の週刊誌「亜洲週刊」は伝えています。
金正日は今まで経済解放に懐疑的でした。
83年に経済解放が始まった直後の中国を訪問し「中国は修正主義に陥った」と語り鄧小平を怒らせました。
最高指導者になった後も計6回も中国各地を訪問しながら、中国式の経済解放は、国土の小さい北朝鮮の実情に合わず、大制維持にも障害があると考え、基本的に経済解放路線を取り入れませんでした。

中国人民解放軍が支援

ところが今年5月の訪中に先立ち、外資導入の受け皿となる投資グループや開発銀行を相次いで設立し、会談後に温家宝首相が「中国の改軍解放の経験を北朝鮮に伝えたい」と発言するのを容認しました。
変心の背景にはGDPが韓国のわずか3%というボロボロの経済を立て直して、三男の正恩に引き継がせたいという金正日の「親心」があります。
「立て続けに訪中した金正日は今年に入って諦めたように見える。
中国の下で生きていく決意を固めたようだ」と中国人政治学者の趙宏偉は言います。
一方中国にも北朝鮮をただの厄介な同盟国とみていない勢力もあります。
人民解放軍です。「昨年の5月から6月にかけ、中国政府内で北朝鮮の議論があり、北朝鮮で自国の権益を守り、関係を改善したい軍が外務省を押し切り、国連制裁を無視し、核関連設備に使用可能な商品の北朝鮮への流入を黙認している」と元米国務省当局者は語っています。
これと平仄を合わせるかのように胡錦濤の後継者と目される習近平は10月、朝鮮戦争60周年式典で「朝鮮戦争は侵略を防ぐための正義の戦争だった」と朝鮮を侵略者呼ばわりし、「(韓国の)李明博政権は朝鮮半島の平和の妨害者である」とも述べたと伝えられています。
北朝鮮は「中国のプードル」になるかもしれませんが、世界にとっては今までより厄介な「狂犬」になるかもしれません。

2011 2月 5日 3.スクラップ |

2011年2月 4日 (金)

孤舟〈2月〉

孤舟

渡辺 淳一 集英社

 昨年の秋、大学の集まりで、ある同級生がこの作品をとり上げて、名著だから是非読んだらいいというので求めたものです。
ある出版関係の会社の定席常務執行役員であった主人公は、定年を間近に控え取締役への昇格か、それなりの子会社の社長のポストを想定していました。
しかし彼は社長の派閥に属していなかったこともあり内示されたのは、大阪の小さな子会社の社長のポストでした。
今までの社内の活動と地位から考えると考えられない低いポストであったので、プライドを踏みにじられた思いで、その内示を断ってしまいます。
そのため彼は60歳の定年を迎えると共に会社を去ります。
物語は会社を去ってから1年半たった時から始まります。

仕事しかない男から仕事がなくなった時

「ざまあみろ」という気持ちで辞めてみたが、辞めてみると職を失った侘しさと虚しさが身に振りかかってきます。
辞めて生まれる自由な時間をゆっくり楽しもうといろいろ考えていたことは、いざ取りかかろうとすると皆つまらないものに思えます。
カルチャークラブに行こうかと思っても一流大学を出た自分が若者や主婦と一緒に机に座って初歩から学ぶことが気重になります。
少し腕に覚えのある囲碁をやろうと思って出向いた囲碁クラブで手もなくひねられ「重役さんは弱いな」といわれただけでいやになってしまいます。
昔の気持ちを持ち続けて生きているため、何かとプライドが邪魔をして思うように振舞えないのです。
当然妻との関係も思わしくありません。
妻の言うことやることの全てが気に入りません。
何かを言うと、その言うことが気に入らないで心の中で反論します。
いつもイライラしているので、たまに思っていることが口に出ると口論になります。
とまあこんな具合で、渡辺淳一らしく、それなりのストーリーはあるものの、ぐずぐず、イジイジした心の中のつぶやきが綴られていきます。
会社で働いていた時はそれなりの地位にあり、プライドを持っていた男が会社を辞めて、肩書きが外れただの人になったとき、その状況の変化を受け入れて、生活も考え方も変えなければならないのに、それを受け入れることができないであがいている男の物語です。
読みようによっては、なる程とも思えますが、何とつまらないことにいちいち引っかかるのだろうと可愛そうになってしまいます。
勧めてくれた同級生はきっと肯くことが多かったのだろうと思いますし、同じような気持ちのある人には名著かもしれません。

2011 2月 4日 4.今月の本 |

2011年2月 3日 (木)

2月のアラカルト

如 月(きさらぎ)

寒さのために、更に衣(きぬ)を着ること
「着更衣」(きさらき)「衣更着」から転じた

(2月の出来事)

2日(1972・昭和47)「恥ずかしながら…」横井庄一さん帰国
     「恥ずかしながら、生きながらえて帰ってまいりました」…
     グアム島のジャングルに潜んでいた元陸軍軍曹横井庄一
     さんが、午後2時15分羽田着日航機948便で帰国。
     第2次世界大戦終了後、28年間に及んだたった一人の戦争
     が終わった日でした。
3日(1972・昭和47) 第11回冬季オリンピック札幌大会開幕
     この日からアジアで初の冬季五輪が札幌で始まる。
     世界35カ国1655人が参加。
     日本は70m級ジャンプで笠谷幸生が優勝。
8日(1887・明治20)逓信省のマークが逓信の「テイ」に合わせ甲乙
            丙丁の「丁」に決定
     ところが万国共通の郵便料金不足の「T」マークと紛らわ
     しいとわかり、6日後の14日、カタカナの「テ」に改め、それを
     図案化した「〒」印に変更された。
13日(1989・平成元年)リクルート事件で、江副浩正前会長ら逮捕
14日(1893・明治26)アメリカ・ハワイ併合条約調印
19日(1972・昭和47)連合赤軍の浅間山荘事件
21日(1942・昭和17)食糧管理法公布
24日(1958・昭和33)連続テレビドラマ「月光仮面」スタート

( 豆知識 )

(問)ウグイスのふんで洗顔すると良いと聞いていますがなぜですか?
   他の鳥はどうなのでしょう。

(答)ウグイスのふんは肌を白くする効果があるといわれ、平安時代
   から女性の洗顔に使われてきました。
   ウグイスは青菜をたくさん食べた毛虫や小さい虫をえさにしてい
   ます。
   短い腸で消化酵素が分泌され、えさに含まれるたんぱく質、脂肪、
   青葉のエキスはすぐに排出されます。ふんには漂白、脂肪分解
   の酵素が豊富で肌にやさしく働き油分を取る作用があります。
   穀類を食べるハトやスズメのふんにはこうした成分はほとんどあ
   りません。
   またウグイスと同じエサを食べていても大きな鳥はふんも大きく
   臭いうえに、発酵して肌に有害なアンモニアを発生するので使え
   ません。
   (ウグイスのふんが原料の「うぐいすの粉」を販売する美容文化社)

2011 2月 3日 5.今月のアラカルト |

2011年2月 2日 (水)

23年度税制改正大綱決定〈2月〉

23年度税制改正大綱決定

政府税制調査会は23年度の税制改正大綱案を決定しました。
法人税の減税の一部を個人富裕層への増税で補う形になっています。

1. 法人課税

 法人税率の減税 2011021
中小企業の年800万以下の所得については、23年4月1日から26年3月31日までの間に開始する事業年度については(  )内の税率を適用。

法人税の本税が前述のように変わることによって、税負担は次のように変わります。

(1)大企業…資本金1億円以上
 (旧率)法人税30% 地方税、法人税17.3% 事業税9.6%
2011022
 (新率)法人税25.5%になると
2011023_2
 すなわち 40.87-36.05=4.82パーセント程税率が下がります。

(2)中小企業(資本金1億円以下)
 中小企業は年間所得が800万円までにつき、法人税が上記のように軽くなっており、事業税も年所得400万円までは5%、400万円超800万円迄7.3%、800万円超9.6%と軽課部分があります。
これを基にすると中小企業の実行税率は以下の様になります。

中小企業の実行税率
2011024_4   
一昔前までは半分もっていかれるなどといわれていましたが、800万円までは75%までが残るようになってきました。
長の給与を増やすよりも減らして社内に残す方が有利な時代が来たようです。

2011 2月 2日 6.税務 |

2011年2月 1日 (火)

編集後記〈2月〉

● 私がまだ大学生だった頃は、酒といえば日本酒かビールかウィスキーが主力で焼酎は一般的な酒としては認知されていませんでした。
ムギはまだ少なく、イモが主流でしたが臭くて、とても飲むに耐える代物ではありませんでした。
日本酒はまだ特級、一級、二級の時代で、今の純米、吟醸、大吟醸のように味も香も多様で、特色のある酒は望むべくもなく、もっぱら二級酒をカンにして飲んでいました。
ウィスキーはレッド、トリスが中心で角は上級、通称ダルマといわれていたオールドは貴重品でしたし、ジョニ赤、ジョニ黒に代表される輸入酒はあこがれでした。
輸入洋酒が安くなったのは酒税がヨーロッパからの圧力に負けて、従価税から従量税に変わってからです。
その頃サントリー宣伝部には、伝統的広告マンとしての山口瞳や開高健がまだ在職中で次々と話題性のある広告を打ちつづけていました。
「トリスを飲んで…人間なんだからな」というフレーズは今でも懐かしく思い出されます。
それにしても、一度下火になった商品群が一メーカーの努力で復活するというのはあまり例のないことです。
サントリーの努力に敬意を払います。

ついにニューズレターも99号になりました。
8年余も読んでいただいてきましたことを感謝申し上げます。
ここで少しお休みをいただいて、100号からはリニューアルしてまたお届けしたいと思っています。

2011 2月 1日 8.事務所だより |

2011年1月 7日 (金)

ディズニーシー〈1月〉

                ― ディズニーシー ―
201101_2 
 東京ディズニーシーに行ってきました。
東京ディズニーランドは、たった一度だけ子供を連れて行ったことがありますが、それも20年以上も昔のことで、ほとんど忘れてしまいました。
連れは凡そ25年程自主的に集まっている、㈱東芝の系列販売店の二世(二世といっても4、50代のおじさん)のグループで、当日は3人欠けて5人でした。
夕方6時以降は安くなるというので6時に入場しました。
入口を入ったところに池に浮ぶ大きな地球儀が、暮れ行く夕闇の中で明るく光を放ちながらゆっくり回転していました。
園内の建物は照明に照らされて、皆美しく見えましたがなにぶん夜なので全体の情況は掴み難く、昼間だったら楽しいだろうなと思われました。
アトラクションの人気ベスト3は皆乗りました。
1番人気はインディー・ジョーンズ・アドベンチャーだそうです。
最初のうちは、あちこちから怪獣が現れる中をカートがゆっくりと回りながら上っていくので、良くできているなぁと感心しながら見ていたら、突然急勾配の斜面を疾走しだしました。
必死で前の手すりを掴み、思わず下を向いて腹の底から突き上げるような力に耐えたと思った瞬間、突然平衡になりホットしました。
帰り際に見た4人の背広を着たグループ以外は、ほとんどが若い家族か、カップルか友達同士で来ており、我々のような風体の4、50代の男だけのグループは見ることができませんでした。
昼間ではなく、夜で良かったと思いました。

2011 1月 7日 1.日々是好日 |

2011年1月 6日 (木)

事業仕分け〈1月〉

 あけましておめでとうございます。
また新しい年が明けました。
民主党政権になって今のところ目覚しい成果は上がっていませんが目新しいものといえば、「事業仕分け」でしょうか。
仕分け人に仕分けさせながら、隠れて復活させても責任は問われないのですから何とも悠長な話です。
失言で職を失うことはあっても、仕事の成果で責任を問われることのない官僚や政治家の世界らしい仕事の仕方で、もう諦めるしかないのかもしれません。
でも私たち実業を営む者にとってこの「事業仕分け」の考え方は活用できるように思います。
新年に当たって皆様の会社の事業仕分けを、一度されてみてはいかがでしょうか。

・第1に仕分けの対象とすべきなのは取扱い商品です。
取扱い商品が、世の中の流れに従って変わってきているかということです。
食品会社などには、1年以内に売り出された商品が半分以上などという会社もあるようですが、それ程でなくても顧客のニーズを聞き出しながらニーズに合った商品を提供しつづけていないと、いつの間にか商品ラインナップは陳腐化してしまいます。
取扱い商品が変わっていても、それを顧客に十分に知らせているかということも仕分けの対象にしなければなりません。
顧客の中には、あなたの会社が扱っているのを知らないで、他の会社に注文を出しているところが沢山あります。
「あなたのところで扱っているとは知らかったよ。この間他のところで買ってしまったよ」といわれた経験のある方は、いっぱいいらっしゃることと思います。
皆様はお客様に知らせなければ商売になりませんが、お客様はそれを知る必要はありません。
自社の商品を客によく知られている商品と客に十分に知られていない商品に仕分けをして、どう知らせていくかを考える必要があります。
新商品リストを作って渡しているから大丈夫などといっているようでは甘いと思います。
読んでいるかわからないし、忘れてしまえばそれでおしまいです。
何度も何度も知らせなくてはなりません。

・顧客も仕分けの対象です。
2割の顧客で8割の売上を上げているという2:8の原則があります。
しかし2割と8割の顧客の内訳は、常に変動しています。
昔は2割の中の中心メンバーであったところも、いつの間にか8割の仲間に入ってしまい、そのうちに消えていってしまう会社もあります。
8割の仲間にはいっていたところでも知らない間に2割の仲間に入っているところもあります。
ですから年に一度は必ず顧客のA、B、C分析を行い、顧客のランク分けをする必要があります。
A、B、Cのランクに従って、どのような営業活動を行っていくかを決定しなければなりません。
リベートや仕切りも変えなければなりません。
ランクが下がったのに、言いにくいのでという理由で、元のランクのリベートや仕切りを適用している会社をしばしば目にしますが、公平の見地から見て適切ではありませんし、全体としての粗利を下げる原因にもなります。
営業体制が地域別になっているような場合は、同一の営業マンが担当を続けるので、訪問頻度を変更したり仕切りを変えたりするのに抵抗があり、ずるずると従前と同様の営業活動を行い、もっと力を入れるべきところに力を注ぐことができないことがあります。
上にたつ人は心して対処したいものです。

・販売促進や広告宣伝の仕分けも省けません。
広告宣伝費は販管費の中でかなり大きな金額を占めていますが、その効果について十分に検討されているか疑問なものがあります。
広告企画の多くは、昨年の効果を検討して問題点を明らかにし改善を加えて実施されているものは少なく、大部分の企画は時間に追われて、前年のものを少し修正した程度で実施されています。
昨年もこの時期にやったからという理由で行われています。
こんなものならやらない方が良かったのにと思うような企画もあります。
チラシについても同じです。
メーカーがくれるチラシの裏面に自社の広告を入れるというような前時代的なチラシを入れているようなケースは別として、毎年ほとんど変化のないチラシを入れつづけているところはまだ沢山あります。
毎回3分の1は必ず変えるというような決心で作らないと、決してうまくはなりません。
年に一度くらい全企画、全チラシを担当者以外の人を入れて検討会を開き、仕分けをするということが広告宣伝費を有効に使うのには欠かせないことだと思います。

・最後は人の仕分けです。
GE(ゼネラル・エレクトリック)の名経営者ジャック・ウィルチ社長は別名、中性子爆弾といわれました。
それは会社を活性化させるために全従業員の下位5パーセントの人を毎年入れ替えるからでした。
そのことの良否はとも角、人事が停滞している会社は沢山あります。
同一人物が部長に10年も20年も座っているようでは変化に対応していくことは難しいといわざるを得ません。
変化はスローガンやスピーチによって起こせるものではありません。
しかるべき地位にしかるべき人間を配置することによってはじめて起こせます。
人の処遇に迷ったときは、南洲遣訓にあるように「功ある者には禄(ろく)を与えよ、能ある者には地位を与えよ」が参考になります。
まだまだ仕分けをしなければならない部分は沢山あることでしょう。
それこそ聖域なき仕分けによって会社のウミを出していくことが必要です。

毎年1回会社のすみずみまで仕分けをして無駄なものを省き、必要なところを入れ替えていかないと、この厳しく変化の激しい時代に勝ち残っていくことはできません。
でも心すべきことは仕分けをしても考え方がかわらないとゾンビのように同じようなことがまた形を変えて出てくることです。
民主党の仕分けのようにだけはならないように気をつけたいものです。       

2011 1月 6日 2.チャレンジ |

2011年1月 5日 (水)

ヨーロッパの恥 ナポリのゴミ戦争〈1月〉

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腐りかけて強烈な臭いを放つ25万トンのゴミ。
「重たい汚れた毛布に毎晩くるまっているようなものだ」
ゴミ埋め立て地カバ・サリ処分場の向い側に住む住民は言います。
シルビオ・ベルスコーニ首相が08年4月の総選挙でナポリのゴミ危機を解決すると約束して政権に帰り咲いてから2年半。
しかしイタリア政府に地元のゴミ処理産業を牛耳るマフィアと対決する積もりはさらさらありません。
ゴミ収集が麻痺して、路上にゴミが散乱するナポリの映像は世界中に流れましたが、ゴミ問題の本質はゴミ処分場を事実上運営管理するマフィアが州外や国外から違法に産業廃棄物や有害廃棄物を持ち込むことが原因なのです。
ゴミ廃棄産業はマフィアの莫大な資金源になっています。
ナポリがあるイタリア南部カンパニア州もゴミ問題を本気で解決しようという動きはありません。
そのため処分場周辺の住民は高過ぎる代償を払っています。
白血病や咽喉癌、呼吸疾患の発生率の上昇は、水と大気が酷く汚染されていることの証拠です。
窓を開けることもできません。
吐き気を催す臭いが充満しているため子供は野外で遊べません。
絵のように美しい景色にも観光客も寄り付きませんし、地元の農産物を買う人もいません。

ゴミ処理場はマフィアの資金源

「病気の清掃工場で暮らしているようなものだ。マフィアの儲けと政府の利便のためにどうしてわれわれと子供たちの健康を犠牲にしなければならないのか。ゴミも嘘ももうたくさんだ。」と付近の人々は言います。
10月中旬に新しいゴミ処分場の建設を計画通り進めると当局が発表すると、住民の憤りが爆発しました。
新しい処分場は、埋め立て容量300万トンでヨーロッパ最大規模になりゴミ問題は解決する筈ですが、住民に言わせれば管理のやり方を変えない限りここもまた、マフィアが国外から違法に持ち込むゴミで埋められてしまうというのです。
憤慨した住民の一部は暴徒と化し、ゴミ収集車に火を放ち、機動隊と衝突。
更に住民が処分場へのゴミ搬入を阻止したため、ナポリ市内のゴミ収集は止まり、路上はゴミで埋まりました。
しかし、ナポリの生ゴミの量はイタリアの都市で最も多いのも事実です。
紙やプラスチックと生物分解が可能な有機ゴミの分別収集を実践しているのは100万人のナポリ市民のうち5%にすぎません。
でも、市もローマやミラノ、フィレンツェなど資源ゴミの再利用のうまくいっている都市と異なり、分別収集を強制する積もりがありません。
ゴミはマフィアにとって儲かるからです。

2011 1月 5日 3.スクラップ |